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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第四話
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君を弔うヒガンバナ②

 ああ、愛しのレックス。あなたは今どこにいますか?

 あなたと離れてからの私は、暗闇の底で空虚な日々を過ごしています。

 ああ、あなたに会いたい。あなたの声を聞きたい。あなたの匂いを嗅ぎたい。あなたを見て、あなたに抱きしめられ、あなたの全てに包まれたい。

 私の愛は受動的で一方的。それでもあなたは構わないと言ってくれた。

 嘘であっても虚飾であっても興味がなくとも、あなたの言葉だけが私の救い。

 ああ、愛しのレックス。あなたのいない日々はなんと暗いのでしょう。静かなのでしょう。冷たいのでしょう。孤独なのでしょう。

 それでもあなたを思い浮かべ、私は独り耐えています。



 それは遠い過去の残滓。曖昧で不明瞭な、消えていく記憶。

 彼女は笑っていて、話していて。僕は学校の先生をやっている彼女から、生徒の話を聞かされるのが好きで。

 親友とその恋人と一緒に出かけたり、飯を食べたり、遊び歩くのが好きで。

 何もかもが満ち足りていた、黄金の時代。

 僕の人生で一番輝いていた時期は、永遠に失われる。

 カルギアが災厄に呑み込まれた。

 僕と親友、親友の恋人も否応なしに巻き込まれていく。

 僕は真っ先に、彼女の元に駆け出した。

 男が彼女の頭を握っていた。彼女に首から下は存在しなかった。

 彼女の首から滴る鮮血を、男の真っ赤な舌が舐め啜って、


 絶叫とともにマリオは飛び起きた。見開いた両目は瞳孔が開き、全身を気持ちの悪い汗が伝う。周囲を見回し、見慣れた自分の寝室だと確認しても動悸が治まらない。

 とうに慣れたと思っていた恋人喪失の痛みは、今でも突然にマリオを苦しめる。

「ハ、ハハ……。口では強がってみせても、存外僕も弱いものだ」

 ザヘルが、親友が、彼の傷を癒そうと奮闘してくれた。それは当然の行いで、もし親友の誰かが同じ状況に陥ったならば、マリオも迷いなく手を差し伸べる。

 だけど、それだけでは傷を癒すには足りなかった。完全に癒えぬ傷は熱を放ち、膿に汚れ、体の内部から腐り果てる。

 ベッドから立ち上がったマリオは酒を手に、窓枠に腰を下ろす。海溝の底のような光届かない夜空に、深海魚の眼のような星の光が散りばめられていた。全てを噛み砕かんばかりの禍々しい笑みを浮かべた満月が、マリオの顔に白銀の闇を落とす。

 マリオは酒を一呷り。溶岩のように粘度の高い息吹を吐き出す。

「僕の痛みは、僕自身が癒すしかない。けれどリコリア、僕は驚くほど弱いんだよ。自分の傷口を、自分ですら舐められない。

 だからさ、リコリア……」

 マリオの言葉の最後は、苦い酒とともに呑み込まれた。

 今夜はもう、眠れそうにない。



 薔薇の花弁を浮かべた噴水に、全裸の男が浸かっていた。

 アゼルマクス公園の中心に、忽然と別次元の光景が広げられているかのようだ。

『カーダ、そろそろ貴様の出番だ』

 男の頭上から声が落ちてきた。天使像の水瓶に放り込まれた携帯へと、カーダの視線が上げられる。

「キミは中々、突然にして強引だ。まるで恋泥棒のようじゃないか」

『生憎と、私に吊り合う女に出会った覚えはなくてね。恋泥棒の経験はない』

 携帯の笑声を伴奏に、カーダは噴水に張られた液体を掌で掬い上げ、顔にかける。

 噴水の液体は薔薇の花弁よりなお赤い深紅。噴水の縁に並べられた無数の円から、赤い水流が湧き出していた。人間の首が切り落とされ、血液が噴水に注がれていたのだ。

「強引といえば、先日のキミは愚かだ。犬っころを手に入れるためとはいえ、あの銅の爪のチンに正面から挑むのは危険すぎる」

 うっとりとした仕草で、カーダは自分の肌を撫で上げる。カーダの半身には、夥しい数の刺青が描かれていた。不気味さを際立たせる、墓の刺青だ。

『私は策謀家というより戦場向きの人間だ。緻密な策略を用いることもあるが、最後には頭より腕力で勝負する性格だと自覚している。

 それに歴戦の戦士であるチンに生半可な罠を仕組めば、逆にこちらの尻尾を摑まれる。私自身が出向くのが一番確実だと判断した』

「あのチンを相手に、真っ向勝負が一番確実な方法か。怖いね」

 戦闘集団の長である限り、その序列は戦闘力に依存している。通称()(がしら)と呼ばれるケルベロスの三人の首領は、一人一人が高位宿主に並ぶ戦闘力の持ち主だ。レベル7、王室守護八将おうしつしゅごはっしょうやペンダラス九頭竜団長きゅうとうりゅうだんちょうなどの国軍最高戦力には及ばずとも、見劣りしない実力者ばかりである。

