終末を寄贈する者⑤
馬に跨った一団が、ディダラス盆地を北上していた。規模は三千人超。その速度は迅速を凌駕し、光跡の域に達していた。
ペンダラス八領騎士団の一角、槍碧騎士団である。
通常の戦闘部隊なら各カテゴリの宿主を混載し、複系統能力による戦術幅の増加を主眼に置く。だがペンダラスに限り、その思想は普及しなかった。
すなわち単カテゴリ特化の部隊編成。槍碧騎士団は〈侵略すること疾風の如し〉と謳われる、カテゴリe編成の切り込み部隊である。
先頭を走る黒馬は巨体。他の軍馬に倍する速度で景色を置き去りにしている。跨るのは金髪癖毛の美丈夫。脇に携えた馬上槍は、ペンダラス十宝具の一つギスパジオ。
槍碧騎士団飛竜団長、ジョルジオ・デ・ギスパージュ四世その人であった。
カルギアが混乱に陥るのと同時に攻め込み、大陸有数の交通拠点を領土に取り込む、この電撃作戦は重要だ。だからこそジョルジオはこの作戦を成功させた暁に、靑鎖騎士団麗竜団長エリザベーテに求婚しようと決心していた。
無論、この侵略はカルギアに更なる混乱をもたらすべく、寄贈者が流した情報に基づいて立案されたのは言うまでもない。
愛に走る男の進路に、立ち塞がる人影があった。ジョルジオの両目が細められ、邪魔者を排除するべく黒馬に鞭を振るう。
「やれやれ、オレの人生は最悪の連続だったな」
迫るジョルジオと三千人の部隊を前に、アレクは愚痴を零した。
ハヤトの社員旅行では一人だけ食中毒になり、求愛したマイハニーはドSで痛い目にあっている。運試しでは決まって〝凶〟を引き当てていた。
今もそうだ。何の因果で三千人の軍隊に立ち向かわにゃならんのか。正直泣けてくる。
気付けば目の前にジョルジオの、目も眩むような美貌があった。アレクは意識をなくしていたようだ。
生暖かい感触が胸を這い上がる。耐えきれずに解放。真っ赤な血が口唇から溢れ出る。
アレクの視線がジョルジオから下りていく。ギスパジオの美麗で豪奢な装飾が腹部に根元まで埋まり、背中からは鋭利な穂先が抜けていた。
もう一度吐血。気分が悪い、最悪だ。手足の感覚がなくなり、吐き気と寒気に襲われる。それすらも消失していき、酷い空虚感に塗り潰されていく。
そして、彼女の意識が増大する。
「その前に、一仕事しなくちゃなぁ」
アレクは口の端を吊り上げ、死人の笑みを浮かべた。尋常ならざる鬼気が瞳に宿る。
ジョルジオはアレクの身に起きた事態と、これから起こるであろう事態を理解。ジョルジオの表情に特大の敵意が浮かび上がる。
「オレ一人の命で何万人もの命が助かるなら、捨て駒には破格の見せ場だ」
口の端から血を流し、それでもアレクは気丈な笑みを見せる。痛いはずだ。苦しいはずだ。何より怖いはずだのに。
ジョルジオが力を籠めても、ギスパジオはアレクの体に固定されたまま。ジョルジオが手間取っている間に、後続の部隊が到着してしまう。
「すまない。約束は、守れそうにない」
アレクが誰にともなく呟いた謝罪にも、力は入っていなかった。
残存する全ての精神力は、能力発動のために収束されている。あとは願うだけでいい。
アレクの胸部を突き破り、寄棲獣が顔を出す。恐怖に怯えた鳴き声を発する、大鷲の寄棲獣だ。幼体寄棲獣は人体の外界では長く生きられない。それだけ非常事態であった。
「貴様に言っていなかったことがあるな」
アレクは感覚の消失した腕を伸ばし、寄棲獣の顔を捕まえる。全ての力で、体外に逃げ出そうとするのを押し留める。
「オレはお前が嫌いだ」
そして白光が走り抜け、ジョルジオの美貌を、三千人の軍隊を、ディダラス盆地を、暗黒の夜空を、全てを白く塗り潰した。
ディダラス盆地には、焦土と焼け野原の窪地が出現していた。
広大な窪地だ。盆地を走っていた三千人の部隊と軍馬が呑み込まれ、爆風で吹き飛ばされた、生命の一握りも存在しない死の爆心地。ジョルジオとアレクの姿もない。
煙を燻らせる焦土の中心に、ギスパジオが突き立っていた。ギスパジオの宿した輝きは、まるで墓標のように冷たかった。




