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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第五話
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災厄の日④-②

「どいつもこいつも人の話を聞かない連中だ。時間がないと言っているだろう」

 アレクが毒づく。燃え続ける表情は、炎というだけで怒りを連想させた。

「どうして答えを教えてくれない奴しか、オレの前に出てこない。

 だったら皆殺す。自分を持たない奴しかいないなら、誰一人存在する価値はない」

 アシダンテの慟哭。涙を流す双眸は、絶望の底で光を見出せない嘆きに満ちていた。

 怒りと悲しみの瞳がザヘルを向く。相応の理由がないなら即座に去れと告げていた。

 天を仰ぎ、眉間に皺を寄せ、首を回し、頭を掻くザヘル。本気で悩んでいた。

 確かにディオを助けたが、なにもその後まで引き受ける必要はない。というか、ぶっちゃけ目の前の二人に興味はないし、実はそんなにやる気があるわけでもない。

 ザヘルは一つ頷いた。

「……現場の状況に流されて?」『長い物に巻かれただけとも言う』

 アレクとアシダンテの感情が爆発した。怒号を迸らせてザヘルに駆け出し、それに合わせてザヘルも二人に接近する。正三角形が急速に縮小され、点となり、三者が激突!

 ザヘルは右からの炎の拳に拳を当てて相殺し、左からの大蛇の剣を手刀で受け止める。さらにザヘルの眼前を炎の剣が横切り、炎の剣が鋼の盾に弾かれ、盾は剣に変化してアレクの右腕を切り飛ばす。

「よし、話し合いで解決しよう」

 ザヘルの口から放たれた言葉は、両者に軽く無視された。

『さすがにこの場面でその台詞はありえんだろ。人として間違っている』

「俺は日和見主義の事なかれ主義なんだよ。それに最初から暴力に訴えるのは、自分が野蛮人だと臆面もなく主張しているようで、見ているこっちが白けてくる」

 ザヘルの言葉は、ある意味で真を突いていた。アレクにもアシダンテにもザヘルにも、戦う理由などなかった。アレクは目的の障害になるので止むを得ず、アシダンテは絶望の捌け口を探して闇雲に、そしてザヘルは巻き込まれて。

 三つ巴の不毛な戦いが始められ、引き返せなくなっていた。

 アレクの左腕が爆発。二人に炎を見舞いつつ、反動で後方に距離を取る。百貨店の一階に飛び込み、会計台を踏み砕き、日用品売り場に着地。転がりつつ両腕を再形成。

 炎の奔流を無視して、二人も百貨店に飛び込んできた。アシダンテが耐熱硝子の盾を生成して炎を防御し、ザヘルの周囲からは不可視の壁に阻まれたように炎が避けていく。

「空間障壁、カテゴリaか!」

 カテゴリaは空間に干渉する。自分を中心として発生させた球状の障壁で、ザヘルはアレクの炎を防いでいた。

 カテゴリaレベル5+、ゲルザヘル。そしてアブルヘビル。

 アレクを追うザヘルを、横手からアシダンテが奇襲! 大蛇の剣が枝分かれし、数条の鋼の鞭となってザヘルの全身を切り裂く。アシダンテの左肩が灼熱に貫かれた。アレクの放った炎の矢が肉を焦がしている。同時にザヘルの五指もアレクの胸板に突き立てられ、固い胸筋を柔肉のように引き裂き、右から左に抜けていく。

 三人が旋回し、停止。ザヘルの指先がアレクの喉元に添えられ、アレクの剣がアシダンテの肩に置かれ、アシダンテの剣がザヘルの胸元に突きつけられる。

 青果品売り場で三竦みとなった三者が、それぞれに視線を交錯させる。三人の実力はほぼ拮抗していた。しかしこれが二者であったなら、明らかな差が出来ていただろう。

 アレクが自分の喉元を見下ろしていた。ザヘルの指先に触れられている部分の精霊化が解除され、生身に戻っている感覚がある。

「障壁能力に加えて、さらに能力消去とくるか。少しは手加減しろよ」

 アレクは心底嫌そうだ。絶対的優位である不死が、平然と破られていたのだから。

 アシダンテの視線がアレクに注がれる。物理攻撃能力しか持たない彼には、アレクへの対抗手段がない。

「ここが水辺なら、やりようはあるのにな」

 言いつつ、アレクにあらゆる消火が有効でないのは気付いていた。アレクの肉体は、炎を持続的に召喚し続けて構成しているため、水中や真空ですら存在出来るのだ。

 ザヘルがアシダンテを眺める。先ほどから何度も、障壁を薄紙のように突破してくる。

 ザヘルの障壁能力と能力消去には二種類がある。自分を中心とした球状に障壁、能力消去空間を発生させる立体型。もう一つは掌に発生させた平面型の障壁、及び直接接触による能力消去。ザヘルは、表面積が広く射程も長いが出力の弱い立体型と、面積は狭く射程も短いが出力の強い平面型を、相手に合わせて使い分けている。

