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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第四話
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君を弔うヒガンバナ③

「先に言うが、金は持ってない」

「威張って言うな。思わずザヘルの料理に劇薬を混入したくなるじゃないか」

 真面目な顔で宣言するザヘルと、血管の浮き上がった拳で薬品の瓶を握るマリオ。今日も今日とて〈旅人たちの再会亭〉では、ザヘルとマリオの日課が繰り広げられていた。

 ザヘルはマリオの激怒から逃れるように顔を背け、その先で写真を目にした。

 色褪せた長方形の中、変形合体して宇宙に飛び出しそうな校舎と、生徒が捕食されそうな体育館を背景に、高等学科に在学する十代の少年四人が写っている。

 一人は穏やかさと凶暴性を両立させた、不思議な雰囲気。私服高であるにも拘らず時代遅れの長ランを着用し、胸には生徒会長バッヂ。

 一人は白衣で、呆れた顔立ち。特徴的に跳ね上がった後ろ髪は、実験の失敗で所々が焼け焦げている。

 一人は俗世から浮いた出で立ち。深紅の髪にゴーグルを乗せ、特攻服に短パン、腹にはサラシを巻き、裸足に下駄を履いている。肩には芸術的な釘バットが担がれていた。

 一人は物静かな美貌。異国の装束である着物と袴を着こなし、緑茶色の長髪は結われ、帯には木刀が挿されている。

 当時、学園で四天王と呼ばれた四人。生徒会長であり番長でもあり、学園の全てを牛耳る男。化学部の火薬庫と呼称され、学園の地図に〝焦土〟の二文字を記載した男。校舎改造部に籍を置き、釘バット一本で校舎を機動要塞に改造した男。総合剣術研究会の統括を務め、武士道や礼節を重んじる男。

