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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第六話
35/51

終末を寄贈する者②


 見上げた夜空には、いつもより星が多く輝いている。皮肉にもカルギアの光源がなくなったことによって、自然の照明がより鮮明に降り注いでいた。

 アブルとマリア母子が路傍の縁石に並んで座り、何の気なしに街並みを眺めていた。

 生き残った市民は我先にと他者を踏みつけ、カルギアに残された唯一の出口である北門に向かっていく。生き残らんとする狂気、恐怖による狂気、絶望による狂気、そして純粋な狂気により、市民の波は敵視と憎悪の流れとなり、淘汰粛清されつつ狂気の純度を高めていた。

 それでも暴動や寄棲獣、ペンダラスの脅威が遠いカルギア東部は比較的穏やかだ。

 というよりも戦意を失った負傷者や死体が運び込まれ、さながら野戦病院兼死体安置所の様相を呈している。

 本来執政を行う市長が死亡したため、私立レイディオス小学校と偽装されたレイダース基地にて、パッキィが救助と対策に追われていた。

 二人の眺める前で、粛々と葬儀は行われていた。大きく掘られた穴に無数の死体が無秩序に投げ込まれていく、埋葬というより処理と言った方が適切な光景。

「非道だと思うか?」

 アブルの隣に腰を下ろし、皮ジャンの男が声をかけてきた。見知らぬ人物の出現で、マリアがアブルに身を寄せてくる。

 両手に持っていた珈琲とココアの缶を投げてくるアレク。アブルが返答を投げ返す。

「死んでしまえば、元は人間だった肉の塊に過ぎない。そこに魂も意思も存在せず、どう扱われようが死んだ当人は何とも思わないし、思えない。

 それに死体が放置されていれば、恐怖と衛生面で市民に不安が広がる。対策としては推させてもらおう」

 カルギアの雑多な人種を縮図化したように、老若男女、種族、宗教を問わず埋葬されていく。中には死体族の生死が判別できない死体も見られた。

 死の匂いを嗅ぎつけたか鴉が飛来する。奇妙な鴉だった。

「傷の具合はどうだ?」

「体の調子だけはいい」

 月と星の明かりが、アブルの表情に複雑な陰影を浮かばせていた。

 アレクとアシダンテから受けた傷は、寄棲獣の体質によってまともに動けるまでに回復していた。と言っても傷口が塞がった程度で、完全回復には程遠い。

 アブルの視線が移動し、ココアの缶に口をつけるマリアを見つめる。母の手は小さく、缶すら両手でなければ持っていられなかった。

 父親が事態を収拾させるために走っている今、母を守るのは自分しかいないのだ。市中全域が危険地帯と化している現在、目の届く範囲に置いておくのがいいだろう。

「オレは地方豪族の四男坊でな。普通なら、オレにゃ家督相続は巡ってこなかった」

 アレクは唐突に語り出した。亡羊とした視線は遠くに向けられ、誰も見ていない。

「これが所謂、死亡フラグというやつだな」

「アブルは意図的に空気を壊しておるの」

 アレクにも親子の会話が聞こえているはずだが、気にした様子はない。

 というよりも、聞こえていないのだろう。

「オレの親父が治める土地は肥沃で、美味い野菜や果物が採れた。兄貴連中と森に入っちゃ、猪や狐を狩って食った。

 人は真摯に、懸命に生きるだけで豊かなのだと思った。

 何かが狂い始めたのは、一番上の兄貴が家督を次いで文明の利器を取り入れてからだ。人間が一つの便利を覚えると、十が駄目になると知った」

 アレクの全身に冷や汗が浮かび、話しているだけでも瞳孔が振動する。

「だからオレは、兄貴を殺すしかなかった」

 傷口を抉るような告白にも、アレクの口調は夢物語を語っているように虚ろであった。

 アレクが腰を上げた。視線は小走りに駆け寄ってくるパッキィを認める。

「では、オレはそろそろいくとしよう」

 パッキィもアレクに気付いたようだ。走る速度を上げる。

 アレクが跳躍し、炎の翼を広げる。最後に一度だけ、小さく手を振り、炎が遠退いて夏の花火のように消え去った。

 パッキィはアブルの胸倉を摑み、恋人の浮気を咎める様相で詰問する。

「何を話していたの?」

「さあ? 何しにきたのだろうな?」

 アブルは首を傾げるしかなかった。本当に傾げるしかなかったのに、

「ふざけるな」

「おぐぁっ!」

 鉄籠手で思いっきり頬を殴られた。奥歯が折れたかと思う衝撃だ。

(ザヘルは普段から、こんな重い攻撃を何発も食らっていたのか……!)