 ザヘルと操作型宿主の相性は最悪であった。召喚型の能力なら跡形も残さず消し去ることが出来るが、この世界の物質を操る操作型能力を消し去るのは不可能だ。しかも高位の宿主であるアシダンテは、能力消去空間の中でも掌で直接握った剣を操ってくる。

 さらに高位の宿主であるアレクも、直接触れねば精霊化を解除するのは難しい。

 ついでにザヘルは、同時に一種類しか能力を発動できなかった。

『お前は器用貧乏の典型だな』

 三人が互いに凶器を突きつけたまま、疾走を開始。後退するアレクを、右移動のザヘルと左移動のアシダンテが追う。

 三者にあえて優劣をつけるなら、ザヘルが一歩劣っていた。なぜならザヘルにはアレクのような気迫はない。アシダンテには狂気がある。戦闘技術と相性が横一線であるのなら、最後の一手は気力が決する。ザヘルにはそれがなかった。

 アレクの体から飛び火し、百貨店が炎に包まれていく。天井の消火装置から降り注ぐ雨が、商品と三人を濡らしていく。

「この世界は狂っている。そして狂った世界に暮らす貴様らも狂っている!」

 ここでも最初に動いたのはアシダンテだ。三竦みという極限の膠着を、狂気は容易く踏み越えていた。左手が腰の金属筒を摑み、一瞬で剣を生成。炎の剣を弾き、ザヘルの胸に大蛇の剣を突き入れる。

 ザヘルは上体を後ろに反らして大蛇の剣を回避。疾走の途切れた数瞬で二人が先行。

「意図的に狂ってまで、寄棲獣と共存する意味はあるのか? 寄棲獣を殲滅させてしまえば、他の生物と共存できるのではないか?」

 二剣を操るアシダンテと、炎を従えたアレクの剣戟が、魚介類売り場を横断する。

 剣のように物理攻撃力を有した部位なら、物理的な応対が可能だと、最前の攻防が告げていた。しかし単純に炎を繰り出せば、ザヘルの立体障壁に阻まれ、アシダンテの耐熱硝子に防御されるのは目に見えている。アレクは剣技で二人を攻略するしかない。

「世界など最初から狂っている。でなければ、そもそも歪みが生まれることすらない」

 アレクの主張は諦観ではなく、不条理を肯定してでも生き続けようとする獣の理論だ。

『お前ら食い物を粗末にするな!』

 ザヘルがアレクの頬に拳をぶち込んだ。殴り飛ばされたアレクが、精肉売り場に陳列された猫や羊やホビッツの生首、豚の眼球の缶詰、牛肉や蛙肉の上を転がっていく。

「では、オレにも狂えと言うのか? オレの絆を奪った寄棲獣を、絶望を与えた宿主の力を、いつかオレの命を食らう日会を認めろと?」

 アシダンテの左手で剣が分裂し、数本の鋼の槍となって空中のザヘルに投擲される。ザヘルの全身に突き刺さり、昆虫標本のように天井へ縫い止める。

 大蛇の剣が肥大化し、鉄槌に変化。天井のザヘルに振り上げられ、全身を余すところなく強打する。天井が崩壊し、二階の床まで破壊して、建材の間欠泉とともにザヘルが二階に打ち上げられる。

 苦痛に膝を折る暇すら与えられず、二階の床が斬殺され焼殺され、アシダンテとアレクが出現。二階の衣料品売り場が燃え上がり、次々と炎の衣装が陳列されていく。

「なら、貴様らはオレの敵だ!」

「……敵?」

 ザヘルが疑問符を浮かべる。

 アシダンテがアレクに巨大槌を振り、アレクは炎の剣で受け止める。全身を炎と化し、擬似的な不死を手に入れているとしても、全身を一瞬で叩き潰されて炎の一握りまでも掻き消されてしまっては、消滅するしかない。

