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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第五話
29/51

災厄の日④-①

 カルギアの街路は、炎の闘技場となっていた。

 光合成で酸素を吐き出していた街路樹が、今は炎に焼かれて二酸化炭素を放出している。商店街の硝子窓は熔け、あるいは割れて。塗装の剥げた壁は燃え、歪み、破砕され。高熱で焼け焦げた石畳の上に、同じ色になった野良猫の焼死体が転がっている。

 男が炎の中を進む。男の全身が燃え上がり、男は人間の形をした炎そのものとなる。

 男の炎が商店に、街路樹に、自動車に、焼死体に飛び火し、人の背丈を越える火柱となって逃げ場をなくす。

 男の前方に臨戦態勢を取る軍勢がいた。仮面に全身鎧の剣士、筋骨隆々の巨漢、少女趣味の少年、そして暗殺者。装甲車の運転席では、丸眼鏡の女性が固唾を呑んでいる。

 カルギアの中央商店街で、アレクサンドルとレイダースが対峙していた。

 火球となったアレクの瞳が、横断幕に大きく書かれた〝幼女保護法案について〟の文字を追う。屋台から変形した演説台は、今まさに市長のピルペリヴがゲリラ演説を開始するのを如実に物語っていた。

 仰向けに寝転がって死んだ振りをするピルペリヴは、恐怖のあまり失禁していた。ピードル秘書が無様なピルペリヴを見下ろしている。

 アレクは眉間に皺を寄せていた。アレクの出現からレイダースが駆けつけるまでの対応が早すぎる。何者かの意図を感じる。

「ハヤトのアレクサンドルか。何が目的だ?」

「問答している暇はない」

 アレクはディオの詰問を切り捨てた。掌に火柱を発生させ、フランベルジュを形成。

 精霊という存在がいる。精神体とも呼ばれる、自我を持った自然現象だ。

 宿主が能力を使用すると、寄棲獣に精神を喰われる。つまり喰らった精神を能力に変換しているのだ。

 精霊とは、能力に僅かばかり含まれた宿主の精神が、長い年月をかけて統合を繰り返した存在であり、一種の意識集合体である。

 それ故、自分の肉体そのものを能力へと変換する形態を、俗に精霊型と呼称する。

 それでも変換させるのは肉体の一部が主であり、全身を変換させるなど狂気の分類だ。一度別の存在に変換された存在が以前と同一の存在であるかと問われれば疑問であるし、精神の消耗においても莫大だ。

 炎という現象であり、重量の存在しない剣を振り回すアレク。火花が爆ぜ、紅が尾を引く様は流麗かつ優美。激しく荒々しく渦を巻く火炎の舞踊から、石火となって疾走。

 燃焼音と金属音が激突。アレクの進路に割り込んだハダンが、炎の剣を鋼の剣で受け止めていた。アレクは旋回。ハダンに背を向け、間髪いれず脇腹に踵を叩き込む。肉の焦げた匂いを撒き散らしつつ、巨体が滑空して商店の内部に突っ込んだ。

