災厄の日④-③
ザヘルが駆け出し、応じてアレクとアシダンテも先ほどと同様に、火球と短剣を投擲しつつ刺突と斬撃を放つ。
「まだ気付かないか。一度見た技は通用しなぐぎゃあああああっ!」
先ほどと同様に、手詰まりとなったザヘルの全身を火球が焼き短剣が突き刺し、炎の剣が右肩を貫き、大蛇の剣が左脇腹を切り裂いた。
アレクが驚愕に目を剥く。
「防御も回避も無視しただとっ!」
ザヘルは攻撃を受けるがまま。立体障壁すら展開せず、能力消去による攻撃を優先する。左右の裏拳を両者の側頭部へと叩き込み、二人がよろける。
「急に生き返りやがって。何様のつもりだ!」
「生き返っちゃいないさ。生きる理由だって見つからない」
ザヘルの台詞がアシダンテの何かに触れた。表情が凍りつく。
「だが、戦う理由なら見つかった!」
ザヘルの拳が手刀が肘が肩が爪先が膝が弾幕となって繰り出され、アシダンテが剣で受け止め凌いで弾いて受け流して切り返して相殺。両者の防御と回避が追いつかず、反撃を受け、それぞれの全身から血が噴き上がる。
「お前はさっき、世界が狂っていると言っていたな。俺もそう思う」
組み合うザヘルとアシダンテに、上空からアレクが奇襲。下降の勢いを乗せ、炎の剣を一閃。両者が跳び退き、深紅の軌跡が自動車を両断。燃料に引火して爆発。
爆炎を目隠しに降り抜かれた鉄槌が、アレクの半身を消し飛ばす。アレクは即座に半身を再生させるが、急激に精神を消耗させる。
「愛も友情も信頼も、全ては狂気の延長だ。人間は一人でいることに耐えられない。自分以外を想うという狂気に走らなければ、恐怖に押し潰されてしまう。
人間と寄棲獣の関係も、それと同じなんだよ」
燃える駐車場を跳ねるように移動し、三人が足を止める。
「だが、俺には家族がいる」
アシダンテの脳裏に家族の最後が蘇る。同様にアレクも、家族を思い出していた。
「兄弟がいる」
アニシアの天真爛漫さも、今となっては虚しい。アレクには三人の兄がいた。
「愛する女が、」
ミムの微笑が胸を痛める。マイハニーは暴力がなければ理想的な女性だ。
「親友が、」
パゴの無骨な笑みが去っていく。幼馴染の少女は、今は何をしているのだろう。
「その他にも大切な人が大勢いる。ならばそれは、肯定されるべき狂気だ!」
「オレには一人もいない! 全員死んでしまった! いなくなってしまった!」
アシダンテから涙と慟哭が溢れ出る。
ザヘルとアシダンテは良く似た、全く似ていない境遇だった。
ザヘルの絶望は全てを失って始まり、それでも支えてくれた者がいた。アシダンテの絶望は、誰もいなくなってから始まった。
その差が、ザヘルとアシダンテの違いだ。
「寄棲獣の力は忌むべきものだ。人の命を食らい、宿主を蝕む源悪な力だ。ならやはり、寄棲獣は死滅するべきだ!」
「だが、殺せる。殺せるんだよ! 人間は愛した家族を、兄弟を、親友を、恋人を殺せる! 愛していても殺せるんだ!」
アレクからも絶叫が迸る。頬を伝うのは火炎流の涙。
「オレは敬愛していた兄貴を、殺せたんだ!」
三者が苦痛の呻きを漏らし、剣で体を支え、路面に片膝をつく。それぞれが限界に近い負傷、そして精神の消耗だった。
「俺の親友は、自ら寄棲獣の力を求めた。誰にも必要とされない、破壊の力を。
だがそれは、自分を犠牲にしてでも守りたいものがあったからだ」
最も重傷であるザヘルが最初に立ち上がる。全身の感覚は、痛いというより寒かった。
「俺の恋人は宿主の弟を、宿主に殺された。確かに宿主になったことで、両者の心境は変化していたかもしれない。
けど彼女は誰も恨むことなく、自分にできることをしようと、被害を減らすことを考えた。前に進んだ」
