表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第七話
42/51

聖者の出陣③-①

 半身の腕を斬り落とされ、貫かれ、引き千切られ、爆破され、濃霧のように血液を撒き散らしながら、カーダは嬉々として前進。マリオが腕を交差させて防御した上から殴りつけ、力任せに押し切って防御した腕ごとマリオの顔面に拳を入れる。鋼の義手に激突されたマリオの鼻穴から、熱い鮮血が滴り落ちる。

 マリオに追撃を加えようとしたカーダは、しかし横跳躍。直後にカーダの残像を両断した大剣が、地面を抉って土塊を巻き上げる。パッキィが手にした大剣は身の丈を超える長大さで、蜘蛛の巣の意匠が施されていた。地面に埋まった先端を引き抜き、両腕で危な気なく構え、カーダ目掛けて斬りかかる。

 パッキィの左腰には長剣、両腿には双剣、背には大剣を背負い、他にも数振りの剣を所持していた。あくまで高速剣を主体に据えつつ、得物の持ち替えによってある程度の局面への対応を可能にしていた。

 パッキィの技量によって、大剣にあるまじき残像すら生む超速度であった。巨大物体の急速接近、それだけで人は恐怖を覚える。しかしカーダは踊るような余裕さで回避。

「そんな大きな得物が当たると思うなよ!」

 カーダが左腕を伸ばし、パッキィを捕食しようとするのを、間に入ったアブルが妨害。マリオと同様に、肉体の構造が人間からかけ離れたアブルは捕食できない。

「お前が体から人間を排出するたびに、墓の刺青が減っている。刺青が左半身に集中しているのは、思うに左半身からしか人間を取り込めないからだろう?」

 自らの弱みを見抜かれ、カーダに動揺と苛立ちが浮かぶ。一瞬の隙を見逃さず、アブルの体を遮蔽物にして、パッキィが斬撃。

 後方跳躍で回避したカーダの、額から左頬にかけてがばっくりと裂けた。滝のように流れ出す自らの血液を、掌に溜めて不思議そうに眺める。

 パッキィの振り抜いた剣は先ほどの大剣ではない。圧縮空気によって刃が飛び出す仕掛けの機構剣だ。柄元の釦が押され、導線が巻かれて刃が回収されていく。

 茫然自失から、カーダの表情が狂喜へと豹変。顔の流血を手で広げて血化粧を施す。

「さすがはアブルザヘルとマリオカダス、それにパキフィリア・アルディオン。私をよくぞここまで追い込んだと賛辞しよう」

 両手を広げて、最大級の喜悦を誇示する。自らの負傷と痛みすら、快楽として教授しているかのように。

「うえ~ん、変態さんだよぉ~」

 パッキィはカーダへの拒絶反で涙目になっていた。対してマリオの反応は淡白だ。

「戦場によくいた手の輩だよ。もう見慣れた。というより、嗜虐性と被虐性、その両方を兼ね備えていなければ、そもそも兵士とは呼べない。

 僕自身が戦場に適応できなかった人間だからこそ、真理は弁えている」

 過去の挫折と絶望を思い返し、マリオは乾いた笑みを浮かべる。

 あの戦場に最後まで自分の意思で立っていられたのは、愛国者でもなければ、信奉者でも、殺人者でも、破壊者でもない。殴って殴られて、斬って斬られて、撃って撃たれて、精も根も尽き果てる泥沼の消耗戦が大好きな連中だけだった。

「凶暴性や暴力性や野心だけでは、自身を超える強大な力に出会って潰される。自分ではなく他者のために戦うだけなら、ソレに裏切られて絶望する。

 もしも使命感や正義感だけで他者の命を奪える人間がいたとしたら、そいつは人を人として、自分すら人として見ていない、別次元の存在だ」

 だから目の前のカーダは脅威なのだと、マリオは一瞬たりとも油断しない。

「では、そろそろ教えてくれないか?

 お前らの目的は何だ? このカルギアで何を起こそうとしている?」

 眼光鋭く放たれたアブルの詰問に、カーダはこの後の反応を吟味するように思案。

「いいだろう、教えてあげるよ」

 舌なめずりものの結論を出し、一つ頷く。

「手掛かりは四つだ。完全閉鎖された空間、斜跳効果、アグレイ、」

 そこまでは何人かが到達していた。足りないのは、カーダが放つであろう次の言葉だ。

「そしてカーダだ。おっと、私のことではないよ? アグレイの腕でレベル7すら超越する途方もない戦闘力を持つに至った、かつてのカーダだ」

 カーダの物言いには、どこか引っかかるものがあった。かつてのカーダは〈アグレイの腕の日〉に起こした斜跳効果で最強無双となった、そう強調したいかのように。

 まるで完全閉鎖された都市に災厄を呼び込み、斜跳効果を繰り返させ、カーダを強化するのが目的だったとでも言いたげに。

 そうと気付いた瞬間、その場を戦慄が貫いた。寄贈者の目的は、正にソレなのだ!