「オレと相容れない答えを返してくる。それが敵でなく何を敵と言う?」

 ザヘルが聞き返したのは、そういう意味ではない。

 金属の甲高い悲鳴。超重量級の鉄槌に、炎の剣が食い込んでいた。

「その厚さを切断するかよ!」

 さらに女の悲鳴じみた甲高さが音量を上げる。フランベルジュの波打つ刃が剣の外周を高速移動し、電鋸となっていた。鉄槌が両断され、切り返す刃をアシダンテが回避。

「そうだ……敵だ!」

 ザヘルは愕然としていた。どうしてこんな簡単なことに今まで気付かなかったのか。

「俺は、何も変わっていない」

 ザヘルの能力は、二十代の頃から能力消去と障壁に固定されていた。

 つまりザヘルは、〈アグレイの腕の日〉で斜跳効果を起こしていない。ザヘルの人生を一変させたあの大惨事は、ザヘルの内面に何の影響も及ぼしていなかったのだ。

 三者の疾走が再開され、炎と鋼と手刀が応酬される。三者は紳士服売り場から女性下着売り場に移動し、児童服売り場からもう一度女性下着売り場に戻り、階段に到達。

 ザヘルは挫折し絶望し、傍観者になったと思った。

 生きてもいない、死んでもいない、弱者でも敗残者でもない、ただそこから眺めているだけの傍観者。人間でも寄棲獣でもないから、両者のどちらにも属せず、外から眺めるしかできない半端者。

 アレクが跳躍し、天井を蹴って、下降の勢いを乗せた一撃を降らす。アシダンテも疾走の勢いを乗せて剣を振り抜いた。ザヘルは両者に背中を見せ、その場で一回転し、回転の遠心力を籠めた手刀を放つ。

 三種の刃が三方向から一点に激突。一瞬だけ時間が凍結し、即座に力負けしたザヘルが弾き飛ばされて窓硝子に激突! 硝子が砕けて夜空に投げ出される。

 ザヘルの自己分析は、全くの見当外れだった。

 ザヘルの本質は変化していない。たった一つの要素が欠落しただけだ。

 ザヘルの姿は空中、地上数mの高さで停止していた。カテゴリaは空間操作、カテゴリeは気体操作、両者ともよほどの特化能力でない限り、空中浮遊を可能とする。

 空中のザヘルに火球と短剣が斉射され、下降したザヘルは屋外駐車場に着地。

 レイダースとピルペリヴの姿がある。一周して元の場所の近くに戻ってきたらしい。

 二階から飛び降りたアレクとアシダンテから、無数の火球と短剣が投擲され、ザヘルに殺到。立体障壁を張るが、間髪入れず両者が接近して同時攻撃。

 既に立体障壁を展開していたザヘルに、平面障壁での防御、能力消去での攻撃は不可能だ。さらに立体障壁を解除すれば火球と短剣に襲われる、完全なる手詰まり。

 ザヘルの左肩から右脇腹へと炎の剣が駆け抜け、右肩から左脇腹へと鋼の剣が走り抜ける。焦げた臭気と鮮血を放ち、体が後方に傾斜。路面に倒れる。

 ディオの悲鳴を遠くに聞きながら、ザヘルの思考は高速で駆け巡っていた。

 足りないのは、敵だった。

 アグレイの腕にも、絶望からの脱出にも、敵はいなかった。排除すればその先に道が続いている、明確な障害が見つからなかった。

 だが今回は違う。誰かが仕組んだ陰謀だと分かっていて、敵がいる。敵を倒せば災厄を食い止められる。これほど単純明快な構図はない。

 ザヘルは胸の傷に触れる。傷口を抉るように指を差し込む。

「……痛いな」『おう』

 ザヘルは掌を目の前に掲げる。掌は血に濡れていた。

「……赤いな」『おう』

 人間と同じ色。寄棲獣と同じ色だった。

 ザヘルは空を見上げる。夕日が落ちて間もない、紺青の空を。

「暗いな」『日の出を拝むには、絶好の暗さだ』

 二人の口が笑みを刻む。不敵な、歓喜に満ちた笑みだった。

 ザヘルの、アブルの思考が、たった一点に向けて収束し、鮮明になっていく。

 敵がいるのなら戦える。戦えるのなら、打ち倒せる!

 たったそれだけの結論に、二人の全身全霊が注がれていく。

「……生きている」

 ザヘルが立ち上がる。拳を握る。今までどこに潜んでいたのか、溢れんばかりの力が漲ってくる。

「俺は、生きているぞっ!」

 産声を上げるような、体の底からの咆哮が迸る。

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