「懐かしいなぁ。お前とはこの頃からの腐れ縁だから、もう二十年近いのか」

「本当に、世の中はどうでもいい関係ばかりが長く続く」

 特攻服の少年を見つめていたザヘルは、なぜか銅の爪のチンを連想した。近々一悶着勃発しそうなので、対応を練っておくのがいいだろう。

「そういえば、バッサと静は今頃どこで何をしているんだろうな?」

「さあ? バッサは行方不明だし、静は国を出ているから連絡は少ないし、どちらにしろよく分からない」

 三人の精神は十代の半ば、懐かしの学び舎に飛んでいた。

「しかし化学部の火薬庫と呼ばれたお前が定食屋を開くと、一体誰が予想したかね」

「薬品の調合も料理も、実は大差ない作業なのさ」

「その心は?」

「どちらも遺書持参、ってね」

「殺す気か? 危険な薬品で殺す気か? 危険な料理で殺す気か?」

『それはもう、料理と呼べるのか?』

 アブルの疑問に、二人はそっぽを向いて答えようともしない。

「二人が今のお前を知ったら、どんな顔をするだろうな?」

「それは所詮、夢物語だよ。一度離れてしまった人の縁は、簡単には縮まらない。僕とザヘルが再会したのは、奇跡としか言い表せないよ」

 厨房で野菜を切る音だけが、二人の間にわだかまっていく。ザヘルの瞳には恐ろしそうな感情が滲んでいた。苦しさに耐えられず、口に出してしまう。

「もう、四人が集まることはないのか?」

「ないだろうね。同じ場所に立つには、僕らの歩く道は離れすぎている」

 マリオの返答は素っ気なく、簡潔だ。だからこそマリオの本心なのだと直感させた。

「俺とお前も、もう交わらない道を歩いているのか?」

 ザヘルの問いに、マリオは答えない。その答えを出すには二人の距離は離れすぎ、そして近すぎたのだから。



 幼さを残す少年が、鮮血を吐き出した。少女は理解したくない現実に呆然としている。

 場所は分からない。街頭なのか、森林であるのか、湖畔か、崖であったのかも。

 もう鮮明に思い出せない記憶は、水彩画のように滲んでいた。

「姉さん」

 少年が本当にそう言ったのかも、確かめる術は失われて。

 少年は姉を安心させようと、気丈に歯を見せて、満面の笑みを浮かべて。

「パッキィ姉さん」

 それも彼女が自分の心を守るため、記憶を書き換えていない保証はなくて。

 少年の体が傾斜し、背後の闇に呑み込まれ、


「サルダっ!」

 パッキィの悪夢は、いつもここで現実の痛みとなって体を疼かせる。ベッドのシーツは洪水のように汗で濡れて、冷たくて苦しくて、膝を抱えて自分を抱きしめる。

 寝室には午後の日射しが射し込んでいた。天罰の劫火に見紛う無慈悲な光だ。

 夜勤明けで疲労した体に、精神的な痛みが重なって心が折れそうになる。

「ザヘルぅ……」

 今一番会いたい、温もりを分けて貰いたい恋人の名を口に出す。

 けれどそれは出来ない。彼女がこの道を行くと決めたときから、それは彼女の道になった。誰も彼女の身勝手に巻き込んではならない。

 どんなに痛くても、押し潰されそうでも、みっともなく泣き崩れたくても。

「ザヘルぅ……」

 もう一度、恋人の名を呟く。声は涙声になっていた。

 少女だったあの日、弟が宿主となって死んだ日。彼女が決意した日。

 パッキィは膝から顔を上げる。瞳に涙はなく、殺意にも似た意志だけがあった。



 世界は痛みと絶叫を振りまいて燃えていた。

 俺は、私は、目の前の光景が理解できなかった。

 視界を埋め尽すのは荒ぶる紅蓮の炎と、黒煙が渦巻く天空。街路には斬殺、撲殺、絞殺、焼死、轢死、爆死に凍死、ありとあらゆる死体が転がっていた。

 そのくせ全く現実感がない。脳が麻痺しているようだ。

 恐ろしく、悲惨で、哀しい事件だった。何よりも虚しい。

 切欠はほんの些細なものだった。たかが青年の乱闘、世界のどこにでもある、日常的で些末な事件。まさかそれがあれほどの大事件になると、誰が予想できただろう。

 大陸の東西を繋ぐ重要拠点であるカルギアの壊滅により、大陸規模で流通は混乱。間髪入れずに隣接するペンダラスから国軍が攻め込み、第三次カルギア紛争が勃発する。

 事態は一都市の壊滅だけに留まらず、複数の国家と数百万人の生死と生活を一変させた、歴史に残る一大事件に発展した。

 それが〈アグレイの腕の日〉の全容だ。

 俺の、私の目の前で、親友が恋人の首を抱いて慟哭していた。喉が潰れ、血を吐き出しても、彼の絶望が途切れることはなかった。

 親友のさらに向こう側で、親友の恋人を殺した男が笑っていた。全身を被害者の返り血でドス黒く汚し、狂喜に支配された男がひたすらに笑い続けていた。

 立ち尽くす俺は、私は、違和感を覚えていた。

 なぜ、ここまでの大惨事になった? なぜ、ここまでの大惨事になる前に誰かが止めなかった? なぜ、誰も彼もが惨事の片棒を担いでいる?

 俺は、私は、おぼろげに理解してしまった。おぞましすぎる、その可能性を。


「いつ見ても、嫌な夢だな」

 目の前には闇があった。足下には月と星の光が忍び寄っている。

 ザヘルはベッドから体を起こし、上着を手に取る。全身からは蒸気にも似た激情が放出されていた。

『同感だ。ぶつけるところがないというのが、また腹立たしい』

 アブルも同じ夢を見ていた。同じ記憶を共有し、同じ現場にいたとはいえ、兄弟で同じ夢を見るのは珍しい。何者かの見えざる意図が働き、何かの符合を持たされたようだ。

 記憶の扉は何かの切欠で不意に開かれていた。それもいつになく鮮明に。

 未だに激情は胸の奥で荒ぶっている。頭の中にも蟠りがあった。

 今夜はもう、眠れなさそうだ。

 ザヘルとアブルは、闇の沈殿した寝室を後にする。

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