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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第四話
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君を弔うヒガンバナ①

 ガイ湖。カルギア市周辺地域最北端に位置するカルデラ湖である。

 カルデラ湖とは、火山の火口跡に水が蓄積された湖を意味する。ガイ湖が形成されたのは五~六百年ほど昔。ガ山の火口に身投げした娘が、竜に変化して天に昇った伝承が残っている。

 だからであろうか。いつの頃からかガイ湖の湖面を遊泳する、巨大生物が目撃されるようになった。

 それをガッシーと人の言う。

 ガイ湖の湖面に波紋が走った。波紋は徐々に南下し、湖岸に近付いていく。

 波紋を生み出しているのは生物の遊泳であった。ガッシーではない。目撃報告にあった三十mを超える巨体ではなく、どう見ても馬ほどの大きさ。

 それは馬並みの巨体を有した、超大型犬であった。

 さらに超大型犬の背には人影が跨っていた。異様な人物だ。

 七、八十歳という老齢であるに、身長は二mを越え、筋肉は今にもはち切れんばかりに隆起している。上半身は一糸まとわず、身につけた装束は白袴一腰。年月を閲して白一色となった長髪は、巨大な一本角のようなリーゼントとなって、前方の空中を突き刺している。豊かに蓄えられた同色の顎髭は、三本の三つ編みとして束ねられていた。厳つい表情と隻眼が、歴戦の老兵の威容を物語っている。

 この時代、人類は地上の支配者だ。だがそれも都市部に限り、今もって空、海、樹海や山麓部は成体寄棲獣の領域である。

 近年は都市間輸送車などの安全性が向上し、都市間の移動も大昔に比ぶれば容易になったが、やはり護衛は必須であり、一度に移動できる人数も少ない。

 寄棲獣の溢れる地域を通過してきただけで、老兵が只者ではないと知らしめていた。

 超大型犬はガイ湖の湖岸に上陸し、老兵は南、目指す先であるカルギア市を眺める。

 カルギアのさらに南方には、隣国ペンダラスとの国境たるディダラス盆地が広がっていた。どこかの線を国境としているのではない。地平線の彼方まで広がる雄大なディダラス盆地の全域が、ペンダラスとの不干渉地帯にして国境なのである。

「ケルベロス傭兵旅団の、銅の爪のチン氏ですね?」

 老兵に声をかけた人物は、平凡な青年だった。衣服も大量生産品で、容貌にも特筆すべき特徴のない、どこにでもいる大量生産された出で立ちの若者。

「然り、ワシが銅の爪のチンなのよん♪」

 返答する老兵の声は、見た目通りに重厚で嗄れていた。しかし口調は見た目を裏切る乙女さ加減であったが。

「もし、アナタが情報提供者なのかしらん?」

「お察しの通り。この度はお初にお目にかかります」

 そもそもケルベロスが、いや、チンがゲルザヘルの所在地を摑んだのは、この青年からの情報提供があったからこそ。先遣隊がゲルザヘルに接触し、情報の確度が高まったため、自らの手でゲルザヘルを葬るべく、チンがカルギアに出向いた次第である。

 ケルベロス旅団にとって、ゲルザヘルは仇敵だ。十年以上昔に団員の半数を殺され、さらに三人在位する首領の二人が自害に追い込まれた。チンにとっては我が子同然の関係であっただけに、未だにゲルザヘルへの復讐心は滾り続けている。

「それで、そちらの要求はワシへの謁見だったかしら」

「ええ、首を長くしてお待ちしていました」

 二人の間には和やかな空気が流れていた。

「では、速やかにお帰りいただこうか」

 凪のように穏やかだった大気が爆裂し、突如として強風を渦巻く。

「あンらイヤダ。やはりゲルザヘルの件は、ワシを誘き出す餌だったということね」

 態度を豹変させた青年を前にして、チンは些かも動じない。傭兵稼業は恨みを買い、名を上げたい連中の標的にされるのが年中行事だ。

「誰も貴様になど興味はない」

 しかして青年の放った一言は、完全にチンの予想を外れていた。

「お帰りいただこうと、そう言った。用があるのは貴様ではなく、そちらだ」

 青年の指先は、真っ直ぐにチンを指しているように見えた。しかし実際にはチンよりやや下方、チンが跨る超大型犬に向けられている。

「私ほどにもなると、愛馬を探すのにも一苦労だ。そいつなら私の玉座に相応しい」

 指名された当の超大型犬は困惑と威嚇、同時に二つの唸り声を出しながら、さらに主人へ問うように喉を鳴らす。

「このワンちゃんはワシの愛犬よ。譲るつもりはないわ」

「ならば貴様を倒し、死体から奪うまでだ」

 青年が答えると同時に、地表が砕け、空中に影が射す。青年の足元に人間よりも巨大な怪虫が現れ、青年の肩に漆黒の怪鳥が飛来する。

「悪いボウヤにはお仕置きが必要ね。泣いて謝っても許してあげないんだから!」

 青年が怪虫の背に飛び乗り、チンが緩やかに超大型犬を歩かせる。それぞれがそれぞれの配下を従え、激闘へと踏み出す。

 そして一人が残った。


 玉座となった超大型犬は、背中に勝者を乗せていた。

「さすがはケルベロス最古参の首領、無傷の勝利は高望みか」

 青年の唇から疲労の呟きが漏れる。青年は体の具合を確認し、重傷はないと判断。鉄鎖の手綱を操り、超大型犬をカルギアに向けた。

 カルギア市の中央、天高く聳える摩天楼は、市内第一位の高さを持つ市庁舎である。北西郊外の小高い丘には、第二位の高さを持つ電波塔。第三位の鐘楼は、今はもうない。

 彼らが倒してしまったのだから。

 人物の見つめる先、公営運動場では兎球大会の決勝戦が行われていた。

 兎球、正式名称をラビッツボール。古くは第一次カルギア紛争にて、生きた兎に火をつけて敵軍陣内へと投げ込んだ奇襲に由来する、カルギア市限定の地方競技である。

 運動場が爆発した。爆炎は観客席を木っ端微塵に破壊し、運動場を走破し、兎球選手と観客を薙ぎ払う。さらに超速度で飛散した瓦礫が周辺に被害を拡大させる。

 爆炎と衝撃波が青年の元にまで届いてきそうな、天にも到達する規模の爆発であった。

 青年は笑みを浮かべる。邪悪ではなく、高貴さすら漂わせる典雅な笑みだ。

 誰も彼も、気付いていなかった。かつての〈アグレイの腕の日〉を超える災厄の幕が、とうの昔に上がっていることに。

 青年にはそれがどうしようもなく愉快で仕方なかった。

 無論、可能な限りの隠蔽を行ってきた。しかし策謀が巨大すぎ、痕跡を完全に消すのは不可能だった。膨大な手掛かりを残し、それなのに誰も彼もが計画の存在にすら気付いていないのが、青年の笑みに拍車をかける。

 さらに青年らの暗躍と計画に気付いた一握りすら、意図的に計画の存在を匂わせ、呼び寄せられたのだと気付いていない。それは愉快を通り越して、滑稽ですらあった。

 青年の視線の先、炎に包まれた運動場に立ち上がる者たちがいた。決して多くはないが、それでも少ないと表現するには不適切な人数だ。

「計画は順調、では第三段階に移行するとしよう」

 青年を乗せた超大型犬が、ガ山をカルギアへと下っていく。道中、青年は一度だけガイ湖を振り向いた。カルデラ特有の超深度湖は、並々ならぬ水量を湛えて沈黙している。

 計画の最終場面に思いを馳せ、青年はもう一度、唇を綻ばせた。

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