↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
271/317

第21巻 七つの輪番会議 第10章 空白化する一つの輪番枠

小さい音を聞いているあいだ、輪番布は静かだった。


輪番布。


会議場の中央ではなく、中央から少し外れた低い台に置かれている布だ。


七つの大陸を一列に並べるための布ではない。


誰が先で、誰が後かを決めるための布でもない。


それでも、輪番という言葉がある以上、順番を見たくなる手は出てくる。


だから、輪番布には最初から、七つの枠が薄く縫われていた。


薄い枠。


強く見れば見える。


少し目を離すと、布の織り目へ戻る。


リリウムの枠。


バドゥの枠。


ネフェルの枠。


リンドの枠。


ガーネルの枠。


教授の枠。


ミャオリンの枠。


そう呼びたくなる。


でも、まだ誰もそう呼んでいなかった。


呼べば、席ができる。


席ができれば、順番もできる。


順番ができれば、次に来るものを待つ目ができる。


その目を、これまで低くしてきた。


鈴が鳴らなかったあと、輪番布の一角で、糸が少し沈んだ。


音はしなかった。


光もなかった。


ただ、見えていたはずの枠の一つが、見えにくくなった。


最初に気づいたのは、ネフェルだった。


星砂袋を持ち替えた手が、途中で止まる。


「枠が、一つ」


彼女はそこまで言って、口を閉じた。


数えなかった。


リンドの視線が輪番布へ向かう。


法布の折り目は動かない。


「読めません」


短い言葉だった。


読めない。


それだけで、会議場の空気が固くなる。


読めないものは、前にもあった。


言葉にならない葉。


流れない水。


数えない星砂。


照らしすぎない法布。


遅れている席。


未完成議案。


送らない議事録。


鳴らない鈴。


けれど、輪番布の枠が読めないことは、それらとは違う重さを持っていた。


道具の一つが読めないのではない。


読めない場所が、順番の形をしている。


「消えた、ではありません」


リリウムが言葉未満札を見ながら言った。


「消えたと言うには、見えています」


「見えるにゃ」


ミャオリンが未送信灯を強くしないまま近づいた。


「でも、読めないにゃ」


バドゥは水皿を持ち上げなかった。


「流せば、濃くなるかもしれません」


言ってから、彼はすぐ首を横に振った。


「今のは、水で見えるようにしたくなった手です」


彼は水皿を戻す。


ネフェルも星砂袋を開かなかった。


「砂を置けば、枠のへこみは見えるかもしれません。でも、砂で見えた形を枠として読んでしまいます」


リンドは、法布をかぶせなかった。


「規則で保護すると、保護された枠になります。読めない枠ではなくなる」


ガーネルは、待つ席布を持って立ちかけた。


すぐに座り直す。


「待つ席を重ねれば、欠けた席に見えます」


教授は、仮説棚の方へ手を伸ばしかけた。


指先が棚の前で止まる。


「仮説に入れるには早い」


ミャオリンは、議事録外側布の空いた端を見た。


「記録すれば、事件名みたいになるにゃ」


ククルーは、鈴に触れなかった。


「みんなの手が、いろんな道具へ行きかけたね」


その声で、僕は自分の手を見た。


僕の手は、輪番布の読めない枠へ向かっていた。


触れれば分かるかもしれない。


糸の沈み方。


布の冷たさ。


見えているのに読めない、その境目。


僕の手は、知りたい手だった。


第9章で鈴の横に置いた手が、もう次の場所へ行きかけている。


「近い」


僕は、自分で言った。


手を引く。


けれど、引きすぎない。


読めない枠を怖がって遠ざかれば、枠は危ないものになる。


近づきすぎれば、理由を探す手になる。


僕は、輪番布の手前に手を置いた。


触れない距離。


逃げない距離。


「ここも、止まる手元にしますか」


リリウムが聞いた。


僕は首を横に振った。


「止まる手元だけだと、全部同じ場所に見える」


同じ名前で置くと、少し楽になる。


鈴の影の横に作った止まる手元。


そこへ、読めない枠も置いてしまえば、会議場は分かりやすくなる。


止まるもの。


鳴らさないもの。


読まないもの。


送らないもの。


流さないもの。


数えないもの。


照らしすぎないもの。


待つもの。


未完成のもの。


それらを全部、止まる手元、と呼べば、ひとつの作法に見える。


ひとつの作法に見えれば、安心する。


けれど、安心した瞬間、違いが少し薄くなる。


鈴の影と輪番布の読めない枠は、同じではない。


鈴はククルーの首元にあり、鳴らせるものだった。


輪番枠は布の中にあり、読めなくなったものだった。


鳴らせるのに鳴らさないことと、読めていたはずの線が読めなくなることは違う。


違うのに、同じ作法へ入れると、違いを見失う。


僕は、自分の手を見た。


手は、止まる手元を増やしたがっていた。


うまくいった置き方を、次にも使いたくなる。


