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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第五話
32/51

災厄の日⑤

 口から血が溢れ出す。自分の身に何が起きたのか、理解できなかった。

 視線を下ろす。胸元の布地を押し上げ、引き裂き、幼体寄棲獣が顔を出す。

『レックス、今ゆきます』

 幼体寄棲獣の頭部は、一見して魚類。しかし体の両側から伸びる器官は、水掻きこそ張れど前脚である。魚類と蜥蜴を合成させた見た目の、不恰好な生命体。

 それは迷歯亜綱に区分される、とうに絶滅した原初の両生類。

 ヤーリャルには、どうして自分から寄棲獣が抜け出したのか理解できない。寄棲獣が抜けて生命活動が維持できなくなり、脱力して傾斜した体をディオが受け止める。

 ヤーリャルを庇って腕に硝子片を突き刺したザヘルも、事態を理解しかねていた。

 ヤーリャルから抜け出た寄棲獣は空中を泳ぎ、ザヘルの又投げした硝子片を回避して、ルキの放った弾丸を掻い潜り、ピードル秘書の眼前に到達。自らの体を螺旋状に回転させ、ピードル秘書を貫通。

 ピードル秘書の口からも大量の血塊が吐き出された。王国の重鎮に成り上がろうとする野望の半ばで、ピードル秘書が絶命して果てる。

 ピードル秘書を素通りした寄棲獣はその背後、体脂肪満載のピルペリヴに突き刺さった。肉を掻き分けて内部に侵入。

「な、なになに? コレなに?」

 困惑しきったピルペリヴが我を忘れて暴れ狂う。だが周囲の困惑はそれ以上だ。

「失礼」

 ピルペリヴの口腔、さらにその奥から神経を逆撫でする声が出された。

 ピルペリヴの喉を突き破って出現したのは、人間の左手。掌が下を向き、胸郭を摑む。次いで口腔から右手が出現。上顎に手をかける。ピルペリヴの胸が押し下げられ、頭部が後方に反らされ、内側から喉が引き裂かれる。

 ばっくりと口を開けたピルペリヴの喉元。奥からせり上がってきたのは血塊ではなく繊維の塊、頭髪だ。白い額、黒曜石の瞳、緩やかな鼻梁、薄っぺらい唇、尖った顎先。

 小柄なピルペリヴのどこに内蔵されていたのか、二m近い長身の男が、ピルペリヴの首なし死体の上に立ち上がる。男は全裸で、巨漢と言うよりひょろ長い印象だ。

 信じられぬ事例だが、この男は自らの寄棲獣を切り離し、別々の人体に潜伏していたとしか考えられない。通常は寄棲獣を失って、生きていられるはずがないのに。

 観客の驚愕と恐怖と呆けた視線を一身に受け、痩身の男は考える。手を打って結論。

「おぎゃあ」

 心の底からの邪悪な表情で、産声を上げる。

「っくくくく、ははは、あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 男は顔を押さえて哄笑する。理性も知性も捨て置いた、狂気の笑いだった。