「私たちは、とんでもない勘違いをしていたということか……」

 一つの都市を対象にした破壊計画と聞いて、アブルたちは単純な破壊活動の延長だと考えてしまった。破壊による強制力で場所、物、人、事象に対して、直接或いは間接的に何かをするつもりだと考えていた。

 だがその考えは、近しくて果てしなく遠かったのだ。

 カルギアの破壊は目的でも交渉材料でもない。ただの手段だ。連日の事件・事故で斜跳効果が頻発していたように、カルギアの全域破壊もそれを大規模にしただけなのだ。

 寄贈者の狙いは、斜跳効果の連続発生によって超高位の宿主を生み出すことだ。

〈アグレイの腕の日〉に、かつてのカーダがそうなったように。

「つまり寄贈者の目的は、レベル8だったのか!」

 それはレベル7を超え、人為的な斜跳効果の連続励起でしか生み出せぬ超高位宿主の区分。〈アグレイの腕の日〉も〈アグレイの指先計画〉も、全てはレベル8を生み出すための人体実験だったのだ。

「それで名前を騙ってまで、カーダを呼び戻そうとしていたのね」

 レベル8を生み出すだけが目的なら、必ずしも低レベル層を斜跳効果で強力にする必要はない。最初から強力な宿主に、最後の一押しを与える方が簡単にすむ。

「無駄なことを」

 吐き捨てたアブルの表情は、烈火の赫怒に燃え上がっていた。

「ちょっと、無駄とはどういう意味だい?」

 食ってかかったのはマリオ。アブルの態度はどうも腑に落ちない。

 パッキィも同じ心境だ。ザヘルもアブルも、どこかおかしい。カーダが戻ってくるかもしれないと聞いても、恐怖の片鱗すら見せなかったのだ。

 まるで重大な何かを知っていて隠している、そんな雰囲気をまとっている。

「お前を傷つけまいとザヘルに口止めされていたが、言うべきときがきたようだな」

 アブルはマリオを一直線に見、一拍置いて、

「カーダは、〈アグレイの腕の日〉に死んだ」

 その一言で、誰もが巨大な衝撃に打ちのめされた。あまりの動揺で二の句が継げない。

 誰も考えられなかった。想像すら出来なかった。あのカーダが死んだなどと。

 カーダとは〈アグレイの腕の日〉の最重要人物であり、最強最悪の存在であり、レベル8に近しい超高位の宿主であったのだから。

「……間違いじゃ、ないのか?」

「間違いない。カーダが殺されたのをこの目で見たからな」

 懇願するようなマリオの声を、アブルは決然とした態度で突き放す。

 だとしたらマリオは何のために、今日までの空虚な日々を過ごしてきたというのだ?

(ああ、分かっているよザヘル。それでもお前は、僕に生きていて欲しかったんだろ?

 だからこそ、僕はお前を憎む!)

 愕然と、呆然と、悄然と。絶望と空虚の淵に呑み込まれたマリオから、一切の思考と挙動が消失した。意思の宿らぬ両目を夜空に向ける。

「ハハ……アハハ…………」

 今のカーダもマリオと同様、ある意味でそれ以上の衝撃を受けていた。痙攣するような笑いを、汚染廃液のように垂れ流す。

「カーダが既に死んでいた、だと? 面白い、面白すぎて笑いが止まらないよ!」

 今のカーダにとっては、かつてのカーダの死すら愉快な余興でしかなかった。

 邪悪さ。その一点に関して言えば、今のカーダはかつてのカーダ以上だ。

(というより、かつてのカーダのアレは邪悪の類ではなかった)

 アブルの脳裏に思い起こされたのは、〈アグレイの腕の日〉の一場面。炎に燃える街頭で、リコリアの首を片手に狂喜乱舞するカーダ。その瞳には邪悪さの欠片も狂気による歪みもなく、期せずして強大な力を手に入れてしまった興奮だけがあった。

(アレは無邪気だ。子供が新しい玩具を手に入れて遊び狂うのと同じ、無邪気ゆえの手加減のなさと恐ろしさだ)

 寄贈者の目的は分かった。だが、ここで推理は振り出しに戻ってしまう。では何のためにレベル8を欲したのか、という疑問に回帰してしまうのだ。

「交換条件でもないが、かつてのカーダを殺した人物に興味が出てきた」

 邪悪な好奇心に、歪んだ笑みを浮かべるカーダ。

「私の兄だよ。レベル666のな」

 受けるアブルも自慢げに、凶暴な笑みを浮かべる。

 レベル区分には通常の1~7の他に、いくつか特殊な区分がある。

 人為的にしか生み出せぬレベル8。

 原種、あるいは原種に最も近い直系の寄棲獣を指すレベル0。

 そして長所ではレベル7に及ばないものの、全体的に優れた戦闘力を有し、汎用性ではレベル7すら凌駕するレベル666などだ。

 レベル1から5までは国家単位で数千人も存在するのに対し、レベル6は国家単位で数人、レベル7以上に至っては大陸単位で数人しか存在しないといわれる。

〈アグレイの腕の日〉にカーダが生み出され、そしてそれ以上の超高位融合者に滅ぼされたのは、いくつもの偶然と幸運が重なった、それこそ奇跡であった。

「てゆうか、お兄さんいたんだ」

「今追及すべきは、そこではない」

 状況を考慮しないパッキィの感想に、アブルはくたびれて首を折った。

「私とザヘルは三人兄弟の真ん中で、ギルベル兄とは双子なのだよ」

「え? お義母さんったら、あの体で三人も産んだの?」

「だから驚くべきはそこではない」

 アブルはもう一度、今度は反対方向に首を折る。

 アブルの耳には、今もカルギア各所から悲鳴と怒号と絶叫と爆音と破砕音が飛び込んできていた。それらはまるで生者を妬む呪詛のように、耳を閉じようが目を逸らそうが、強引に意識に侵入してくる。

 寄贈者の狙いが判明した以上、一刻も早く暴動を止めなければならない。カルギア市民を救い出すことが、〈アグレイの指先計画〉を阻止する手段となったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