↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
259/317

霧の中の電脳樹 11 霧と信号の読み場

霧は、昼になっても晴れなかった。


晴れないことが、今日は助かった。


もし霧がすっかり薄くなっていたら、旅人たちは奥まで見える道を、見える分だけ進める道だと思ってしまったかもしれない。


今は、足元の苔と、根の白い曲がりと、胞子灯の低い明滅だけが見える。


その見える範囲の中に、読み場を作ることになった。


リリウムは、湿った台から大きめの布を運んできた。


布は、葉の裏に触れていたため、ところどころ色が濃い。


ミャオリンは、乾いた台から遅い信号紐を持ってきた。


紐には、青い点が不規則についている。


まっすぐ伸ばせば、点の間隔を数えられる。


だが、ミャオリンは紐をまっすぐ伸ばさなかった。


「霧読み台にするにゃ」


「台なのに、布なのですね」


旅人が言うと、リリウムは布の端を持ち上げた。


「固い台にすると、ここに置いたものが動かない形になりすぎるね」


「にゃ。信号紐も、張ると道になるにゃ。今日は、道にしないにゃ」


布は、根の上に直接置かれない。


細い木片を四つ、低く置き、その上に布がふわりとかけられた。


布の中央は少し沈む。


沈んだところに霧がたまる。


それが、霧読み台になった。


名前はついたが、完成した場所ではない。


旅人は、布の沈みを見た。


霧がたまっている。


文字ではない。


音でもない。


けれど、そこへ耳を近づけると、根音皿で聞いた低いずれと似た気配がある。


リリウムは、胞子灯を一つ、霧読み台の左側へ置いた。


胞子灯は、葉の色に近い淡い光で明滅する。


ミャオリンは、未送信灯を一つ、右側へ置いた。


未送信灯は、青い光を持っている。


二つの灯りは、同じ高さに置かれなかった。


胞子灯は、少し低い。


未送信灯は、少し奥にある。


「高さをそろえないのですか」


旅人が尋ねた。


「そろえると、同じものとして比べたくなります」


リリウムが答えた。


「にゃ。どちらが返事か、どちらが結果か、決めたくなるにゃ」


ミャオリンは、未送信灯の下に小さな空き箱を置いた。


箱は、灯りを高くするためではない。


灯りの下に、何も入っていない場所を見せるためだった。


リリウムは、胞子灯の下に湿った葉を敷いた。


葉は光を受けるが、光を写さない。


ただ、胞子灯のまわりに、湿りの輪を作った。


空き箱の中には、霧が少しだけ入った。箱は空のままに見える。だが、ただの空とも言い切れない。霧が入っていると言えば、入れたものになる。空だと言えば、霧が見えなくなる。ミャオリンは、箱の口を閉じなかった。


「空き箱なのに、空ではないですね」


旅人が言うと、ミャオリンは耳を動かした。


「にゃ。空と言い切ると、何もない箱になるにゃ。霧が入ったと言い切ると、霧を保管した箱になるにゃ」


リリウムは、湿った葉の端を少しだけ折った。折ったところに、胞子灯の光がたまりそうになる。たまりそうになるだけで、葉は光を閉じこめない。


「こちらも、受けています。でも、写していません」


「空き箱は、入れていない。湿った葉は、写していない」


旅人は、二つを並べて言いかけて止めた。


並べると、対になりすぎる。


リリウムはうなずいた。


「対にしすぎると、霧読み台の中央が強くなります」


ミャオリンは、空き箱を少し斜めにした。リリウムは、湿った葉をその反対側へ動かさなかった。左右がそろわない。そろわないから、二つの灯りは読み比べるための装置にならない。


