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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第五話
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災厄の日①

 天井の人面染みは、数日前より大きくなっている気がする。というか角が伸び、二股の舌を出し、目尻と口の端は吊り上がって、牙まで生えていた。

 既に人面ではなく、鬼面だか悪魔面だかの不吉な方向の別物になっていた。

「一体、この数日の間に何があった?」

 派出所の天井を見上げて、ザヘルは首を傾げた。茶菓子を求めて手が虚空を彷徨い、

「さっさと吐けーっ!」

「げぶぶぅっ!」

 鉄籠手に包まれたディオの握り拳が、ザヘルの頬にモロ入った。

「親友だからって隠し立てせずに全部吐けーっ! とっとと吐けーっ!」

 がっすんがっすん容赦なく、ディオの拳がザヘルの頬に左右から連続して叩き込まれる。一方的な虐待は、壁際で待機しているレイダース連中も怯えるほどだ。

「ちょ、ごめ、ごめんなさい! 言います! 言いますからマジ勘弁して下さい!」

 仕舞いには泣いて懇願を始める始末である。三十路過ぎの威厳の欠片すらなかった。

 毎度の恒例行事である、幼女軟禁容疑で拘束されていたザヘル。最近は拳による解決を連続行使していたのでさすがに自粛を思い立ち、仕方なくディオに連絡を取って、放免と引き換えにマリオの情報を寄越せという経緯。

「マリオカダス。男。三十四歳。

 最終学歴はルオゼストロン国立大学。卒業後は軍の破壊工作部隊に所属し、極秘作戦に反発して追放される。数年前にカルギアに流れ着いて定食屋〈旅人たちの再会亭〉を開き、〈アグレイの腕の日〉に恋人をカーダに殺され、現在に至る。

 カテゴリn、軍属時代の戦闘力査定はレベル5-だったかな。今もそのくらいだろ」

 宿主になったとしても、急激に戦闘能力が跳ね上がるわけではない。元々戦闘力の高かったマリオは、宿主化によって戦術幅を拡大させていた。

 マリオの経歴はディオも知っているが、これは一種の共犯者としての儀式なのだろう。

「にしてもよ、隊長が長年勧誘してたっつうんでどんだけヤバイ野郎かと期待してたが、ただの腑抜けじゃねぇか、おい!」

 疑問と侮蔑を混合したコーツの言葉にも、ザヘルは物臭な視線を向けるのみ。

 ザヘルとディオの付き合いは長い。勧誘員だったディオが接触してきてから、実に十五年近い年月が経っている。ディオはザヘルが腑抜けた原因も知っているし、そのために勧誘も諦めたが、現在では友好的とも言える親交が築かれていた。

「報告を続けますぅ」

 室内の不穏な空気を察知したヤーリャルが、機を先んじて話題を変える。

「昨夜のマリオ消失地点から遠くない場所で、複数人の遺体と戦闘跡が確認されましたぁ。側近の遺体も付近で発見ん。

 何者かとその仲間が、ヒガンバナと戦闘を行い、側近が死亡した模様ですぅ」

「何者かって、誰?」

「知るか」

 ザヘルの素朴な疑問を、ディオは逆ギレ気味に切り捨てた。問題続きで精神的に余裕がなくなっているんだなと、ザヘルは沈黙する。

「遺体と遺品から照合された側近の身元は、男の方がライフニール。女がロゼッタ・ベス。両者共にマリオの軍属時代の後輩でしたぁ」

 ザヘルは思案に耽る。正体を見破られ、仲間を殺されたマリオがこれから何をするか。

「マリオは破壊工作と情報戦と変装の専門家、要するに工作員ってやつだ。一度潜伏を決め込んだら、絶対に見つけられない」

 ザヘルは達観と諦念を等分し、両腕を頭上に放り投げてお手上げの格好。

 アブルに疑問が生まれる。情報戦の専門家であるなら、レイダースの動きを感知していないはずがない。いくつかの誤算があったとして、これが何かの符号となるのか?

