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僕らの墓標に咲く花  作者: 疑堂
第零話
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日常の終わり①

 そいつは地響きを起こさずにはいられない巨体だ。二、三階建ての家屋に相当する、全高十mの巨大生物。人間の標準を逸脱した縮尺は現実味がなく、恐怖すら麻痺させる。

 巨大生物は一見して亀を彷彿させた。甲羅を背負った胴体と、全身を覆う岩のような鱗。ただし亀にしては異様に手足が長く、輪郭は巨人と形容されるべきだろう。

 巨大生物の周囲に広がるのは山林。その樹木の頂点を越える高さから、巨大生物が四人組みの男女を見下ろしていた。巨大生物の影が四人を下敷きにし、呑み込んでいる。

 巨大生物は滝のように涎を滴らせ、食欲に支配された笑みを浮かべる。

 四人の先頭に立つ男の脚が、小刻みに振動していた。

「どうしたアシダンテ、震えているぞ?」

 男に声をかけたのは背広の女だ。名前はミム。視線は矢のように鋭く、語調は氷の冷気を放っている。

 しかし言葉の内容を裏切って、ミムは瞳を揺らがせ、唇は慌てふためいて半開きだ。

「聞いているのか、アシダンテ。私を心配させようとしても無駄だぞ?」

 ミムの罵倒はなぜだか照れ隠しに聞こえた。男は心配下手の幼馴染に苦笑を返す。

「ああ、正直ビビってるね。あんだけの巨体が、人間を丸呑みするためだけに必要だっつうからイカれてやがる」

 アシダンテと呼ばれた男は、巨大生物を強烈な憎悪の視線で睨み上げていた。

「オニィチャン、大丈夫?」

 ミムとは対照的に、少女は円らな瞳にありありと不安を浮かべている。二十代中盤の三人より少し若い、十代の面影が残る可憐な少女だ。

 アニシアと彼ら三人に血の繋がりはない。けれどもアニシアは三人を分け隔てなく敬愛し信頼している。アニシアも三人から分け隔てなく妹として愛されていた。

「パゴ、お前はどうよ?」

 アシダンテは最後に残った大男に尋ねた。

「オレに同じ展開の繰り返しに新鮮さを感じる、繊細な感性を期待するな」

 パゴと呼ばれた大男は口の端を吊り上げ、皮肉げな笑みを浮かべた。二mを超える巨体に、浅黒い肌。頭部には一本の毛髪すら存在しない。それだけでも近寄りがたい雰囲気だのに、目付きまでが壊滅的に悪かった。

 四人が見上げる巨大生物を、世間では一般的に《寄棲獣(ポゼスト)》と呼称する。寄棲獣は人里を襲い、人間を食らう。それも人間を主食として食らうのだ。

 アシダンテら四人も、寄棲獣に襲われた経験がある。幼かった彼らの目の前で家族が食い殺され、心に一生消えぬ傷が刻みつけられた。だからこそアシダンテらは、全ての寄棲獣を地上から駆逐するために、寄棲獣狩りを生業としているのだ。

 最近パルタミア山ザジ村にて、村民の行方不明が頻発し、巨大生物の痕跡が発見された。その調査を行い、寄棲獣を討伐するため、アシダンテらはザジ村に雇われたのだ。

 さらにパルタミア山の麓には、山間部の大都市カルギア市が位置している。パルタミア山越えを行ったカルギアへの移動者が襲われる可能性を孕んでいた。

 アシダンテらと寄棲獣、長らく続いていた睨み合いの押し問答が崩れる。

 アシダンテとパゴが前方に走り出し、ミムとアニシアがそれぞれ左右に展開。それはまるで玩具の兵隊が人間相手に戦っているような、絶望的で悪夢じみた光景であった。

 迎え撃つ寄棲獣の拳が握られ、巨石となって振り下ろされる。成人男性の胴体程度の大きさがある拳は、直撃すれば人体など一撃で挽き肉と化すだろう。

 アシダンテは、自ら拳の軌道の奥へと飛び込んで攻撃を回避。さらに拳が地面を破砕して生み出された突風に後押しされ、寄棲獣の懐中に飛び込む。

 寄棲獣が悲鳴を吐き出し、上体を仰け反らせた。右目からは鮮血が溢れている。アニシアが能力を発動させ、発生した水の刃で寄棲獣の右目を切り裂いたのだ。

 常人が持たざるこの力の正体を、彼らは知らない。ただ漠然と、これは寄棲獣を駆逐するための力だと、運命が授けた力だと、そう直感していた。

 アニシアが水を操るのと同様に、ミムは炎、パゴは風に関係した能力を持っている。

「出番だぞ、日会(ヒノエ)!」

『うん、ボク頑張るよ』

 アシダンテの頭の中に、彼ならざる《声》が響く。

 どうして自分ならざる《声》が聞こえるのか、アシダンテには分からない。それも何故、能力に目覚める前後から聞こえ始めたのか。

 彼は自分とは違う人格の《声》に、日会という名を贈った。

 身を折らんばかりに背を反らし、激痛に身悶える寄棲獣の隻眼が開かれた。天を仰ぐ寄棲獣の視界に映るのは、巨大な剣を掲げて跳躍から下降するアシダンテの姿。

 銀の太刀筋が天から地へと垂直に引かれる。剣は強固な甲羅すら砂細工のように両断し、寄棲獣の鼻先から股間へと瞬く間に走り抜けた。縦断された正中線から、血液の間欠泉が断末魔のように噴き上がる。左半身が滑り落ちて膝を折り、前方へ倒れた。

 遅れて左半身の支えを失った右半身から、内臓が滝のように零れ落ちる。元は愛らしい笑顔を浮かべていたであろう少女の顔は、胃液で骨を覗かせるまで溶け崩れていた。

 内臓に引きずられるように右半身も左側に傾斜し、内臓の山を潰して地響きを立てる。

 誰からともなく、爆発するような喝采が上がった。アシダンテは天に向けて高らかに、アニシアは口元を押さえてくすくすと、パゴだけは沈黙している。

 それは仕事の達成よりも、間接的な復讐を果たした、歪んだ喜悦の強い笑いだ。

 ミムの生首だけは、アニシアの手の中で壊れたような笑みを浮かべていた。


 その瞬間、彼らは何一つ理解していなかった。

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