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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第二話
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愛憎の歪んだ世界⑤

 ベッドの上でマリアは荒い呼吸を繰り返していた。顔は赤く、衣類も汗で湿っている。

「お袋、具合はどうよ?」

「これが……いいように……見えるかの?」

 マリアは億劫に半身を起こし、ザヘルの差し出した匙からバニラアイスを口に含む。

「冷たくて美味しいのじゃ……」

 マリアは人間で言うところの、風邪に似た病を発症していた。しかし服装はシャツと下着だけという、病床とは到底思えぬ露出過多。

「せめて服着ろ」

「服は嫌じゃー……」

 ザヘルの言葉にも、マリアは布団に顔を埋めて拒否を示すだけ。

 マリアも成体寄棲獣である以上、かつては人体に寄生していた。服という物体が、自らが殺してしまった宿主を連想させるのだ。

 マリアの心理を弁えているザヘルは諦めの息を吐き、冬用の毛布を取り出す。

「せめて温かくしてくれよ。その、悪化したら心配だから」

 憂いを帯びたザヘルの瞳。マリアは布団の端から顔を覗かせ、小さく頷いた。

「子供ではないのだ。安静にしておるよ」

 頷いたザヘルは椅子から立ち上がり、扉へ向かう。途中、ザヘルの脳裏に日頃の仕返しをするための単語が閃いた。

「もし悪化したら、病院で太ーい注射を刺して貰おうな♪」

「ちゅ……注射……!」

 マリアの顔面から滝のように血の気が失せた。

 人間と寄棲獣の関係は切っても切れない。宿主自体の病だけでなく、寄棲獣の病も宿主の体調を左右するためだ。マリアのような完全人型の成体寄棲獣は珍しいが、前例がない訳でもない。マリアも馴染みの町医者にちょくちょく顔を出していた。

 後ろ手に扉を閉めたザヘルの背後から、部屋を揺らす大絶叫が轟いた。

「にしても、お袋が大変なときに放蕩親父はどこをほっつき歩いてるんだ?」

『私たちが母上の傍にいるから、父上も安心して家を空けていられるのだ。むしろ信頼されていて、誇るべきことではないか』

 それでも夫としての役割があるだろうにと、ザヘルは釈然としない表情。

 ザヘルの思考を遮るように呼び鈴が鳴った。玄関扉の覗き穴からは、白と黒の制服に身を包んだ、見覚えのない巡査が立っているのが見える。

 先日ぶちのめした新米巡査は、マジ凹みして退職したと風の噂に聞いた。

(これは……アレか?)『ああ、アレだな』

 ザヘルもアブルもうんざりした声。もう何度も繰り返した新米巡査との問答は、飽きを通り越して怒りとなって燃え上がる。

「ゴレット巡査部長の野郎、あんなに新人教育は徹底しろと!」

 延々と繰り返される毎度のやり取りに、さすがにザヘルも我慢の限界を超過した。新米巡査を不幸な事故で病院送りにすべく、全身全霊を拳に漲らせて玄関扉を開き、

「うわぁぁぁぁん! 注射はイヤなのじゃぁぁぁぁっ!」

 廊下の奥から、大泣きするマリアが出てきた。

 マリアは注射と聞いて恐慌に陥ったのか、溶けかけのバニラアイスで顔を汚し、家具にぶつけたのか股間からは流血。下着も脱げて右足首に引っかかっている。

 ザヘルと警官と、ついでにアブルの時間が止まる。

 半裸の幼女が、顔に白濁した液体をぶっかけ、股間から鮮血を流し、「お注射いやーっ!」と泣き叫んでいる。

 半裸の幼女が、顔に白濁した液体をぶっかけ、股間から鮮血を流し、「お注射いやーっ!」と泣き叫んでいる。

 目の前の光景を、ザヘルは脳内で二回も高速再生させた。大事なことだったので。

 ザヘルは体温が急下降するのを感じた。

 ザヘルは目頭が熱くなるのを感じた。

 ザヘルは胃が握り潰される痛みを感じた。

 ザヘルは、その他諸々を詰め込んだ溜め息を吐き出した。



 ザヘルの目の前を、パッキィを乗せた車が横切っていった。

 時間は休日の正午前、天気は晴れ。絶好の交際日和だ。

 パッキィとの待ち合わせに、ザヘルは少しばかり遅れて到着していた。事実隠蔽のための高潔な正義の断罪の鉄拳で超新米巡査をぶちのめしたため、時間を食っていたのだ。

 そして法定速度をぶっち切って単車を走らせ、息も絶え絶えに馳せ参じた次第である。

 人気(ひとけ)の少ない公園を待ち合わせ場所に選んだのは自分といえど、そりゃないだろう。

 車外のザヘルに気付かず、パッキィは運転席に座る男の話に耳を傾け、愉快そうに笑っていた。ザヘルには決して見せない笑みで。

 普段のパッキィは化粧をしない。顔の傷を隠すために、帽子を深くかぶっているからだ。それが珍しくおめかししているのは、本来なら自分のためだったはずなのに。

 ザヘルは体温が急下降するのを感じた。

 ザヘルは目頭が熱くなるのを感じた。

 ザヘルは胃が握り潰される痛みを感じた。

 ザヘルは、その他諸々を詰め込んだ溜め息を吐き出した。

 一日に二度も極大の心労を食らうと、心臓に悪いったらありゃしない。

 在りえない光景だが、信じるしかなかった。

「あぶるぅ……」

 ザヘルは世にも情けない声で兄弟を呼ぶ。

『どうした? いつもは私に『寝ていろ』と言っていたはずだが?』

 億劫そうに呟くアブルだが、直後に兄弟の様相が尋常でないのに気付く。ザヘルは顔中からありとあらゆる汁を垂れ流し、反比例して表情は無。膝は耐震強度を突破して崩壊寸前の振動を踊り、対して心音は消え入りそうな微弱さ。

「パッキィが、攫われた……」

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