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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第六話
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終末を寄贈する者④

 寄棲獣の首を斬り飛ばしたイェルが、前方の信号機に着地する。イェルの背後で轟音が連続。切り伏せられた寄棲獣が軒並み傾斜し、地面に倒れ伏していく。

 成体寄棲獣の輪郭は二足歩行生物、特に人間に酷似しているが、完全な人型かと問われればそうではない。

 まず巨大生物の特徴として、両脚は太く短い。さらに安定感を得るため、足裏の面積も広くなっている。逆に両腕は細いが、それでも簡単に小山を破壊する筋力を発揮する。肉食であるため胴体は短く、反して人間一人分の容積を詰め込むために胃は大きい。同様に頭部も巨大で、口と食道も丸太を呑み込めそうな空洞になっている。

 カルギア西部に出現した成体寄棲獣の大群は、市内の戦力とイェルによってその数を半減させられていた。しかし被害が皆無だとは到底言えず、倒壊した建物や食い荒らされた人体の破片が無秩序に散らかされていた。

「いつになっても複雑な心境だ。愛する妻の同胞をこの手にかけるというのは」

「それは人間の身勝手だろ」

 真下からの声と風圧に、イェルは咄嗟に距離を取った。刹那、信号機が粉微塵に破砕され、断頭されたはずの寄棲獣が下から上に弧を描く。

 寄棲獣の足首を、路上に立つレックスが摑んでいた。頭を失ってなお九m以上の身長を有する寄棲獣の屍骸が、力任せに振り上げられていた。

「人間は牛や豚やホビッツを食う。特にホビッツなどは寄棲獣が寄生しないだけで、人間とほぼ変わらない生命体だ。

 なのに寄棲獣が人間を食うのは許せない。だのに許せないはずの寄棲獣を愛する。けれども愛した女の同胞を手にかける。

 須く遍く尽く! 人間の本質は身勝手なのだよご老体!」

 レックスの双眸に宿るのは狂気ですらなく、純粋なまでの殺意。不純物の一切が内在されない、澄み切った黒い感情だ。

 レックスの心理は、既に人間のそれではない。世界の全てを殺戮対象として同一の存在と見なすレックスの視点は、人間の域を超越した天上からのそれであった。

「人間とは、最初から矛盾した存在だ。世界が歪んでいるのなら、歪んだ世界で生活する我らも歪んでいる。そこに整合性を求めるなよ」

「だろうねぇ。だからぼくは正しさを求めない。殺すのなら分け隔てなく全てを殺せ。

 虫を殺せ魚を殺せ鳥を殺せ犬を殺せ猫を殺せ豚を殺せ牛を殺せ羊を山羊を馬を獅子を虎を熊を象を駱駝を鯨を竜を寄棲獣を男を女を老人を子供を赤子を殺せ!

 殺して殺して殺して殺して殺し尽くせ!」

「だが、それでも正しくあろうとする姿勢こそが、人間のかくあるべき姿だ。

 私が妻を愛し、妻の同胞を屠るのも、所詮は私の身勝手な判断だ。しかし寄棲獣を止めなければ、さらに被害が拡大する。だから私は私の決断を、間違いだとは思わない」

 二人の周囲には、成体寄棲獣の屍骸が無数に横たわっていた。大太刀に斬殺されたものもあれば、大砲に撃たれたもの、無数の槍に貫かれたもの、真空で窒息したもの、水で窒息したもの、氷に閉じ込められたものなど、多岐にわたる方法で殺されている。

「それがあんたの流儀かい? 猿人からやり直せよ。

 何の意味もなく同族の命を奪う。高度な知性体にだけ与えられた、とても文化的な行為じゃないか」

「どうにも論議が平行線だな」

 イェルの口から溜め息が放たれる。疲労ではなく、対話の終了を告げる合図だった。

「では、戦うか」

 イェルとレックスが緩やかに横移動。両者の表情が、激突の予感に強張っていく。

「先に聞いておくことがある。お前ら寄贈者の目的はなんだ?」

「それは首謀者に訊いておあげ。ぼくも、あの男も、女ですら、ただの協力者で外部戦力に過ぎない」

 驚愕の告白に、イェルですら愕然としていた。それはつまり、

 レックスが両手を広げ、カルギアの惨状を示す。軒並み破砕された建造物、砂利のように転がる死体。遠く近く鳴り響く、怒号と悲鳴と絶叫の一大協演。

「〈寄贈者〉とは組織の名称じゃないんだよ。この災厄は、〈寄贈者〉と呼ばれるたった一人の人間が独断で引き起こしたのさ」

 イェルの鼓動が凍結する。ありえない。

 地方の田舎といえど、一都市を壊滅させるには途方もない資金と人材が必要とされる。だのにその調達から計画の立案、さらには指揮と実働までを一人でこなしたと言うのだ。

 やはりありえない。悪意がではない。知略がではない。行動力がではない。

 それだけの資材を投じた計画の責任を一手に引き受けるなど、人間の心臓では耐え切れない。この計画は危うすぎ、偶発的な要因によっていつ失敗してもおかしくない。

 例えるなら、十m先に置かれた直径一㎝の的に針を命中させられなければ、国が滅びると条件付けされた一発勝負だ。その針を持たされたのが自分だとしたら、大概の人間は責任感の重さに耐え切れずに押し潰されてしまう。