 殴られた衝撃で路上に寝そべり、何かを失った乙女の心境になったアブル。兄弟からそこはかとなく尊敬の念を抱かれたのも露知らず、ザヘルからの反応はない。

「ええと、ところでその格好はなんだ?」

 アブルに首を傾げられたパッキィの服装は、普段の全身甲冑からは程遠い。甲冑には違いないが、両手足に胸や腰といった最小限の範囲に留められ、腹部は鎖帷子。脇には例の鉄仮面を抱えている。

「もう正体バレちゃったから、体の線を隠す必要ないでしょ?」

 アブルは上から下まで、パッキィの全身を凝視。確かに首元や腰回りは、見る者が見れば女と疑われるかもしれない。それに正体を隠す必要がなくなったのを別にしても、あの超重量級の装備を着続けるのは正直しんどかったのだろう。

「それで、ザヘルは大丈夫なの?」

 一転、パッキィは表情を曇らせる。ザヘルの身を案じる、恋人の顔だ。

 アブルとマリアの表情も暗く落ち込んだ。

「駄目だな。一向に反応がない」

 アブルとパッキィの脳裏に、カルギア崩壊の瞬間が蘇る。視界一面を埋め尽くす炎の赤、粉塵の白、砕けた硝子の煌き、そして爆風に飛ばされた人間の砲弾。

 それは地獄などではなく、破壊のみが存在意義を持った破滅の光景であった。

 もしもザヘルが最大出力で障壁を張っていなければ、パッキィもイェルも生存できなかっただろう。それでも距離の離れていたレイダースの面々までは手が回らず、行方知れずだ。ヤーリャルや市長に秘書は、遺体までもが消し飛んでしまった。

 その代償としてザヘルは限界まで精神を消耗し、昏睡状態に陥っていた。

「ねぇ……もう目を覚まさないなんてことは、ないよね?」

「放っておけばよいのじゃ」

 表情に絶望を滲ませるパッキィ。マリアが放ったのは、我が子に向けるには辛辣すぎる言葉だった。しかし言葉の内容に反して、口元には微笑が浮かんでいる。

「ザヘルは旦那様とわたくしの息子なのじゃ。そう簡単にくたばるものではない」

 マリアの自信にはなんら根拠がない。だがアブルもパッキィも顔を綻ばした。

「ザヘル以前に、カルギアが壊滅しては意味がない。我々に出来ることを進めよう」

 アブルの意見は至極マトモであったが、パッキィは唇を尖らせて渋々と頷いた。アブルが至極マトモな意見を出したのがお気に召さないらしい。

(常々感じていたが、この女は私に対してどのような評価を下しているのだ?)

 兄弟の恋人に半眼を向けたアブル。親嫁関係は良好だが、嫁兄弟間に問題があった。

 ハヤトから、敵が〈寄贈者〉と名乗っているのは知らされていた。

 カルギアでは四つの勢力が争っていた。レイダースと警察、軍隊を中心とした鎮圧勢力。宿主、ヒガンバナ、カルギア市民、ザジ村民を中心とした混成暴徒。寄贈者。そして混乱に呑み込まれるだけである、大多数の被害者。

 寄贈者の動向と目的は皆目不明であり、ハヤトの主力は未だ到着していない。

 アブルは不可解な点に気付いた。

「戦力が少なすぎやしないか?」

 アブルが視線を向けた途端、残像を生む速度でパッキィが顔を逸らす。アブルの眼差しは、疑わしげに細められる。

「レイダースとディアボロスと市軍の戦力は、三竦みになるよう横一線に調節されている。どうしてレイダースしか参戦していない?」

 パッキィは視線を逸らし続ける。今にも首から上が分離して、足を生やして逃げ出してしまいそうだった。

「…………いません」

 ようやく呟いたパッキィの声は、消え入りそうなほど小さく。

 パッキィが差し出した用紙に視線を落とし、アブルは思わず二度見した。

「…………これは、王都で王室守護八将の一人が死亡、三人が行方不明、だと?」

 王家直属の護衛である王室守護八将は、近衛兵でも選りすぐりの八人だ。それぞれがレベル6宿主並みの戦闘力を有する、名実共にこの国の最高戦力である。

 また王室守護八将の名称自体は著名である反面、王族の護衛という職務から構成員の素性は秘匿されており、パッキィへの通知書にも八将の個人名は記されていなかった。

「戦力補強と調査の関係で、王都に戦力が召集されたの。カルギアだけじゃなくて、格都市のディアボロスに軍まで呼び出されたわ」

「まさか寄贈者どもはカルギアで事を進めるため、王都すら陽動に使ったのか?」

 アブルは絶句する。カルギアで起きている事態がどれほど巨大で邪悪な陰謀であったとしても、王室守護八将を半壊させるよりは圧倒的に容易な行為だとしか思えない。

 いや、裏を返せば、王室守護八将を半壊させるよりも巨大で邪悪な陰謀が、このカルギアで起きていると考えるべきか?