旅人は、二つの灯りを見た。


似ているようで、似ていない。


どちらも、暗い場所で見えるものだ。


けれど、胞子灯は森の中で息をするように明滅し、未送信灯は送られなかった信号の手前で低く残る。


同じ結果ではない。


同じ合図でもない。


同じ祝福の名前にまとめることもできない。


「ここに戻って聞けるようにします」


リリウムは言った。


「戻って、読むのではなく」


旅人が聞く。


「読む前に聞けるように、です」


ミャオリンは、遅い信号紐を霧読み台の周りへゆるく置いた。


紐は輪にならない。


途中で切れたように見える形で止まり、端はそれぞれ違う方向を向いた。


「閉じないのですね」


「閉じると、ここを通れば戻れる、という手順になりすぎるにゃ」


「戻れる場所を作るのに、手順にしない」


「にゃ。手順だけにすると、戻れなかったときに失敗になるにゃ」


旅人は、遅い信号紐の端を見た。


ひとつは端保管布のほうを向いている。


ひとつは読まない道札のほうを向いている。


もうひとつは、湿った台と乾いた台の間の根へ向いている。


どの端も、何かへ届いていない。


だが、向きはある。


届かない向き。


その向きが、霧読み台の周りに残された。


ククルーは、鈴置き台のそばに座ったまま、霧読み台を見ていた。


「ここへ来たら、分かるようになるのかな」


リリウムは、首を横に振った。


「分かる場所ではありません」


ミャオリンも言った。


「にゃ。分からないまま、もう一度聞ける場所にゃ」


ククルーは、少しだけ息を吐いた。


安心したようにも、残念そうにも見えた。


そのどちらかに決めなくていい息だった。


旅人は、霧読み台の手前に足を置いた。


足元の霧は、浅い。


浅いが、底は見えない。


歩ける。


けれど、どこまで行けるかは分からない。


分からないまま足を置くと、足の裏が少し冷たくなる。


その冷たさは、砂皿市から持ってきた、言葉になる前の冷たさに似ていた。


旅人は、足を引かなかった。


進んだ、と言うほど前へは出ない。


止まった、と言うほど後ろへも戻らない。


霧読み台の手前で、足元を選んだ。


リリウムは、その足元の横へ小さな木片を置いた。


「分からないまま進む足元です」


「名前にしてしまっていいのですか」


旅人が言うと、リリウムは少し笑った。


「名づけるのではなく、ここに置いた言葉です。動かせます」


ミャオリンは、木片の横に空の小札を置いた。


「にゃ。あとで違う言い方にしてもいい札にゃ」


木片と空の小札。


それだけで、足元は少しだけ軽くなった。


霧読み台の上で、胞子灯が明るくなった。


その少しあとに、未送信灯も青くなった。


同時ではない。


順番でもない。


片方が片方へ返したわけでもない。


ただ、近い時間に光った。


ミャオリンは、手帳を開きかけて、閉じた。


「書きたくなりました」


「書かないのかな」


「今日は、光ったことではなく、書きたくなった手を置くにゃ」


ミャオリンは、乾いた台から小さな鉛筆を持ってきて、霧読み台の外側に置いた。


鉛筆は削られている。


書ける。


だが、紙の上には置かれない。


リリウムは、湿った台から葉の端を持ってきた。


葉の端には、胞子灯の光が当たった跡が淡く残っている。


「光った跡を、灯りの結果にしないために」


葉の端は、鉛筆の横に置かれた。


鉛筆と葉の端。


書けるものと、書かれない跡。


その二つは、霧読み台の外側で並んだ。


ククルーは、さっき置いた声未満札を見た。


名前未満札のそばに置かれた、小さな湿り紙。


言ったことを消さないための札。


けれど、言ったことを証言にしないための札。


霧読み台の光を見ていると、その札も少しだけ青く見えた。


青くなったのではない。


未送信灯の光が、斜めから触れただけだ。


それでも、旅人は一瞬、声未満札が返事をしたように感じた。


「今、声の札が光ったように見えました」


旅人が言うと、ククルーはすぐには答えなかった。


リリウムは声未満札へ触れない。


ミャオリンも手帳を開かない。


三人とも、札ではなく、札を見た手のほうを待っているようだった。


「返事にしたくなるね」


ククルーが言った。


「ぼくが言ったことに、何かが返ってきたように見える。そう見えると、次はもっと話せばいいのかなと思ってしまう」


声は、低かった。


隠してはいない。


けれど、開ききってもいない。


旅人は、その低さを大切にしたくなった。


大切にしたくなると、すぐ守るための言葉を探したくなる。


つらかったのか。


思い出しかけたのか。


聞いていいのか。


どの問いも、声未満札へ近すぎた。


旅人は、問いを声に出さなかった。


代わりに、鉛筆の横へ置かれた葉の端を見た。


書けるもの。


書かれない跡。


その横に、言えたもの。


言い切らない声。


四つが並ぶと、霧読み台の外側は、少しだけにぎやかになった。


にぎやかになると、整理したくなる。


整理したくなると、書けるものと言えるものを同じ札へ入れたくなる。


リリウムは、声未満札を鉛筆の横へ寄せなかった。


少し離したまま、霧読み台の布のしわを指で押さえた。


「声は、書かない跡と近いですが、同じではありません」