それも便利な手だった。


「前にできたやり方を、もう一度使いたくなりました」


僕が言うと、教授が小さくうなずいた。


「研究でも、よくあります。一度役に立った手順は、次の現象にも当てたくなる」


「法でもある」


リンドが言った。


「前例は力を持つ」


「水路でもあります」


バドゥが続ける。


「一度流れた道は、次の水も通したくなる」


ネフェルは星砂袋を見た。


「一度使った数え方は、次の星にも使いたくなります」


ガーネルは待つ席布を見た。


「一度待てた場所は、次も待てる場所に見えます」


ミャオリンは未送信紙を押さえた。


「一度送らなかった理由は、次も送らない理由に使いたくなるにゃ」


リリウムは言葉未満札を見た。


「一度置けた沈黙は、次の沈黙にも同じ形を求めます」


七つの手順が、それぞれ前の成功を持っている。


成功と言ってしまうのも早い。


でも、うまく歩けた場所を、次も歩きたくなることはある。


ククルーは、読めない枠ではなく、僕の手を見ていた。


「使えたものを、もう一度使いたくなるのは自然だね」


「自然だから」


「うん。自然だから、気づきにくい」


その声で、僕は手をもう少し低くした。


止まる手元を使わない。


かといって、何もしないふりもしない。


読めない枠の手前にある場所を、まだ名前にしない。


「ここは、触れない手にします」


僕は言った。


「止まる手元ではなく」


「触れない手」


リリウムが繰り返す。


「触れない手は、触れることを前提にしています」


その指摘で、僕はまた止まった。


確かにそうだ。


触れない、と言った時点で、触れる手が近くにある。


読めない枠へ触りたい。


糸の沈み方を確かめたい。


温度を知りたい。


薄くなった線の端を指で追いたい。


触れない手という名前は、その触りたい手を含んでいる。


「含んでいるから、今は近いと思います」


僕は答えた。


「触りたくないわけではない。触りたい。だから、触れない手として置く」


リリウムは、静かにうなずいた。


「それなら、言葉未満札から遠すぎません」


ネフェルが星砂袋を少し押さえた。


「測らない手、と言うと、測りたい手を含みます」


バドゥが水皿を見た。


「流さない手も、流したい手を含む」


リンドが法布を見た。


「裁かない手も、裁きたい手を含む」


ガーネルが待つ席布を見た。


「呼ばない手も、呼びたい手を含む」


教授が原因未満札を見た。


「原因と呼ばない手も、原因と呼びたい手を含む」


ミャオリンが未送信紙を見た。


「送らない手も、送れる手を含むにゃ」


読めない枠の周りで、しないことがまた重くなった。


しないことは、何もないことではない。


したい手を含んだまま、しない。


だから疲れる。


だから、見える場所が要る。


僕は、触れない手の場所を、輪番布から少し離した。


近すぎると、触れたことになりそうだ。


遠すぎると、怖がっていることになりそうだ。


その間。


今日の距離。


けれど、今日の距離とは言わない。


言うと、前章の言葉をまた使ってしまう。


僕は、ただ手を置いた。


床は冷たくなかった。


温かくもない。


読めない枠の手前にある、何も決めない温度だった。


ククルーが、うなずいた。


「同じ名前にすると、少し安心するからね」


「安心したい」


僕は言った。


正直に言うと、少し息がしやすくなった。


「一つの枠が読めなくなっただけなのに、輪番布全体が読めなくなる気がした」


「うん」


ククルーは、僕の言葉を急がせなかった。


「一つが読めないと、全部を見直したくなることがあるね」


「全部を見直したくなる」


ネフェルが、その言葉を星砂袋の外で受けた。


「そこに数えたい手があります。七つのうち一つ、という言い方が近づいてくる」


「七つのうち一つ」


リンドが低く繰り返す。


「その言い方は、法にも近い。対象を決め、保護し、手続きを開く形を持ちます」


「水路でも近いです」


バドゥが言った。


「一つの水路が詰まったなら、どこで詰まったかを見たくなる」


「駅でも、そうです」


ガーネルが鳴らない駅鐘片を見た。


「一つの時刻欄が読めなければ、欠便と言いたくなる」


ミャオリンが耳を伏せる。


「通信でも、未達って言いたくなるにゃ」


教授は、仮説棚の外側にある灰色の布へ目を向けた。


「研究では、原因と呼びたくなります」


会議場が、少しだけ冷えた。


原因。


その言葉は、強い。


強いのに、今はまだ遠い。


教授は、すぐに小さな札を取り出した。


白ではなく、薄い灰色の札だった。


そこに、ゆっくり書く。


原因未満札。


「原因ではありません」


教授は言った。


「原因と呼びたくなった手です」


彼は、原因未満札を仮説棚に入れなかった。


輪番布の上にも置かなかった。


読めない枠の手前、僕の手から少し離れたところに置く。


原因未満札は、軽かった。