 今更ながら、二人は背筋が凍りつく悪寒を覚える。

「どうすれば市民の暴動を止められるのかしら?」

「水でもぶっかけてはどうじゃ?」

 マリアの提案は、アブルもパッキィも見もしない。

「それか、団結するべき敵を与えるか」

 対して、アブルの提示した手段は有効かもしれない。なぜなら〈アグレイの腕の日〉が、市内最悪の殺戮者と化したカーダに一致団結することで終息を見せたから。

「あ、もしかして……」

 パッキィに閃き。だからアグレイの腕は失敗したと見なされたのか? 計画の終期で一人の宿主に全ての戦力が向けられたから。

 現在までは〈アグレイの腕の日〉に酷似し、このままでは陰謀が成就されてしまう。

「一刻も早く、暴動を止めないと……」

 優先すべき対応を明確にされ、弾かれたようにパッキィが立ち上がる。

 目の前を轟音が横断したのは、そのときだ。

 花屋の硝子窓を粉砕して出現し、路面で体を削らせ、赤銅色の外殻の人物が鉄柵に抱き止められ、耳障りな金属音を奏でる。顔を上げ、前方を睨みつけるヴァネッサ。

「最近の若い連中は、年長者を敬う心がなくていけない」

 ヴァネッサを追って、新たな声が現れる。硝子片を踏み砕き、極彩色の花道を進み、白い野戦服の男が姿を見せた。マリオカダスの呆れ気味の表情が、アブルとパッキィを視界に納め、予期せぬ再会に驚愕を浮かべる。

 それはアブルとパッキィも同じ。三組の視線が交錯し、数秒の停滞。

 その逡巡を好機と見なし、ヴァネッサは一瞬で退却を決定。ビルの陰へと飛び込んだ。

「マリオカダス!」「パキフィリアっ!」

 ヴァネッサの消失によって、こちらの均衡も崩れた。マリオとパッキィの、燃え上がるような敵意の視線が激突し、一触即発の気配を放つ。

 二人とも、陰謀を阻止するという目的は共通しているはずだった。しかしパッキィにしてみればヒガンバナは人々を洗脳し、暴徒の一角と成り果てた加害者側であり、マリオにしてみればレイダースは足を引っ張る邪魔者であった。

 再来した災厄の責任の一端を相手に求めて、二人の感情が暴走していく。

「けれど、」「その前に、」

 パッキィとマリオが、敵意を籠めて真横の空中を睨みつける。視線の先には薄ら笑いを浮かべるコーツの姿。アブルがマリアを背後に庇う。

「やあやあ、元気にしていたかな? ヒガンバナ教主」

 コーツは左肩から右腹までの上半身しかなく、断面から血と内臓を零していた。絶命したコーツの首を、背後からカーダが握っていた。

 部下の遺体を目の前にして、パッキィの瞳が憤怒と悲しみに濁っていく。

「よくもまあ、ヴァネッサを痛めつけてくれた。お陰でこちらの配置は滅茶苦茶だよ」

 ここにくるまでに屠った人間の返り血で、カーダの全身は真紅の斑点に彩られていた。奇病に侵されたような出で立ちで、発作的な笑声を垂れ流す。

「けれどこれで、配置に関係なく自由に動ける」

 邪悪な笑みがカーダの顔中に広がっていく。狂喜の笑みだ。

「決着を、つけようじゃないか!」

 カーダが咆哮を上げ、コーツの亡骸を脇に捨てて突進。

 パッキィと同様に、マリオの脳裏にもライフニールの最後が蘇る。

「いいだろう。今日の僕は、捨てられた仔犬のように凶暴なものでね!」

 応じてマリオも駆け出す。

「マリオさんは許されない。それは償わせなくちゃいけない。けれど、」

 パッキィの視線がコーツの遺体に向けられる。物言わぬ部下を前にして、パッキィの表情は瞬く間に戦う者のそれになっていく。

「あいつはそれ以上に赦せない!」

 鉄仮面で再び顔を隠し、パッキィもマリオに続く。

 マリオと、パッキィと、カーダの激突が、最終幕の始まりを切って落とした。

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