聖者の出陣②-②
「私はザヘルと違って、殺しに抵抗はない。敵対する者には、死あるのみ!」
アブルに左右から挟撃を加えんと、亡者どもが接近。しかし目論見を無視するように、アブルの腕が蛇となって伸びて亡者の首を摑む。巨大な僧帽筋が隆起し、投擲。一体はビルの壁に激突し、まるで地上数百mから落下したような、人体を出鱈目にひしゃげさせた無残な肉塊と化す。
剛力に物を言わせた、力任せな殺戮であった。
そしてもう一体は、錐揉みしながらカーダに飛来していった。カーダも手近な亡者を摑み、投擲。両者の中間で亡者同士が正面衝突し、汚らわしい花火となって四散する。
亡者の花火を真正面に浴びながら、接近したアブルとカーダが拳を打ち合わせる。激突の余波で大気が振動し、地表が捲れ上がる錯覚さえ覚える。
「母親がどうだとか下らない。キミは母性依存症か?」
「親を尊敬できん輩が、子や孫に尊敬される筈がないだろう!」
アブルの視界の両端に新たな人影が飛び込んできた。同時にカーダがアブルの右手首を摑んで拘束。カーダの右にヴァネッサが、左に亡者どもが出現し、それぞれ能力を発動、十字砲火が炸裂! 右からの光線と左からの爆撃が、アブルに容赦なく直撃する。
まともに食らえば蜂の巣や挽き肉では済まされぬ、無慈悲なまでの破壊力。爆煙に呑み込まれたアブルは、右腕以外を肉片と化しているはずであった。
「自我がなくとも能力を使えるとは驚きだが、操られていては本来の力が出せないか。レベル2から3程度の出力で、私を傷つけられるとでも思ったか?」
だのにアブルは、平然と語りかけてきやがった。黒煙が風に切り裂かれ、中から言葉通りの無傷でアブルが顔を出してくる。
アブルを苛む頭痛は、いつの間にか消えていた。
爆煙が晴れ、アブルの全身が出現。アブルが攻撃に耐えた方法はすぐに判明する。
アブルの左肩では炎が燻り、左掌は光熱で蒸気を上げていた。アブルの左腕が、瑠璃色の外殻に完全装甲されていたのだ。
「アンタはっ!」「ちぃぃっ!」
ヴァネッサが驚愕を放ち、カーダは舌打ちし、一旦退却。入れ替わりに亡者どもがアブルを取り囲み、同時攻撃を慣行。
アブルの右から大槌が振り下ろされ、左からは樹木の槍が放たれ、背後からは強酸の大渦が襲いかかる。
右肩が即座に外殻を形成し、大槌を受け止めて粉砕。裏拳で亡者へ攻撃。戦車砲が直撃したかのような大穴を胸部に穿ち、亡者は視界の外へと弾き飛ばされた。
樹木の槍を左小手で防御し、外殻の表面で幹が砕ける。能力が発動され、左脚の外殻が展開し、隙間から衝撃波が発生して敵影を二分割。
強酸を背中一面の外殻で耐え、もうもうとした白煙が広がる。背後の男に肘を繰り出し、さらに肘先から円錐状の突起を飛び出させて頭部を貫く。
残った右脚、腰部、腹部、胸部も外殻に包まれていく。濃紺の髪が母親似の銀髪に一斉変色。両目が十三の光点に分裂し、硬質硝子の瞼に覆われる。
瑠璃色の外殻に身を固めた、異形の戦士が出現していた。
人間主体のザヘルから、寄棲獣主体のアブルへと肉体構造が変化していた。融合者特有の身体機能によって、人間の姿と寄棲獣の姿を自由に変更出来るのだ。
十三の赤い光点となった視線で、アブルは周囲を凝視する。周囲三六〇度を埋め尽くすのは、生気の抜け落ちた亡者の顔。
それらが一斉に、アブル目掛けて飛びかかる。
そして次の瞬間、アブルの全身から飛び出した氷柱によって串刺しにされた。全長二mほどの氷柱が外殻の隙間から伸び、アブルは針の塊となっていた。犠牲者から流れ出る大量の血液が氷柱を伝い、氷柱が開けた口に舐め啜られる。
アブルの能力は異界との接続。空間接続能力の一種であり、外殻の隙間を門として機能させ、この世ならざるモノを呼び出す。
飛び出したときと同様に、一瞬にして氷柱に酷似した異形の生物が外殻の隙間に帰還する。支えを失った亡者どもが、熟れすぎた果実のように落下して転がった。
生臭い臭気が漂う戦場で、微笑を浮かべるカーダ。マリオもアブルも情報通り、いや、老いと戦いの空白期を経て明らかに弱くなっている。負ける気がしない。
「ねぇ、お願いだよ。早くアタシを殺しておくれよ!」