軽いのに、置かれた場所だけ少し沈む。


「原因を探さない、という規則にもしたくありません」


リンドが言った。


「規則にすると、探した人を責める形になります」


「探したくなる手は、ここにある」


僕は、自分の手を見た。


「責めたくない」


ククルーが、静かに言う。


「知りたい手は、悪い手じゃないからね。近すぎると、先に名前をつけちゃうだけで」


その言い方は、僕の手を軽くした。


悪い手ではない。


だから、見える場所へ置ける。


見える場所へ置けるから、枠へ押し込まずにすむ。


ミャオリンは未送信灯を低くしたまま、議事録外側布の端へ何も書かない余白を増やした。


「送らない議事録にも、これは書かないにゃ」


「書かないのに、残すのですか」


リリウムが聞いた。


「残すにゃ。反応灯にもつながないにゃ。外へ出すと、読めない枠が『何かあった枠』になるにゃ」


「何かあった枠」


ガーネルが、その言葉を聞いて、待つ席布のしわを見た。


「遅れている席とも違います」


「違うにゃ」


ミャオリンはうなずいた。


「遅れている席は、待つ席にゃ。でも、読めない枠を待つ席にすると、誰かが来ないみたいになるにゃ」


ガーネルは、待つ席布を輪番布から少し遠ざけた。


「これは、欠席にしない方がいい」


彼は小さな布を出した。


黄昏駅の掲示片と同じ色ではない。


もっと薄い、朝になる前の灰色だった。


「欠席にしない布」


そう言って、読めない枠の横に置く。


重ねない。


かぶせない。


横に置く。


読めない枠は、欠席ではない。


でも、欠席にしたくなる手があったことは、見える。


「空白化」


ネフェルが、かすかに言った。


星砂袋の中で、砂が一粒だけ動く。


彼女はすぐ、袋を押さえた。


「今の言葉も、強いです」


「でも、見えている」


リンドが言った。


「読めない、だけでは足りない。枠が、空白の方へ寄っています」


空白化。


その言葉は、会議場の中央へ行きたがった。


議題になりたがった。


速報になりたがった。


仮説になりたがった。


法になりたがった。


水路になりたがった。


星図になりたがった。


欠席になりたがった。


ククルーの鈴も、その言葉の重さで揺れそうに見えた。


でも、鳴らなかった。


「空白化、と呼ぶなら」


ククルーは言った。


「呼んだあとに、急いで閉じないようにしたいね」


「閉じない」


僕は繰り返した。


「うん。呼ばないと見えないこともある。でも、呼ぶと見えなくなることもあるから」


ククルーは、輪番布を見ている。


前に立つ目ではない。


隣から、布の織り目を見る目だった。


「今日は、言葉の入口だけにしておこう」


その言葉で、僕たちは空白化という名前を、中央へ置かなかった。


ネフェルが砂を出さずに、袋の口へ小さな結び目を作る。


リンドは法布の外側へ、細い月光の影だけを落とす。


バドゥは水皿を回さず、皿の水面が揺れないのを待つ。


リリウムは、言葉未満札の裏へ、何も書かない指の跡を残す。


ガーネルは欠席にしない布の端を、待つ席布とは別の向きに折る。


教授は原因未満札を、仮説棚の外側よりさらに手前へずらす。


ミャオリンは議事録外側布の端を、反応灯から少し遠ざける。


僕は、輪番布へ触れない手を、そのまま置いた。


読めない枠は、読めないままだった。


薄い糸は、布の織り目へ沈みかけている。


でも、消えてはいない。


何の枠かも、まだ決めない。


誰の枠かも、決めない。


順番の何番目かも、言わない。


ただ、一つの輪番枠が、読めなくなった。


それだけを、会議場は見た。


見たあとで、何もしないわけではない。


何もしないことにして、通り過ぎるわけでもない。


原因未満札。


欠席にしない布。


触れない手。


低い未送信灯。


鳴らない鈴。


それらを、読めない枠の周りへ置いた。


囲むためではない。


近づきすぎる手の足元を、見えるようにするためだった。


会議場の外では、まだ誰かが待っている。


その人たちには、何も届いていない。


届いていないことも、いつかは何かに見えるかもしれない。


でも、今ここで届かせれば、空白化した輪番枠は、会議の結果になってしまう。


結果ではない。


警告という言葉にも、まだしない。


失敗にも、欠席にも、証拠にも、原因にも、しない。


第10章で、一つの輪番枠は空白化した。


けれど、誰かが消えたことにはしなかった。


どこかが悪かったことにも、何かが襲ってきたことにも、しなかった。


原因未満札は、仮説棚に入らず、読めない枠の手前に置かれた。


欠席にしない布は、枠にかぶさらず、横で低く折られた。


輪番布は、まだ七つを閉じなかった。


一つが読めなくなったことで、残りを急いで読めるものにしなかった。


空白は、会議の中央へ上がらなかった。


低い台の上で、読めない枠のまま、次の息を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。