 その針を、寄贈者はいとも容易く投げ放ったとレックスは言うのだ。だとしたらその人物は、人間の常識が通用しない化け物でしかない。

「恐れ多くもハヤト総帥に、出し惜しみは失礼千万。ぼく本来の能力で相手をしよう」

 本来ヴァネッサとレックスの役割は、カルギアの東西から市民を追い立て駆り立て、暴動を無理矢理圧縮させて斜跳効果を強制励起させることであった。

 初期段階では広範囲破壊で斜跳効果を引き起こし、中期には各組織を敵対させて組織間闘争に発展させた。組織の枠組みが崩れた終期である現在、さらに暴動を混沌化させて有力な宿主を一箇所に集めるため、三人はカルギアの各所に配置されていた。

 ヴァネッサがマリオに抑えられ、カーダがマリオを追ったため、配置は無効化されてしまったが、そもそもここまで闘争が混沌化してしまえば、外部から介入して誘導する必要はなくなっていた。だからこそレックスも配置と余力に気兼ねせず、全力でイェルとの対決に臨める。

「ぼくの本来の能力は肉体潜行、いや、肉体融合だ」

 イェルは合点がいった。ピルペリヴの体内に潜伏していたというよりも、肉体に融合して同一化していたのだ。また他者と体組織を寄棲獣の代替にさせることで、普段は宿主の肉体と融合している寄棲獣を切り離すという、離れ技を可能にしたのだ。

 イェルは厄介さに舌打ちする。このカルギア西部には、レックスが呼び込んだ無数の成体寄棲獣が徘徊していた。

 レックスが寄棲獣と融合し、寄棲獣の巨体と膂力に人間の知能と戦闘技術が合わされば、計り知れない戦闘力を秘めた破壊神が誕生してしまう。

「まさか成体寄棲獣と融合するとでも思っているのか?」

 イェルが立てた予測を、レックスは嘲笑を浮かべて否定する。さらに悪辣極まる手段を知っていると言わんばかりに。

「融合する相手なら、ここにいるですよ?」

 レックスの指先が、自分自身に向けられる。双眸は嗜虐性で暗く輝いていた。

 イェルは即座に理解した。特大の驚愕と極大の警戒が雷となって全身を灼き、無意識に疾走を開始。破壊力を重視した大振りな太刀筋を繰り出す。

 イェル渾身の一撃を、レックスが小手を掲げて受け止める。前進する勢いのまま、両者はカルギア西部を横断していく。

 大太刀を受け止めるレックスの腕が、青磁色に変色していた硬化していた。腕だけではなく全身が青磁色に変色していき、同時に粘液にも包まれていく。

 それぞれの自我を保ったまま、レックスとピピルリリィの肉体が融合を始めていた。

「擬似的に〈融合者〉を再現したのかっ!」

 レックスが背中から西門に激突。天まで届く高さの門扉は、まるで巨人を迎えるためにあるかのような巨大さだ。当然その厚みも数m、重量と強度も尋常ではない。

 門扉の表面が砕けた。成体寄棲獣が集団で襲っても破壊できぬはずの門扉に、だ。

「ひゃははははははぁっ!」

 レックスの哄笑が、天空からの百雷となって降り注ぐ。レックスの姿は上空、垂直に聳える門扉の半ばに立っていた。

 融合を終えたレックスの姿は、既に人間のそれとは程遠い。人間の輪郭を残しながらも、全身は青磁色の硬皮に包まれ、背鰭が凶悪な光芒を発する。

 五柱殺の第五位といえど、レックスの脅威は天変地異にも等しい。

 アンデットのように地平を埋め尽くす軍勢の数で攻める者、パンドラのように不可視の細菌で攻める者も、計り知れない脅威だ。だがそれはあくまで数の脅威であり、目に見えぬゆえの脅威であり、言うなれば得体の知れないモノに対する恐怖だ。

 だが純粋なまでの破壊力と速度と回復力に特化したレックスは、正体が明白であるからこそ、心臓を鷲摑みにされたような生々しい恐怖を与えてくるのだ。

 イェルが懐紙を取り出し、大太刀の刃に滑らせていく。懐紙にはべっとりとした粘液が付着していた。

(両生類が乾燥から身を守るための粘液が、攻撃を受け流す働きをしているのか)

 大太刀の鋭利な刃も、粘液と硬皮によって十分な切断力を発揮できなくされていた。加えてレックス自身までが斬撃を受け流す体捌きを心得ている。

(男と雌が融合したのなら、性別はどちらになっているのだ?)

 巨人が蟻を踏み潰すかの如き圧倒的な暴力を前に、しょうもないことを考えるイェル。

 イェルを咎めるように携帯が鳴ったのは、そのときであった。

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