「お前は、何者だ?」

 ディオの詰問に、男は哄笑を止め、痙攣するような笑みで観衆を見下ろす。不細工に引きつった口の端は、下劣な笑みを浮かべていた。

「ぼくはレックスさ。レックス・イボルバー」

 絶望が蔓延した。

 大陸に名を轟かせる殺戮一族、それがイボルバー家である。一族郎党は総じて先天的に強烈な殺人衝動を有し、大半が高位のカテゴリg宿主。

 特に五柱殺(ごちゅうさつ)と呼ばれる五人はイボルバー家の頂点であると同時に、大陸でも指折りの殺人集団である。

 例えば五柱殺の四位。死体の軍勢を率いて、国家すら滅ぼすアンデット・リボルバー。

 例えば五柱殺の三位。数万種の細菌にて、大陸に疫病と死病を撒き散らすパンドラ・イボルバー。

 つまり一家系にすぎない組織が、大国と同等の戦力を有しているのだ。

 その五柱殺の一角が目の前にいた。

 レックス・イボルバー。五柱殺の五位にして、カテゴリgレベル6--。

 だが何故? 決まっている。これもアグレイの腕を再来させるための一手なのだ。

 ディオは違和感を覚える。しかし今はその正体を追及している余裕はない。

「ぼくはね、人殺しが大好きなんだ。だから殺されて下さいよ」


 ヤーリャルは虚無の底に沈んでいく。漆黒に呑み込まれていく視界で、うろたえたコーツが涙を流していた。

 コーツが泣いている理由も、自分が倒れている理由も分からない。考えたくなかった。

 嫌でも周囲の喧騒が耳に入って、自分はここで死ぬのだと確信する。

 着たい服があった。休日の予定も立ててあった。気になって、話してみたい人もいた。

 死ぬには悔いを残しすぎている。死にたくない。だから死ねない。

 そしてヤーリャルの意識は消失した。


 ヤーリャルの瞳から意思の光が失せ、そして首が折れた。

「貴様ぁっ!」

 怒号と共に飛び出そうとするディオを、ザヘルが背後から羽交い絞めにして制止させる。暴れるディオを、有無を言わせぬ態度で押さえ込む。

「ここにいる誰も、あいつには敵わない! 逃げるんだ!」

 ザヘルの正論はディオの信条と相反していた。仮面の奥で葛藤と苦悩に歯軋りする。

 レックスは攻めもせず守りもせず逃げもせず、ただただ笑っていた。笑い続けていた。レイダース如き、笑っているだけで屠れるのだと如実に主張しているのだ。

 レックスの哄笑を遮るものなど、この地上には存在しない。

「そこまでだ」

 ならばその声は、地上以外のどこからか来訪したものであろう。

 闘技場であるはずのその場に、中年男性がふらりと現れる。男が肩に担ぐのは狂的な長さの得物、全長五m以上はあろう大太刀だ。

 男はまるで散歩をしているような足取りで歩き、不意に姿を掻き消した。

 一拍遅れて、レックスは自分の胸元に視線を下ろす。大太刀が鍔元まで胸に埋まり、心臓と背骨を貫いていた。レックスの眼前に出現した男が、剣を捻って心臓を完全破壊。

「ひゃはっ!」

 だのにレックスは笑声を放ち、腕を一振り。柄から手を離した男が後方跳躍で退避。

 レックスが大太刀の柄を握った。長さのせいで引き抜くのが面倒だったらしく、肋骨と肺を引き裂きながら脇側に抜けさせる。人体断面積の半分を引き裂かれたにも拘らず、破壊された心臓と骨格と肺と筋肉繊維が蒸気を上げて修復され、僅か数秒で完全回復。

 カテゴリg宿主は、人並み外れた運動能力と常識外れの回復力を標準装備している。しかし破壊された心臓まで瞬時に回復するなど、常識外れの範疇すら逸脱して想像の及びもつかない域に達していた。

「ひゃははははぁっ! こいつは傑作だ!

 まさかこんな田舎町で、あのハヤト総帥とご対面できるとは!」

 顔を押さえて哄笑するレックス。声の高さ、語調、響き、呼吸の感覚、全てが人の神経を逆撫でし、苛立たせる。

「田舎の良さが分からんとは、尻が青い証拠だな」

 対するハヤト総帥は柔らかい物腰で、あくまで穏やかに言葉を続ける。しかし両の瞳は、レックスへの凍てつくような敵意で凍結していた。

「言ってくれる。では、ぼくとお遊戯でも催すかい?」

「吝かではない」

 路上で睨み合う、人間を超越した二人の超人ども。誰も二人の戦いに手出しできない。

「悪いけれど先約がある。ここは引かせてもらうよ」

 だからレックスが撤退の意を唱えても、止められる者などいなかった。

「私が許すと?」

「だろうね。だからさ!」

 レックスの腕が掻き消え、出現。しかし手に下げていたはずの大太刀は消えたまま。

 大太刀はハヤト総帥の手に握られていた。大太刀の切っ先はアレクの額に密着し、皮膚を浅く裂いている。レックスが大太刀を投擲し、それをハヤト総帥が止めていたのだ。

 その一瞬で、レックスの姿は消えていた。

 ハヤト総帥の視線がアレクに向けられる。レックスを追うより部下の救助を優先した、苦々しくも慈愛に満ちた目の色だった。

「オ、オ、オオオ、オオ…………」

 聞こえてきたのは意味のない音の羅列。ザヘルはあまりの衝撃で二の句が継げなくなっていた。

 ハヤト総帥はザヘルに視線を移動させ、一瞬、ほんの一瞬だけ考え、得心して頷いた。

 同時にザヘルの混乱も治まり、舌が滑らかに動き出す。

「……オヤジ」

「パパだぞう」

 ハヤト総帥イェルラヘルは、お茶目に言ってみた。



 数分後。宵の口のカルギア市。

 レックスは通りすがりの警察車輌を強奪し、逃走を続けていた。

『これからどうするのです?』

「ぼくに与えられた指令は概ね遂行済みさ。あとはあいつらと合流して遊ぶだけだよ」

 部活帰りらしき中等学科生の集団を発見し、レックスの双眸に凶悪な輝きが宿る。列に突っ込み、轢き殺す。後退し、もう一度轢き殺す。さらに前進して念入りに轢き殺す。

「もちろん、退屈しない逃避行さ」

 ぐぢゃぐぢゃの肉塊になった少年少女を眺め、喜悦を浮かべたレックス。

『一年以上の長期潜伏でしたのに、あっさりと見破られたものです』

「おそらくだけど、パルタミア山に集めた寄棲獣どもを使役するための精神波を手繰り寄せられたんだろう。あの場にハヤトが出現したのが、位置を索敵された証拠だね。

 長期的な暗示だと簡潔な命令しか下せない。定期的な精神洗脳を必要とする高度使役の短所を突かれたね」

 操縦桿を指先で小突くレックスは、新たな課題の攻略を楽しみにするよう。

「まあいいさ。ぼくの本職は使役系じゃなくて、殺し合いだよ。アンデがあの場に邪魔者を集めたのも、計画の障害になる要因をぼくに間引きさせたかったんだろう」

『レックスを見た彼らの顔といったら、傑作でした』

 ピピルリリィの声は、なぜだか誇らしげに上気している。

「けど、さすがはハヤト総帥イェルラヘル。ぼくもあの場は引かざるをえなかった」

 レックスは悔いるでもなく、恐怖するでもなく、不敵に唇を捲り上げる。

「待ち合わせがなければ、ぼくが勝っていたけどね」

『……素敵です』

 心酔に震える声を出すピピルリリィ。彼女は男の趣味が悪いのだ。

「ではそろそろ、〈寄贈者〉にご挨拶といこうじゃないか」

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