二人も立ち上がる。アシダンテもザヘルほどではないが軽くない傷を負い、アレクは何より能力の長時間発動によって極度に精神を消耗させていた。
「俺のオヤジと母さんは、人間と寄棲獣でありながら愛し合った。二つの種族が共存できる証明である俺が、どうして片方の滅亡を願える」
「貴様の人生は、出生や周囲に左右される安っぽいものか?」
「それすら含めて、俺自身だ。俺の答えだ」
「ならやはり、貴様は傍観者だ! 人間でも寄棲獣でもない傍観者如きが、他者の生き死にに口出しするな!」
「違うな。俺が寄棲獣と宿主の外側にいるとしても、それすら含んで世界の一部だ。
お前の見ている世界は狭いんだよ」
三者の間に窒息するような緊張が満ちていく。全身が針の筵に包まれているような痛々しさ、空気が重金属になったかのような重苦しさだ。
『ザヘル……』「ああ、分かっている」
言われずとも、ザヘルはアブルの意識が増大しているのを感じていた。
二人の関係は宿主と寄棲獣に近い。ザヘルが能力を行使すればアブルに精神を食われ、逆にアブルが能力を行使すればザヘルが精神を食らう仕組みになっている。
自身の消耗を分析したザヘルは、もう限界が近いのを悟っていた。
「平穏に生きたいと、そのために恐怖を否定する狂気は罪か?」
「悪たる存在と共存するのが、罪でないとは言わせない」
アシダンテの視線が、手にした大蛇の剣にふと落ちた。
『アシダンテ、もう止めようよ。これ以上続けたら死んじゃうよ!』
心の底からアシダンテを想う日会。声は悲鳴に近くなっていた。
日会の言葉に呼び覚まされたかのように、アシダンテの意識が鮮明になっていく。
「……ああ、そうか。オレは、間違っていたんだ」
突然にアシダンテは理解した。自らの歪みを、その根底を。
大蛇の剣に亀裂が走り、剣が瓦解。大蛇の屍骸が土に還るように、朽ちて崩壊する。
アシダンテの両目には、自噴の炎が宿っていた。
「誰が貴様になど頼るかっ!」
最も嫌悪すべき力を進んで使っていた、自分自身を呪う業火だ。大蛇の尾から、一振りの剣だけが残される。
「オレは人間の力だけで、オレが生きる答えを見つけてやる!」
「オレには待たせている女がいる」
炎の剣を一振りするアレク。炎の剣がさらなる炎に包まれ、身の丈を越える巨大な剣へと変貌。アレク自身も炎の翼を広げ、両脚が炎に包まれて肥大化。
「家族は死んだ。友人も同僚も薄情だ。オレは子供を残せない。
悪いが、オレは何があっても帰らなきゃいけないらしい」
決意を語るアレクは、しかしどこか上の空だった。
アシダンテが剣を両手に持ち、後方に跳躍して助走距離を稼ぐ。同様にアレクも真後ろに跳び、壁面に着地する。
三人の背景で、ついに百貨店が焼け落ちて崩壊を始めた。地面を揺らす轟音が響く。
その轟音を合図とし、二人が行動を起こす。アシダンテが剣を構えて駆け出し、壁を蹴ったアレクが爆発的な速度での跳躍。
ザヘルは右真横のアレクを見、次に左真横のアシダンテを見る。
「…………あ」
そこでようやく、二人を結んだ直線上に自分が立っているのに気付いた。
アシダンテが地を滑る大蛇となって疾走し、アレクが剣を嘴とした炎の鳥となって飛翔。両者が裂帛の気合を迸らせ、必殺の特攻。
勝負の明暗を分けたのは、経験の差だった。
アシダンテは寄棲獣ハンター。圧倒的に対人戦の経験が不足していた。
不死の能力を持つアレクは、追い詰められてからの戦いを経験したことがない。
唯一ザヘルだけが、数々の修羅場から生還してきた。アレクの意識が一瞬だけ途切れていたのに気付けたのも、戦場で眼力が鍛えられていたからだ。