「情報戦の専門家でも、さすがにレイダース基地の盗聴は無理だっただけだろ?」

 ザヘルは兄弟の疑問に適当に終止符を打つ。対してコーツに疑問の表情。

「てめぇ、何でそこまで詳しい?」

「カルギアに住み着いてから、ちょくちょく基地の様子は窺ってたからな」

 レイダース基地は関係者以外に基地と知られぬよう外観を偽装し、さらに盗聴及び侵入防止装置が十重二十重に張り巡らされていた。

 ハダンはザヘルの経歴の一つ、ティレト市レイダース基地襲撃事件や、ボワザイ市基地拘留記録を思い出していた。

「問題なのはマリオ率いるヒガンバナではない」

 ザヘルと交替したアブルが、問題意識の齟齬を修正に乗り出す。

「マリオの言葉が真実であるならば、近い内にカルギアは再び〈アグレイの腕の日〉に見舞われる。最重要で回避すべき問題だと思うが?」

 反応を窺うアブル。室内の空気から、ディオ以外が半信半疑であると察する。

「上層部も、敵側からの情報提供を鵜呑みにするなと言ってきたよ」

 老いた溜め息を吐き出すディオは、アブルに中間管理職の過酷さを知らしめた。

「マリオの主張にも整合性と信憑性はある。

 現在のカルギアには、あまりに多くの組織が流入しすぎている。いくつかの戦力は関連性を持ってカルギアに来訪したと推測するべきだ」

「となると、一番怪しいのは秘密結社ハヤトか」

 二つの組織に遭遇したザヘルは、その両者が首謀者でないのを確信していた。

「さらに最近は大きな事件や事故が連続している。連続殺人、鐘楼倒壊、化学工場の爆発、兎球大会爆破、その他にも極秘裏に処理された凶悪事件がいくつもある。

 おそらくこれらは、計画の予兆だ」

 ディオは仮面の角度を調整し、電灯の陰影で神妙な顔付きを演出。

「〈アグレイの腕の日〉を再現するつもりなら、最悪、奴が戻ってくる可能性がある。かつてのアグレイの腕でレイダース、ディアボロス、そしてカルギア市軍の、カルギア市全勢力を投入しても倒し得ず、行方を眩ませたあの男。カーダが」

「そもそも、〈アグレイの腕の日〉を再現する理由が分からない。っていうか、アグレイの腕に意味なんてあったの?」

 ルキの疑問に全員が沈黙し、思考に耽る。

 結果論から言えば、交易拠点であるカルギアの壊滅によって、大陸経済が混乱し、莫大な経済的損失と大量の死者が出た。しかし誰が利益を得たのかと問われれば疑問だ。

 国内の混乱に乗じて侵攻してきたペンダラスも、自国が経済混乱の影響を受け、莫大な経済損失と死亡者を出した時点で線はない。

 あれは誰にも得のない戦火であった。

「先のアグレイの腕では市内各地で暴動が起こり、宿主同士が無秩序に争った。最後はカーダ一人に対し、全ての戦力が協力体制を取る二極戦になって終結した」

 冷徹な瞳で事件を解剖するディオ。噴火寸前の心臓とは裏腹に、脳は氷河期のように冷たく凍てついている。

「前提が、違うのではないか?」

 室内にアブルの静かな述懐が漂う。

「繰り返すとは、再び成功させるという意味ではない。再び災厄を起こすという意味だ。

 つまり前回のアグレイの腕は、失敗していたという仮説が生まれる。

 だとすれば、アグレイの腕を繰り返そうとしているのは誰だ? どの時点で失敗したと判断された? アグレイの腕を起こした目的は?」

 アブルの疑問は、だが答えが出ない。圧倒的に情報不足なのだ。

「おそらく、どこの誰が何のために、〈アグレイの腕の日〉を再現しようとしているのかマリオも到達していない。だからこその、行き場のない全方位への敵意だ。

 今の彼は、使命感と復讐心で動いているだけだ」

 ディオの言葉は、制作途中で放棄された絵画のように抽象的であった。

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