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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第七話
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聖者の出陣②-①

 なんで、どうしてこうなった。

 家族を巻き込まないために家を出たはずだった。寄棲獣になってしまったアタシがいる限り、家族まで迫害されてしまう。それだけは耐えられなかった。

 戦いの世界にも好んで入ったわけじゃない。アタシの容姿ではマトモな職が探せなかったから、だから他人の命を奪って生活費を稼ぐしか道がなかった。

 久しぶりに大口の仕事が入ってきた。一つの都市を殺戮に呑み込む仕事だ。多くの人が死ぬことにも、抵抗は感じなかった。アタシの心は死んでいたのだ。

 まさか仕事先に妹が引っ越していたとは知らなかった。けど、今さら姉面はできない。

 それでも、アリエッサの幸せを願うくらいはいいよね。

 それすら、アタシには許されないのか。

 もう、何もかもが嫌だ。


「あああぁぁぁ、イヤぁぁぁぁぁぁっ!」

 天を引き裂いて、ヴァネッサの慟哭が響き渡る。

「前々から気になっていたが、彼女は何故に全裸、もとい寄棲獣の姿をしている? 意図的に人間の姿を選ぶことも可能なはずだが?」

「おそらく人間ではなくなった絶望から、無意識に人間の姿を拒絶したんだろうねぇ」

 破砕音が走り、ヴァネッサの外殻に亀裂が生じた。亀裂は隙間となって女の生肌を覗かせ、砕けた外殻が剥がれ落ちる。

 愛する妹を手にかけた激烈な精神的負荷が、ヴァネッサの内情を変貌させていた。

「斜跳効果ね。となると、」

「くるぞ。融合者だ!」

 ヴァネッサの外殻が瓦解し、弾け飛ぶ。

 ヴァネッサは不思議そうに、自分の手を眺めていた。取り戻せるはずがないと諦めていた、人間の手だ。ヴァネッサの視線が移動し、硝子に映る自分の全身を目に留める。

 人間ではない。けれども寄棲獣でもない。ヴァネッサの容姿は人間の顔と肌、寄棲獣の筋肉と外殻を持った、中間の存在へと変化していた。形容するなら露出の多い甲冑という、一種とてつもなく扇情的な姿に。

 人間と寄棲獣の混血血脈の第一世代、あるいは後天的に人間と寄棲獣の血肉が同量になることで誕生する種族、それが融合者だ。総じて宿主の能力を無尽蔵に使用し、準寄棲獣並みの筋力と防御力と回復力を有した、生態系の頂点を争う生命体の一つである。

「こぉ、むぅ、すぅ、め、がぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 瘴気すらまとわせて、怨念めいた声が漂ってきた。

 発生源を探して巡らされた視線の先に、憎悪の塊と化したパッキィの姿があった。無機質なはずの鉄仮面が、口の端を吊り上げた悪鬼の形相をしているようにすら見える。

「ちょっとばかり羨ましい体だからって、これ見よがしに見せつけてくれちゃって」

 妬みの権化と化したパッキィが、体中から負の波動を放出する。完全に逆恨みだが。

 アブルの視線が、パッキィとヴァネッサを往復。今にも外殻からはみ出さんばかりに実った豊満な肉体と、甲冑に隠れていたとはいえ女と気付かれなかった残念な体型を比べるのは、おこがましいにも程がある。

 何年か振りに対面する自分の素顔を、ヴァネッサは呆けたように見つめていた。妹の命と引き換えに取り戻した姿に、自然と涙が零れる。

「アンタらに、頼みがあるんだ」

 振り向いたヴァネッサは静かだ。瞳には正気がない。自暴自棄なまでに。

「アタシを、殺して」

 ヴァネッサが能力を発動。右手には光が集束し、左手には雷が集束し、それぞれ手斧に固着。両手の手斧が眩いばかりの光量を放ち、夜が仄白く染め上げられる。ヴァネッサが跳躍し、音速機となってマリオに飛翔。

 同時に勝機を見出したカーダも、ヴァネッサに続いてマリオに襲いかかった。

 カーダの左半身から何十何百人もが吐瀉された。文字通りの波となってマリオ、パッキィ、ルキの三人に殺到し、圧倒的な物量で足の踏み場すら押し潰す。瞳は虚ろで生気は存在せず、半開きの口から涎を滴り落とす様は亡者そのもの。それらが脚を引きずるように、あるいは四つ足で這いずるように、あるいは髪を振り乱しながら濁流となって迫ってくる光景は、まるでここが地獄だと錯覚させる。

 カーダがマルベリウスに収監されていた理由は単純だ。数百人規模を捕食し、数千人の軍隊と激突して捕縛されたからである。

 カーダの恐ろしさは捕食による対人戦の優位性、そして亡者による無尽蔵の軍勢だ。

 義肢によって人間を超えた速度で疾走するマリオを、さらに凌駕する速度でヴァネッサが追い、手斧を振り下ろして路面を破砕。ヴァネッサに爆撃で応戦しつつ、マリオは瓦礫を踏み越え、焼け焦げた自動車を跳び越え、転がる焼死体を蹴散らして逃走する。

 物量戦の鉄則は囲んで倒すにある。マリオはヴァネッサの追撃を回避しながら、亡者どもに囲まれぬよう常に移動し続ける必要があった。

 逆にマリオの必勝法は、罠に嵌めて倒すだ。移動しながらの戦闘は得意としていない。

 自分の得意とする戦法に持ち込めないマリオは、丸腰で戦っているようなものだ。

 一方のパッキィも、戦意喪失したルキを抱えながら亡者どもを屠っていた。元人間を治せず救えず手にかけるしか出来ない、腹立たしさと情けなさに歯を食いしばりながら。

 逃走と追走するマリオとヴァネッサに、さらにカーダが接近。ヴァネッサを相手にするマリオには迎撃できぬ死角から強襲し、即座に退却。

 瞬前までカーダのいた空間を、投石が串刺しにしていた。

「人様の母親を泣かせるとは、お前らどういう了見だ」

 投擲し終えた構えのままで、アブルはこめかみを小刻みに痙攣させていた。怒れる鬼神と化したアブル足元には、肉塊と成り果てた亡者どもが散乱している。アブルの脚にしっかとしがみついたマリア。よほど亡者どもが怖かったらしく、半ベソになっていた。

「一人くらいは一歩引いていた方がいいと、我を殺して後方に控えていたのに」

 同じ肉体を共有しているといっても、アブルとザヘルは何から何まで違う。やる気のないザヘルの裏返しであるように、アブルは積極的に物事に介入していった。ザヘルの本質が怠惰と無関心であるなら、アブルの本質は激情と非情だ。

 アブルの両目の奥で、凶暴性が真紅の炎となって燃焼。口角が吊り上げられ、犬歯を剥き出しにして怒号を発する。

「そんなに私に尻をはたかれたいのかっ!」

 地表が割れて溶岩が噴出するように、アブルの激昂が爆発した。

 凶暴性を発露させたアブルが破壊衝動の赴くままに一歩を進み出し、

「あ、母上は避難を」

 脚にしがみついたままのマリアを、ささと促す。

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