 カテゴリsレベル5±、アレクサンドル・アレクヘイム。不死の炎となった魔人は、何かに注意を注ぐように素早く視線を巡らせた。

「それでは私は逃げさして貰います!」

 いつの間にか、ピリペリヴの姿が視界の彼方にあった。肥満体に似合わぬ疾風の速度で駆け出し、火の手が回っていない路地へと丸体型が転がるように逃げ込んで、

「つるぺたぁぁぁぁあっ!」

 即座に悲鳴を上げて転がり出てきた。

 ピルペリヴを追って、路地から飛び出す銀の奔流。鋭利な先端が二度、三度と道路を穿ち、ディオの剣に止められる。

 それは大蛇を連想させる超巨大な剣。剣の柄を握った人影が路地から姿を現す。

 汚れた臙脂色の装束、額には割れたゴーグルを乗せ、腰から下がるのは無数の金属筒。男の瞳は妄執と怨嗟で濁り切っていた。

「そいつは連続殺人犯だっ!」

 コーツの絶叫じみた宣告で、緊張が一気に二乗化される。

 男の出現に理由などない。ただ、目的地もなく彷徨っていただけだ。

「教えろ。貴様らはどうして生きている?」

 男の心意はどこかが狂っていた。死に場所を求める幽鬼のように、命を求める亡者のように。男は生きてもいなければ、死んでもいなかった。

 カテゴリwレベル5+、アシダンテ・クライハウザー。生者と死者の間に位置する男が、慟哭じみた雄叫びを上げる。

 秘密結社の構成員と連続殺人犯の同時出現。張り詰めた緊張に、さらなる騒音が割り込んできた。轟くような単車の駆動音と、踊るような大型獣の足音。

 ビルの硝子窓を破砕して飛び出したのは、並走する単車と地獄犬。夜の輝きを放つ外殻の瑠璃色仮面と、冷たい輝きを放つ墓装束の人物が出現。

 放物線を描いて落下する単車と地獄犬は、前方の歩道橋に着地! 左右の欄干上を滑走し、片や単車は停止、片や地獄犬は再跳躍。

 地獄犬が前方のビルに着地し、重力を無視して壁面を真上へと駆け上がる。ビルの屋上に到達し、見下ろしてくる墓装束と地獄犬。

 天と地で、墓装束と瑠璃色仮面の視線が衝突する。

 しかしそれもほんの一瞬。地獄犬は一同に尻を向け、疾走を再開。墓装束と共にその場から立ち去っていった。

「なんか、ドえらくややこしい事態になってるな」

 最後にザヘルの発した疑問に、視線も合わせずディオが頷く。

 全員が困惑していた。アレクは二人の乱入者に、レイダースはアレクとアシダンテの目的が摑めず、ザヘルは現場の状況そのものに。

 瑠璃色仮面の姿は、どこにもない。

「無回答はいらねぇ!」

 ただ一人、状況を意に介さぬアシダンテが最初に動いた。大蛇の剣が鞭となって飛翔し、進路上のディオとコーツが左右に跳躍回避。遅れて、切断された街路樹が傾斜する。

 均衡が崩れたせいで、なし崩し的に全員が動かざるをえなくなってしまった。

「カテゴリwで、しかも操作型か! 厄介な」

 常温で形状変化に乏しい固体物質は、気体や液体のように形状を保たせ続ける必要がない。そのためカテゴリwの操作型は、全能力中で最も精神の消耗が少ない。

 四人の中でアシダンテだけに成体化の兆候が見られなかった理由もそこにある。

 アシダンテは弾かれたように後方跳躍。ルキの連射した弾丸が土柱を上げてアシダンテを追い、街頭電話を破砕し、逃げた先でディオとコーツの挟撃。

 心臓を狙ったディオの剣と、喉首を狙ったコーツの短剣が空中で静止する。アシダンテが腰の金属筒を両手に摑み、能力を発動。金属筒が変化した鋼の盾で受け止めていた。

「オレには生きる目的がない。生きる意味が見つからない。だからオレに教えろ。

 でないと、殺すしかない」

 盾の表面が爆発するようにささくれ立った。金属の針鼠となった盾の突起が、短剣を握ったコーツの拳を破壊する。指が千切れ、骨が砕かれ、拳が血と肉の塊になる。

「ヤーリャル!」

 得物の長さに助けられたディオが号令を飛ばし、すぐに装甲車が駆けつける。ヤーリャルは戦闘力こそ低いが、カテゴリgの能力と医学の知識を駆使して、他人の肉体を修復する専門家だ。安全性の高い装甲車の内部で治療が始められ、

 その装甲車の後部扉が、飴色の断面となって切断された。装甲車の外に立っていたアレクが炎の剣を振り上げる。炎で構成された表情は、しかし温度が感じられない。

「ルキはアレク、ハダンは殺人犯を!」

 ディオの号令で、レイダースの三人がアレクとアシダンテに迫る。

 ルキがアレクの腹部に拳を叩き込む。ルキにとって接近戦は自らの間合いではない。

 宿主の能力は自分以外の生物に対して、直接干渉する力を持たない。そのため自分の肉体や周囲に能力を発動させ、外部から相手を破壊するのが一般的である。

 だが相手の肉体に直接触れ、さらに同じカテゴリsの能力を上手く反発させれば、アレクの精霊化を解除できるという目論見があった。

 ルキの後頭部に炎の肘鉄が落とされ、ルキの全身から力が抜ける。

「貴様には信念が足りない。意志が足りない。覚悟が足りない。決意が足りない。正義が足りない。悪が足りない。貴様は何も成そうとしていない。

 それでは誰も越えられない」

 アレクはルキを見てすらいなかった。

 ハダンの剣をアシダンテの剣が受け止める。金属塊と金属塊、剛力と剛力が激突し、脳髄を直接殴ったような軋み音が突き抜ける。同じカテゴリwでレベル5近似、しかして両手持ちのハダンと片手持ちのアシダンテには、圧倒的な壁が立ち塞がっていた。

 アシダンテはハダンの中にある、底知れない寄棲獣への憎悪と復讐心を垣間見る。

「何だそりゃ? 貴様はオレと同じだ。同じなだけの意見はいらねぇ」

 アシダンテは力任せにハダンを弾き返した。もう片手で腰の金属筒を摑み、能力を発動。無数の短剣として投擲し、ハダンの全身を突き刺し、歩道の鉄柵に縫い止める。

 アレクとアシダンテが同時に旋回。ルキを引きずって後退しようとしたディオへ、灼熱の剣と大蛇の剣が振り抜かれる。

 両腕でルキを抱えたディオに、回避は不可能だった。あるいはルキを見捨てていれば、アシダンテは片付けられただろう。だがその間に、二人がアレクに殺されていたはずだ。

 死の恐怖を間近に感じ、それでもディオは剣から目を逸らさない。後悔しない選択の結果である自分の死から、目を背けてはならなかった。

 だからその視界が塗り潰された瞬間も、ディオは自分が目を瞑ったとは考えなかった。ただ、見覚えのある背中だと思っただけだ。

 炎の剣と鋼の剣が、ザヘルの左右の手刀に受け止められていた。ザヘルは左右の剣を受け流し、左右の拳を左右の脇腹に叩き込む。

 アレクが蒸気となった唾液を吐き散らし、アシダンテが呻きを吐き捨て、左右へと飛ばされる。アレクが路面に片膝を着けて制動をかけ、後転したアシダンテが着地。

 三者が正三角形となり、互いに威嚇の眼光を差し向ける。

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