悲痛な叫びを上げ、ヴァネッサがアブルに手斧を振り下ろした。ヴァネッサの斧とアブルの手甲が激突。瑠璃色の外殻に目立った損傷は与えられぬが、斧の高熱で外殻が灼ける。舌打ちしたアブルが強引に手斧を跳ね返したところへ、空いた左脇腹に横薙ぎ。
軟らかい腹部では斧の破砕力に耐えられず、刃が硬皮を切断して肉に埋まる。真紅の血液が筋となって流れ落ち、即座に高熱で蒸発。傷口まで炭化していく。
アブルは左脇腹に食い込んだ斧に手をかけ、力任せに押し戻す。右方向から手斧が振り下ろされるのを、右手で受け止め停止させる。
「その斧から、間接的に能力を放つことは不可能なのだろう?」
アブルの笑みが嘲笑と勝機に歪められる。手斧を媒介に能力を発動、あるいは手斧を能力に分解することが可能であるのなら、手斧が肉に食い込んだ瞬間に雷なり光線なりを発生させれば、その時点でアブルは即死だ。
「自在に炎と肉体と剣を変化させ、使い分けていたアレクサンドルに比ぶれば、お前の能力などママゴトに等しい」
そう言うアブルだが、実は戦闘技術はザヘルよりも低い。アブルは寄棲獣の膂力と外殻の防御力に優れる反面、格闘技術は低く、回避能力も皆無に等しい。攻撃されるがままに外殻で防御し、全打を一撃必殺の大攻撃で繰り出す、要は子供の喧嘩なのだ。
アブルの胸郭が急激に膨張。閉じた歯の隙間から光と熱が零れ出す。
口腔から熱線が迸り、ヴァネッサの右肩を貫いた。強固な外殻が砕け散り、傷口が炭化して出血すら起こらない。
さらに熱線は夜空を貫通し、ヴァネッサの後方にあるビルに到達。コンクリ壁から窓硝子、さらに鉄骨までをも切断し、ビルが斜めにずり落ちる。
「後ろがガラ空きだよ!」
ヴァネッサを囮に、カーダがアブルの背後に回り込んでいた。膨大な数の亡者どもが共同で能力を発動させ、質を量で補った特大の光線を放出!
「誰が後ろに目がないと言った?」
ほぼ側頭にまで移動した眼と硬質硝子の瞼の屈折が、背後までの視界を確保していた。
「誰が後ろに口がないと言った!」
能力が発動され、後頭部の外殻が展開し、第二の口として開いて、再度の熱線を放出。
光線と熱線が正面衝突し、閃光が走る。
嬉々と三日月の笑みを浮かべるカーダ。特大の光線すら囮とし、半身から伸ばした無数の腕で能力を発動。複数の能力を組み合わせ、熔解鉄の槍を投擲。
背後まで視界に収めるアブルとて、網膜を焼き尽くす破壊的な光量の前では瞼を閉ざさざるをえなかった。顔の上半分を占める硬質硝子状の瞼が黒く染まり、光を遮断。
アブルの背に熔解鉄の槍が直撃。攻撃自体は外殻を傷つけるに至らぬが、熔けた鉄が外殻に張りついて断続的に高熱を与え続ける。内部の肉体が焼かれ、焦げた臭気が漂う。
肉体を焼かれる激痛に苛まれながら、アブルはヴァネッサとの正対を崩さない。
「少し嫌なことがあったらすぐに死にたいと言う。最近の若者は軟弱だな。
マリオ!」
呼びかけに応じ、マリオがアブルに爆撃を敢行。爆撃がアブルの背中に直撃し、衝撃で熔解鉄が吹き飛ばされる。瞬間的な爆撃なら外殻で耐えられると踏んでの手段だ。
さらに爆撃の余波でヴァネッサの体勢も崩され、斧も取り落とし、複雑に絡み合った両者が地面を転がる。
アブルを追おうとしたカーダに、液体爆弾の豪雨が降りかかる。小洒落た韻律を踏んで後退するカーダの視線が、瓦礫の山に腰掛けたマリオを見上げる。
不意にカーダを強襲する剣の軌跡。跳ねるように回避したカーダが目撃したのは、全ての亡者を斬り捨てたパッキィの姿。返り血に染まった鉄仮面は、憎悪に歪んだ悪魔の凶相にも、悲しみにくれる死者の顔にも見えた。
地面を転がりながら、アブルとヴァネッサは殴打を応酬させていた。激しく上下を交換させながら、それぞれの拳を相手の全身へ猛烈に連打させる。
やがて均衡が崩れ、突き上げた拳が腹部の外殻を破砕し、唾液と苦痛が吐き出された。
「ど、うし……て? 弱く、なっ……て、いる……?」
自分の肉体とはとても思えぬ体たらくに、ヴァネッサは両目を白黒させていた。
「弱くなったのではない。相性が悪くなったのだ」
斜跳効果は強くもなれば、逆に弱くもなる。斜跳効果とは宿主の内情が変化するのに付随して能力が変化する現象を指し、能力の変化先がどうなるかは博打の領域だ。