 ケルベロス三つ頭の戦闘力はほぼ拮抗する。いくつもの戦場を生き抜いてきた全盛期のゲルザヘルでさえ、マルチーズとパグから引き分けに近い逃走を行うのが精々だった。

 だとするなら、携帯の向こうにいる青年は高位宿主すら凌ぐ、超高位の戦士であることに他ならない。

『貴様に役割があるように、あの二人にも役割がある。そして二人は私の要求に概ね満足のいく結果を出してくれた』

 携帯から漏れてくる声は、カーダへの挑発であった。二人のように結果が出せなければお前は無能なのだと、態々呼び出す必要もなかったのだと、そう告げていた。

「私とて、自らの評価を積極的に貶めるつもりはない」

 カーダが湯船から体を上げ、濡れた肉体に踝まである癖毛の黒髪が張り付く。稀代の芸術家が彫り上げた至高の彫像に、悪霊が憑依したかの如き妖しい美貌がそこにあった。

 カーダは物憂げに睫毛を伏せ、周囲を見回す。カーダを包囲するのは白と黒の制服に身を包んだ警察官、総勢五十名以上。全ての銃口がカーダに狙いを定めていた。

 警官隊は白昼堂々市民を虐殺し、裸体を晒す変態相手に緊張の面持ち。

「やれやれ。入浴を覗き見とは、躾のなってない連中だ」

『窓を曇り硝子に変えて、鍵をかける以前の問題だがな』

 血液の湯船を進み、噴水の縁を抜け、警官隊と対峙するカーダ。警官隊の極大の警戒は、一糸纏わぬカーダが鎖に縛られていない猛獣にしか見えぬため。

「人の体をジロジロ見る悪い子ちゃんには、お仕置が必要だ☆」

 カーダの無造作な歩みを、警官隊は抵抗と見なした。制式拳銃が一斉砲火。

 轟音を掻き消す轟音の暴風雨となって弾丸が荒れ狂うが、カーダはカテゴリg宿主だ。人間離れした身体能力を有するカーダを、銃弾如きでは捉えられない。

 カーダが跳躍。追って上空に向けられた銃弾の弾幕を薄紙のように突破し、包囲網を形成していた警官隊の中央に着地。

「いただきます♪」

 カーダの腕が伸び、手近な警官の首を摑む。直後、警官の姿が忽然と消失した。反比例して、カーダの皮膚に墓標が一つ増える。

 カーダの能力は捕食。対象を実寸の約百分の一に縮小して体内に取り込み、墓標として皮膚に刻印する能力である。さらに捕食した人間の精神を寄棲獣に食わせることによって、ほぼ無制限に近い能力発動を可能とする反則技であった。

 ものの数十秒もあれば、警官隊を一人残らず平らげるなどカーダには造作もない。

「それでさっきの話に戻るけど、キミは働かないのかい?」

『私が腰を上げれば、カルギアなどたちまち壊滅してしまう』

 それは本心であり事実に過ぎない。高位の宿主同士の争いは軽い天災に匹敵する。実際に、有史以前に数人のレベル7による争いで、少なくとも三度は文明が滅亡している考古学的事実すらあるのだ。

 声は憂慮していた。破壊の限りを尽くされ、それでも力強く復興を願う災害ではなく。希望も気力も根元からへし折る破滅に発展するのを。

『しかしそれもおかしな話だ。目的を叶えるために、目的が障害になるジレンマ。これを二度手間と言うのだろうな』

 携帯の声は、自らの疲労具合を吟味するように押し黙る。

『一仕事終えたら、私はしばらく休養するとしよう。丁度、安価な墓穴を見つけてね』

 一転、声の調子はからかいに弾んでいた。

 しかしそれも文明水準の低い超古代の事例であり、現代に至ってはレベル7一人が小国の戦力と拮抗すると言われ、つまり大国や国家連合軍には敵足り得ない。

 高位の宿主は息を殺し気配を殺し、国家の敵意という銃口を向けられぬように猫の皮を被る。ある者は国家の狗として活動し、ある者は流浪の民となって存在を隠し、ある者は宿主の集団を形成して国家すら容易に手の出せぬ組織となり。

 それでも、誰も彼も願っているのかも知れない。流星のように花火のように、最後の一瞬の輝きを求めて。地下に隠された宝石ではなく、天に輝く星にならんと。

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