ザヘルが右掌に平面障壁を発生させる。腕を振って、アレクに平面障壁を投げつける。
円盤となって飛翔する平面障壁が、炎の剣の先端に到達。本来なら硬度と高熱で戦車の装甲すら切り裂くはずの剣は、しかし一瞬で平面障壁に通過され、さらにアレクもが左右に両断される。障壁は能力の最大有効射程である、ザヘルから五mの地点で消失。
平面障壁とは、いわば面に対して垂直方向に弾く力が発生している状態だ。それが面の水平方向に対しては両側に弾く力となり、凄まじい切断力を生み出す。加えて平面障壁自体が二次元の存在であるため、実質的に防御は不可能だ。
近しい人物であるディオにも見せていない、ザヘル唯一の中距離技で奥の手だった。
ザヘルが体を沈め、背後から接近してきたアシダンテの懐に潜り込んで剣を回避。さらに頭を上げ、顎を強打し、アシダンテの脳を揺らす。
重傷のアシダンテは、早めに決着をつけたかった。だからこそ、決め手は射程と速度に優れる刺突であると容易に推測できる。
途切れていたアレクの意識が帰還するが、既に何もかもが手遅れだ。両断された剣は二人の左右を抜け、自身は無防備なままザヘルの間合いに侵入していた。
目の前に迫ったザヘルの顔は、この上なく邪悪に笑っていた。
「必! 殺!」
ザヘルの両手が伸び、アレクの頭部を両側から鷲摑む。能力消去を最大出力で発動させ、アレクの頭部全体の精霊化を解除。
アレクの頭部を拘束したまま、ザヘルが尻を落とす。連動して片足がアレクの腹部に当てられ、ザヘルを支点にした回転運動に巻き込む。
脳震盪を起こしているアシダンテは何ら行動を起こせない。まるで映像を眺めているように、目の前で必殺の一手が放たれるのにも成すがまま。
アレクの軌道は通常のそれよりもやや上方向に修正され、変則技となっていた。突進の推進力に、さらに回転が加算され、アレクの頭部がアシダンテの顔面に超高速接近!
「三つ巴投げ」
アレクとアシダンテが正面衝突。決して人体が出してはならない音がした。
二人が夜空に弧を描く。アシダンテの体がビルの壁に逆さ十字となって激突。血液の帯を引いて地面に落下する。アシダンテよりも上空に舞い上がったアレクは、受身も取らずに自動車の屋根に墜落。衝撃で窓硝子が破砕し、自動車の車高が半分となる。
全てが終わったのを見届け、ザヘルは止めていた息を吐き出した。次いでディオに顔を向ける。とても精悍な表情だった。
「その『どうだ、上手いこと言っただろ』の顔が何かムカつく」
苛立ちを吐き出すディオだが、言葉に反して眼光は柔らかい。
音。
弾かれたように向けられた視線の先で、アシダンテの腕が夜空に突き上げられていた。何かを摑もうとするかのように、五指が開閉される。
「所詮オレの力では、何を成すことも出来ないか……」
そして何も摑めぬままに、腕が落ちた。
どこかで聞いた台詞だった。つい先程まで自分が言っていたのだと気付き、ザヘルの表情は硬くなる。
自分の写し身の末路に、ザヘルは複雑な想いを抱く。同じ境遇でありながら、やはり二人には決定的な違いがあって、ザヘルは決してアシダンテには成り得なかっただろう。
仲間の存在か、惨劇にも変化しない精神か、あるいはそれ以外か、それは分からない。だがその僅かな違いがなければ、同じ道を歩んでいたかもしれないのだ。
「オレを殺したければ、三千人の軍隊を持ってこい!」
怒号を迸らせて立ち上がったアレク。精霊化が解除され、顔中に血の滝を流していた。
命の炎を燃やし尽くす執念だ。しかし灯火は儚く、すぐに体が傾斜する。倒れつつ投擲された硝子片も、狙いはザヘルを逸れてヤーリャルに向かい、
戻っておいで。ぼくのピピルリリィ。
『はい、レックス』




