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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第二話
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愛憎の歪んだ世界③

 ノックを行い、一拍置いて呼吸を整えて、ルキは扉を押し開いた。

「遅刻だぞ」

 最初に飛んできたのは叱責だ。ルキは思わず身を縮め、恐る恐る顔を上げる。

 その人物は〝待ち侘びていた〟と言わんばかりに、部屋の入り口に腕を組んで仁王立ちしていた。全身から怒気が放出され、何より恐怖たらしめるのは頭部を覆った鉄仮面。

 電灯を冷たく反射させる鉄仮面は、無感情で威圧的だ。さらに全身甲冑まで着込んでいるので、不気味かつ恐ろしいことこの上ない。まるで恐怖映画の登場人物だ。

「これからは気をつけるように」

 反して仮面の覗き穴からは、柔らかい視線が漏れていた。

 室内には、既にルキを除く全員が揃っている。

「大丈夫ですか? 急いで怪我などされていませんか?」

 ルキに声をかけたのは、資料棚に背を預けた筋骨隆々の中年巨漢。名を刃断(ハダン)と言う。ルキを気遣うハダンは、双眸に優しげな光を宿していた。

「やめとけやめとけ、ガキなんぞ相手にしてもロクすっぽ面白くもねぇ」

 白髪青瞳、顔中に凶悪な笑みを貼り付け、卓に脚を乗せた男はコーツ。

「殺すなら女に限る。ナイフが肉に食い込む感触がたまんねぇんだ」

 連続猟奇殺人鬼の形容がよく似合う。

 コーツの靴の先、卓上には熊と黒猫のぬいぐるみがちょこんと座っていた。脳天に斧を突き立てた血塗れの熊と、全身に注射器を突き刺した黒猫が。

「脳が痒いでクマ。ボクの脳に何か刺さっているでクマ!」

 熊のぬいぐるみは泣き叫び、長さの足りない両手で必死に頭を掻こうと暴れていた。

「うおおー、オレの中の何かがーっ!」

 両手を広げて天を仰ぐ黒猫の、安い合成繊維の表皮の下で無数の何かが蠢いていた。血走った瞳孔は左右で別の方向を向き、口は半開きで涎が垂れ流されている。

 熊の天誅(てんちゅう)くんと黒猫の薬中(やくちゅう)くんは、今日も今日とて謎全開の物体だった。

 背後に団旗と国旗を掲げ、威厳猛々しく鎮座する鉄仮面が支部隊長アルディオン。

 彼らに新入隊員のルキを加えた六名が、レイダースの全員だ。

 レイダースとは、寄棲獣と宿主の事件に対応するため設立された、公設武装組織の実働部隊だ。所有する権限、活動内容は警察組織に酷似する場合が多い。

 その権限、及び戦力の巨大さから、暴走するのを戒めるために《襲撃者》の名を冠し、さらに抑止力としての専用部隊までもが存在していた。

 少数精鋭と言えば聞こえはいいが、要は慢性的な人員不足である。

「早速だが、悪い報せだ。今朝未明、マルベリウス収容所が襲撃された。

 職員、囚人を含めて生存者はナシ。地上施設は完全に破壊されている」

 たったそれだけの内容で、全員が事態の深刻さを理解した。

 第一に、これはレイダースに対応を求められるべき、宿主が関わる事件ということ。

 第二に、マルベリウス収容所は凶悪犯罪者の巣窟。彼らまで皆殺しにするには、大規模な戦力か高位の宿主が必要だ。

 そして第三に、この国の施設でないマルベリウス収容所の情報が入ってきたのは、襲撃者が国際的に活動しているのを意味する。

「僅かな報告と、被害状況から予想される容疑者は、アレクサンドル・アレクヘイム。所属は秘密結社〈ハヤト〉」

 エルフの精霊召喚、辺境祈祷師の呪術、人類の科学技術、竜族の息吹、キメラや憑依。超常の現象を起こす〝力〟は世界に数あれど、〈宿主〉の能力は飛び抜けて異質だ。

 まず、個人で所有できる力の適度を逸脱している。下は日常生活のちょっとした場面で役立つ程度から、上は小国の戦力と拮抗する程に、個人での強弱が著しい。

 そして自らの寿命を縮めて能力を行使する点が、最も際立った特徴であろう。この一点において、宿主となってしまった者が自暴自棄になって犯罪や自殺に走る例は多い。

 宿主の寿命は短く、徒党を組んで犯罪を起こす傾向が少ない。寿命の短さは戦力確保の不確実さと構成員の代替わりが激しいのを意味し、それは組織の不安定さに直結する。

 そのため衝動的な犯行や、一時的な結託が著しく多いのだが、中には高位の宿主と高位の宿主に匹敵する戦闘員を有した武装組織も存在していた。

 ハヤトもそれら組織の一つ。多数の宿主と無数の戦闘要員を擁し、殺戮と破壊活動を行う秘密結社である。二十年以上前から活動しているにも拘らず、実態も目的も幹部も不明。最大の謎は、構成員がこぞって〝正義の味方〟と〝悪の秘密結社〟という、反する形容で自らを評している点であろう。

