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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第三話
17/51

予兆③-③

 同時刻、深夜のカルギア商業区。

 目の前一面に、黒いアスファルトが広がっていた。そう認識する暇すらなく、顔面から路面に激突。顔を押さえて夜の底を転げ回る。

 存分に悶絶し終え、赤毛に翡翠の瞳の青年が夜空を見上げた。今の今まで背を預けていた鉄柵が、高層ビルの屋上に見える。

 暇潰しを考えている間に寝入ってしまい、体勢を崩して落下したと容易に推測できた。

 初犯ではないので。

「毎回真剣に矯正しようと思うが、全く直る気配がない。人間は癖や習慣で死ねるな」

 頬を掻くエルリオン。高層ビルの屋上から墜落したというのに、顔は重傷どころか傷一つ見当たらない。

 携帯を取り出して時刻を確認すると、待ち合わせまで微妙な暇時間があった。

 携帯を操作し、予定表を呼び出す。来週は愛読している少女漫画《カラメルぷりん》最新刊の発売日だ。合わせて映画《続・七人の脱走学園》も見たい。

 来月には人気歌手パレス・ダークの新曲演奏会が予定されている。倍率五千倍以上の前売り券を奇跡的確立で入手したのだから、何があっても馳せ参じなければ。

 エルリオンは一つ溜め息。手近にあったゴミバケツに腰掛け、街路を眺める。

 今にも魔物が現れそうな夜の街。常なら不気味と感じる光景も、エルリオンは嫌いではなかった。むしろ暗黒と静寂の秘匿性こそ、秘密主義なエルリオンの本質である。

 エルリオンの手は、いつの間にか胸元の傷跡を撫でていた。

「こんなに人生を楽しんでいいのか? いや、私は退屈が好きな性分ではないが……」

 ぶつぶつと独り言を漏らすエルリオン。時折呟きを止めては、体内の寄棲獣に反応して苦笑を浮かべ、同意の頷きを返す。一転、エルリオンの表情が険しく変貌した。

「それに私は、自分が他人と関わるのを許された人間だとは思っていな」

「あたしゃ酔っ払っちまっただよ~♪」

 陽気な声がし、大通りの方から赤ら顔の女が近寄ってきた。女は片手に酒瓶、もう片手に折詰を下げ、額にはスカーフを巻いた完全装備。

「お、兄さんいぃ体してるねぇ? ナンボだい? あひゃひゃひゃひゃ」

 エルリオンは無言。関わるのが面倒臭かった。

「ノーリーがーわーるーいー」

 女は折詰で、エリルオンの頭部を何度も強打した。箱から飛び出した麺類や焼き魚や甘味やタレが、鮮やかな神の一手となってエルリオンの顔を前衛芸術に仕立て上げる。

 それでもエルリオンは、能面の無表情さで完全無視。

「こうなりゃ最終手段じゃぁっ…………うにゅ?」

 服の胸元に手をかけた女が、逞しい腕に襟首を摑まれ、宙に吊り上げられた。

「すみません、エルリオン参謀」

 いつの間に現れたのか、長髪痩身の男がエルリオンに平謝りを繰り返す。女の方は片手にぶら下げられたまま、手荷物のように左右に揺れていた。

「まるで先輩が猫のようだ」

 さらに三人目の青年が、分かりそうで分からない喩えを口にする。

「あらザハ君、〝可愛い子猫ちゃん〟だなんて、キミは女っ誑しだねぇ~」

 エルリオンと男が『子猫ちゃんって歳じゃないだろ』の表情を浮かべるが、ザハと呼ばれた青年は頬を赤くしてしどろもどろに呟きを漏らす。

 女が男を睨みつけた。

「それに比べてライフニール、キミはボクの完璧な偽装を台無しにしてくれたね」

「ロゼッタよ、それのどこが偽装なのだ? 私には酔っ払いの真似にしか見えない」

「分かってないね。行動原理の不明な酔っ払いだからこそ、こんな時間にこんな場所を女一人でほっつき歩いてても不自然じゃないのだよ」

 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすロゼッタ。ライフニールは「悪ふざけで胸まで晒そうとするな。はしたないぞ」と、あくまで苦い表情。ロゼッタはきょとんとしたで、自らの胸元に視線を落とし、顔を上げて、「見たいの?」と恥ずかしげ皆無に言い放つ。

 エルリオンとライフニールの視線は氷点下まで下降。対照的にザハが赤面する。

「えっ? いや見たいとか見たくないとかではなくこの場合は野外で露出するのが問題視されているわけでどちらかと言えば拝んで網膜に焼き付けって僕は何を言って」

「ホレ」

 その瞬間、ザハがふっ飛んだ。勢い余って血流が鼻どころか口腔からも噴出し、放物線を描いて飛んでいく。無論吐血如きで人間がふっ飛ぶはずもなく、衝撃が大きすぎて脳内情報が錯綜し、混乱した結果として自ら後方跳躍していた。

 受け止める者すらいなく、ザハは街路の水溜りへと墜落する。

「あれはウブ通り越して、女が排泄しないと思っている珍獣だね」

「だから恥じらいを持て。そして早く襟元を直せ」

「今のはヤバかった!」

 瞬時にザハが復活して飛び起きた。

「僕が横乳萌えじゃなければ死んでいた!」

 どうでもいい暴露だった。口を滑らせたザハは石像と化し、ライフニールは額に指を添え、ロゼッタは「そうか、横乳萌えなのか」と妙に瞳を輝かせる。

 会議そっちのけでやいのやいの騒ぎ立てる三バカもとい三幹部を眺め、エルリオンは口に笑みを刻んでいた。

 そのことに一番驚いたのは、当のエルリオン本人だ。

 今までは誰とも関わらぬよう、誰にも近付かぬよう、一人で生きてきた。

 彼にとって他人と関わるのは苦痛であった。誰かの傍に立ってしまうと、自分と他者の違いを突きつけられているようで、狂おしいまでに恐怖を覚えてしまう。

 他者を近付かせず、他者を受け入れず、他者に気付かれず、他者を求めず、他者を羨まず、他者に共感せず、他者と共に生きず。それがエルリオンの生き方であった。

 だが、悪くない。笑い合える相手がいるのも、存外悪くない。そう感じてしまった。

 だからこそエルリオンは、新しい恐怖に出会ってしまうのだ。

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