ヴァネッサの筋力と防御力と速度は、寄棲獣よりも人間に近しくなったせいで、明らかに弱体化している。能力自体は光線に加えて電撃まで操れるようになったものの、瞬間的に遠近を切り替えられる類ではなく、総合的な汎用性は低下してしまった。
さらに言うなら、一口に融合者といっても個人個人の特性がある。速度に優れるヴァネッサに対し、アブルの特性は防御力だ。筋力と速度が低下し、軽くなったヴァネッサの拳では、アブルの外殻を傷つけるのに至らない。
打撃勝負に持ち込まれれば、より寄棲獣に近いアブルに分があるのは明白。近距離戦になった時点で、ヴァネッサの敗北は決まったも同然であった。
アブルの拳の付け根から四本の突起が飛び出し、割れた外殻の隙間からヴァネッサの素肌を突き刺す。ヴァネッサの内臓からドス黒い血が流れ出し、拳を伝う。
「お前は自分の罪から逃げたいだけだ。罰が受けられないのであれば、誰かの死を悲しむ権利はない。両手に武器なんぞ持つから、抱き締めた者まで傷つけてしまう」
アブルは逆の拳をヴァネッサの顔面に突き出す。顔への攻撃と、突起による即死への恐怖で、ヴァネッサは思わず上体を仰け反らせた。
その隙を突いて、腹部に刺さった突起を深く押し込んでいく。というよりも、真上に押し上げる。アブルが飛び起き、片腕一本だけでヴァネッサを天高く持ち上げる。
「人間の両手は、誰かを守るためにあるのだ!」
腕を引いたアブルは、即座にヴァネッサの上下に両手を伸ばす。片手で肩を、もう片手で股を摑み、自身の肩に、ヴァネッサを背中から叩きつける!
背骨の軋む生々しい音が響き渡った。アブルの両肩に担がれた格好のヴァネッサが、弓なりに仰け反らされる。激突の衝撃で、ヴァネッサの外殻に亀裂が走っていた。
アブルは断続的にヴァネッサを締め上げ、背骨に負荷を与え続ける。背骨の破壊と腹を裂かれる激痛に、ヴァネッサの喉からは獣の叫びが放たれ続けていた。
その絶叫が、唐突に途絶えた。ヴァネッサの外殻が完全に破壊され、破片が飛散。眼球が裏返って失神し、口元は反吐と泡で汚していた。
気を失ったヴァネッサを、アブルは無造作に投げ捨てる。
呆然自失としたルキの、足元へ。
「少年、後は任せた」
何を任せたのか皆まで言わず、アブルは背を翻して、二人の元に駆け出した。
意識が覚醒するのは、思いの外早かった。
激痛が体中で暴れ回って、今にも全身がバラバラに千切れてしまいそうだ。
それでもヴァネッサは生きていた。生かされたのだ。
なぜ殺されなかったのか、ヴァネッサには理由が分からない。
朦朧とする意識のまま瞼を開き、自分を覗き込んでいる人物に気付く。
ヴァネッサは痛みを無視して、反射的に手を伸ばしていた。
「お願い、アタシを殺して……」
「本当に、死にたいんですか?」
消え入りそうな声で懇願したヴァネッサに、ルキは懐疑的な口調で尋ね返した。怒りと憎悪と迷いと苦痛で、整った表情を複雑に歪めている。
「だって、攻撃してたじゃないですか。怖がってたじゃないですか。生きていたいって、懸命に主張してたじゃないですか」
ヴァネッサは驚愕していた。ルキに指摘されて初めて、自分の本当の願いに気付く。
「アタシは、生きていたいんだ……!」
彼女が他者の命を奪ってまで生きてきたのは、心の底から生き続けたいと望んだから。
「でも、アタシはアリエッサを殺した……」
「ボクがアナタを許せるか、許せないかは分からない」
それは嘘だと、ルキは拳を固く握った。間接が白くなるほどに。
愛する女性を殺めた人物を許せるはずがない。例えそれが、彼女の実の姉だとしても。
「でも、生きてください。いいえ、アナタは生きなくちゃいけないんだ。
だってアナタの姿は、アリエッサの命で取り戻したんですから」
血を吐くような訴えだった。ルキは己の意思を曲げ、血の涙を流しても、アリエッサのためだけにヴァネッサを許すと己に誓う。傷ついても、故人に愛を捧げる。
「アタシは……生きててもいいのかな……」
嗚咽だった泣き声は耐え切れなくなり、次第に大きくなっていく。ヴァネッサの号泣が、カルギアの夜に吸い込まれていった。