「当面の問題は別にある。新興カルト教団〈ヒガンバナ〉と、傭兵旅団〈ケルベロス〉だ。奴らはこの瞬間、このカルギアに存在し、暗躍しているのだ」

 ディオの言葉に秘められていたのは、憤激と忸怩。手を伸ばせば届きそうで届かない、そのもどかしさに歯噛みしていた。

「ヒガンバナとケルベロスはカルギア市を破滅に追い込むほどの戦力を有している。その上、ヒガンバナに至っては既に活動を始めている。看過できない危険性だ」

 ディオの重い宣言に、全員が頷く。

「加えて、最近は宿主だけでなく成体寄棲獣の活動も活発化している。特にパルタミア山での目撃と被害が多く、調査隊までが派遣された。

 パルタミア山では成体寄棲獣の死体と交戦形跡、人間四人の遺体も発見されている」

「ふへへへへへ、どうだ、どうだ? 頭の痒みは取れたかよ? げひゃひゃひゃひゃ」

「ヤメロでクマ! ボクのトサカを前後させるなでクマ!」

 隊長が話している最中にも拘らず、二匹は知ったこっちゃなかった。薬中くんはイッちゃった顔で天誅くんの斧を前後させ、天誅くんは必死に腕を伸ばしても頭の上に手が届かなくて涙目。

「……そいつらを摘み出せ…………はぁ……」

 溜め息で締められたディオの号令。開け放たれた窓の外へ、ルキが二体を蹴っ飛ばす。

 遠くの空へと視線を投げるディオ。瞳は憂鬱。

「中間管理職、辞めちゃおっかなぁ……」



 粘液に包まれた表皮には疣が隆起し、水かきの張った掌は指先が丸く、顔の横幅以上に口が裂けた顔は山椒魚類に酷似している。加えて十mを超える巨体。

 寄棲獣の中でも両生類に酷似した容姿は、カテゴリgの特徴だ。

 寄棲獣と宿主の分類として、カテゴリとレベルがある。

 カテゴリは寄棲獣の外見と宿主の能力を指し、レベルはそのもの戦闘力を指す。

 カテゴリは七つに区分され、それは遺伝による種族と言っていい。

 レベルは1から7まであり、数字が大きくなるに従って、宿主及び成体寄棲獣の戦闘力は強くなり、危険性も上がっていく。

 レベル1はほぼ無能力に近く、レベル7に至っては一人で小国の戦力に拮抗するとも言われ、レベル2~6はさらに--から++まで細分化されていた。

 カテゴリgの能力は肉体強化、樹木操作、生物使役や精神支配など、生体に依存する。

 かつて流浪の寄棲獣ハンターによって寄棲獣が討伐されたパルタミア山に、再び寄棲獣の威容が聳えていた。

 寄棲獣の眼前には、人の絨毯が敷かれている。完全武装した二個中隊三十二人の軍人が地を舐めていた。能力の発動は宿主特有であるが、成体寄棲獣の最大の武器は圧倒的な巨体と小山すら破壊する筋力だ。

 俗に『レベル4の壁』と言われる言葉がある。宿主でない人間は、特殊な才能や能力を有さない限り、レベル4以上の宿主や寄棲獣には歯が立たないという意味である。

 それは現行兵器も例外ではなく、寄棲獣の硬質化した表皮、厚い筋肉と脂肪を前にしては、機関銃ですら虫に刺された程度の傷にしかならない。

 成体寄棲獣を相手にしては、宿主がいなければ軍隊とて相手にならないのだ。

「確か山椒魚の別名をハンザキといったか。半分に裂かれても活動し続ける生命力に由来し、水棲の怪物サハギンの語源でもある」

 ゴレット巡査部長は熟年の刑事面を渋面に歪めた。

「ならば、逃げるが勝ちだ!」

 だからゴレット巡査部長の判断は、的確かつ正当であった。

「皆の者、伏せぇーい!」

 言われずとも、誰も両の脚で立っていない。ゴレット巡査部長の投げた閃光弾がハンザキ寄棲獣の目の前で炸裂し、轟音と煙幕と異臭が発生。ハンザキ寄棲獣の五感を奪う。

 煙と異臭に包まれた中から、軍隊が足並み揃えて撤収する気配が伝わってくる。

 彼らとて訓練された軍隊だ。成体寄棲獣が徘徊しているとの噂があるのだから、対寄棲獣用の兵器を用意していないはずがない。

 しかし、数が多すぎた。手持ちの弾薬は底を尽き、負傷と疲労で戦いにならなかった。

「どうやら、寄棲獣大量発生の原因を名推理する必要があるようだな」

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