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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第三話
16/51

予兆③-②

 同時刻、深夜のカルギア郊外。

 絹を引き裂くような悲鳴が夜闇を貫いた。

 足音は二つ。焦燥に駆られて先を急ぐ足音と、淡々と機械的に続く足音。

 一つ目の足音は逃亡者。衣服をズタズタに切り裂かれ、片方の靴をなくした女性が、殺人鬼の魔の手から逃れるべく人気の失せた郊外を走っていた。

 もう一つの足音は追跡者。片手に巨大な軍用ナイフを下げた殺人鬼が、女性の恐怖と狂乱をさも愉快げに眺めながら、嬉々として獲物を追い詰めていく。

 殺人鬼は長身痩躯、銀髪に凶悪な笑みの男。レイダースのコーツだった。

 コーツは国家への忠誠心がないわけではない。むしろ忠誠を誓っているからこその元軍属であり、暗殺部隊の出身。自ら進んで汚れ仕事に志願するほど、その忠誠心は厚い。

 しかし戦場暮らしが長引くと、必ずと言っていいほど精神に狂いを生じさせる。精神の崩壊を防ぐため、コーツは自ら殺人を快楽と受け取る人格へと変質させていった。

 その結果としての快楽殺人者の誕生であり、定期的な殺人行為である。

 普段は年に一、二回と抑制しているものの、最近のカルギアにはコーツを触発する事件が起きていた。例の連続無差別殺人事件だ。加えてコーツは事件の細部を知ることの出来る、レイダースという立場にある。摸倣しない理由はなかった。

 数十分の追走劇も終わり、ついに力尽きた女性が路地にへたり込んだ。恐怖と涙に歪んだ顔で、眼前に立ち塞がるコーツを見上げる。

 街灯で逆光となった凶相。コーツは嬉々としてナイフを振り上げ、

「なあ、教えてくれよ。お前は何のために生きている?」

 その声は冥府の底から響いてきたかのように暗く、黒く。

 同時に夜闇を引き裂いて、銀の大蛇が飛びかかってきた。コーツが先読みで飛び退いていなければ、上半身を噛み千切られていただろう。

 それは金属製の大蛇か龍、そう見紛う巨大な剣だった。表面は鱗状の凹凸に覆われ、剣自体が生物であるかの如く揺れ動いている。剣の後端は、横手の闇に伸びていた。

 闇から第三の足音が滲み出る。幽鬼のように現実味がなく、死人のように重い足取り。

 姿を現した人物も、墓から這い出してきたかのようだ。顔面は蒼白を通り越して土気色、瞳にも精気はない。身にまとった臙脂色の装束も、乾いた血の黒さを連想させる。

 コーツは殺人鬼の共感で、男が件の連続殺人犯だと直感した。

 その機に乗じて、女性が逃走を再開する。闇に消える後姿にコーツは見向きもしない。

「お前は何のために生きている?」

 殺人犯が再度言葉を零しつつ、剣を振るう。大蛇となった剣がコーツに飛翔し、街灯から縁石、アスファルトまでを一刀両断。コーツは完全には回避できず、利き手である右の二の腕に骨が露出するまでの裂傷を刻まれていた。

 十m以上の射程を持つ剣は、しなりと遠心力によって常軌を逸した剣速を出していた。さらに鱗状の凹凸は、切断対象との接点が平面の剣よりも狭く、摩擦が少ないのだ。

 射程と速度と切断力。この剣の前では、成体寄棲獣すら容易に屠られるだろう。

 大量流血する傷口を左手で押さえ、苦痛に顔を歪めるコーツ。激痛を思考から切り離し、冷静に現況を分析して、即座に決断。能力を発動させる。

 カテゴリe宿主のコーツが操るのは気体。体表に纏わせた空気の層で光を屈折させ完全迷彩。音を外部に漏らさぬ完全防音。移動に際する足跡や空気の流れも欺瞞し、体温や気配の流出すら完全消去。存在するという可能性を徹底的に否定する、完全隠蔽能力。

 その場から、コーツの存在そのものが消滅した。

「お前は、自分が生きている理由すら見出せていないのか?」

 殺人犯の問いは虚空に吸い込まれ、霧散する。応える者は誰もいない。

 コーツは隠蔽能力を、全て逃走に傾けていた。コーツはレベル5-に達し、特殊暗殺部隊で最も恐れられた男であるが、隠蔽以外の能力は持っていない。追跡と潜伏と暗殺には圧倒的に優位であるが、白兵戦では逆に全く役に立たないのだ。

 これも意識的に自分の性格を暗殺に特化させていった、〈斜跳効果〉の一種と言える。

「オレに何も及ぼさない人間が、オレの前に現れるな」

 殺人犯の腕が一閃。大蛇の剣が鋼の鞭となって夜闇を切り裂き、弾性の限界に達して剣先が再来。再び弾性の限界に達し、嵐となって夜闇を斬り続け、唐突に止まった。

 鋼の鞭に切り刻まれ、斬殺された街路から凝視していた殺人犯は、不意に背を翻した。女性とコーツに続き、殺人犯もその場を後にする。足取りはこの場で何も起こらなかったような無感情さで、足音は殺人犯自体もこの世に存在していないような空虚さだ。

「どうして誰も、オレが生きている理由を教えてくれない?」

 殺人犯の独白は、まるで泣いているようであった。

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