「にゃ。声は、送らない信号とも近いにゃ。でも同じにすると、声を送信結果にしたくなるにゃ」


ミャオリンは、未送信灯をさらに少しだけ斜めにした。


光は声未満札へ直接当たらなくなった。


札は青く見えない。


青く見えないから、返事が消えたわけでもない。


返事がなかったと決めるわけでもない。


旅人は、見え方が変わっただけで、気持ちが少し動いたことに気づいた。


「光の向きだけで、返ってきた気がしたり、返ってこなかった気がしたりします」


「その気がする手も、読み場へ置けます」


リリウムは、霧読み台の手前へ、細い灰色の葉柄を置いた。


葉はついていない。


柄だけだ。


「これは、声を乗せるものではありません。声の向きが変わって見えた時に、すぐ答えへ走らないための柄です」


ククルーは、少しだけ笑った。


「ずいぶん細い支えだね」


「太いと、支えたことが分かりすぎます」


「うん。分かりすぎる支えは、すぐ証拠になるからね」


ククルーの声は、さっきより少し軽かった。


軽くなったから安心、とも言わない。


軽くなったように聞こえた、だけを置く。


旅人は、その聞こえ方を胸の内側で低く持った。


旅人は、胸の奥に少しだけ熱が戻るのを感じた。


ここまで来た。


何かを作れた。


そう言いたくなる熱だった。


だが、霧読み台は完成した制度ではない。


誰にでも使える手順でもない。


祝福の技名でもない。


ただ、戻って聞くために、今日ここへ置いた場所だ。


「これを、持っていけるかな」


ククルーが尋ねた。


「持っていくと、場所がなくなるからね」


リリウムは答えた。


「にゃ。でも、何も持っていかないと、戻る向きが分からなくなるにゃ」


ミャオリンは、遅い信号紐の端から、ほどけた糸くずを一つだけ取った。


切ったのではない。


もともとほどけていた糸くずを、拾った。


リリウムは、霧読み台の布から落ちた小さな湿りを、木片に移した。


水滴ではない。


布の色が濃くなった跡だけだ。


「持っていくのは、場所そのものではなく、戻る向きの端です」


リリウムは言った。


ミャオリンは、糸くずを小さな紙に包まなかった。


そのまま、浅い連絡袋の外側に仮に添えた。


「次へ向かう前に、何を送るかを決めるにゃ。今はまだ、袋に入れないにゃ」


旅人は、浅い連絡袋を見た。


まだ開いている。


端保管布も、読まない道札も、霧読み台の湿りも、すぐには入れられない。


入れれば、持ち出せるものになる。


だが、まだこの森に置いておく必要がある。


旅人は、もう一度足元を見た。


霧は浅い。


底は見えない。


それでも、足は置ける。


分からないまま進むとは、見えない底を信じることではない。


見えている足元だけを、低く選び直すことだ。


旅人は、一歩だけ進んだ。


霧読み台から離れすぎない一歩。


戻れると決めるには近すぎる。


戻れないと怖がるには、まだ低い。


胞子灯は、淡く光った。


未送信灯は、少し遅れて青くなった。


二つの光は、同じ意味にならないまま、霧の中で並んだ。


その並びを、誰も答えと呼ばなかった。


誰も技の名にしなかった。


誰も完成した仕組みとして持ち帰らなかった。


ただ、戻って聞ける場所がある。


その場所を、今日の森の中に残した。


旅人は、霧読み台、端保管布、読まない道札を順に見た。


次に必要なのは、これらをひとつにまとめることではない。


七つの輪へ送るなら、ひとつの答えではなく、空白のまま運ばなければならない。


霧読み台の湿りは、浅い連絡袋の外側で、まだ袋に入る前の冷たさを保っていた。


リリウムは、霧読み台の端を少しだけ持ち上げた。


布の下には、湿った土がそのまま残っている。


台を作ったのに、下の土は消えていない。


「持ち上げると、台ではなく布に見えます」


旅人が言うと、リリウムは布を戻した。


「だから、持ち上げすぎません」


ミャオリンは、未送信灯を霧読み台から少し離した。


灯が近すぎると、台を照らすものに見える。


遠すぎると、関係のない灯に見える。


その中間を探して、ミャオリンは何度も置き直した。


「ここにゃ」


置いた場所は、少し斜めだった。


「正面ではないのですね」


「にゃ。正面に置くと、読み方を決める灯になるにゃ」


リリウムは、胞子灯の向きも少し変えた。


二つの灯は、霧読み台を挟まない。


挟むと、中央に答えがあるように見える。


二つは、台の外側で、互いの光を少しだけ見失う位置に置かれた。


旅人は、そこへ戻ってくるときのことを考えた。


戻ってきても、同じ見え方にはならないだろう。


霧の濃さも、灯の弱さも、足元の湿りも、そのとき変わっている。


それでも、ここに戻れる。


同じ答えを得るためではない。


同じ場所で、違う分からなさを聞くためだ。


「戻る場所が、同じ答えをくれるとは限らない」


旅人が言うと、ミャオリンは笑わずにうなずいた。


「それでいいにゃ」


ククルーは、鈴置き台から霧読み台を見た。


「同じ答えが出ない場所へ、戻れるんだね」


その言い方は、不安ではなく、少し不思議そうだった。


リリウムは、霧読み台の端へ小さな葉を一枚置いた。


「戻るたびに、葉の向きは変わるかもしれません」


「でも、葉が置かれたことは残る」


旅人が言う。


「はい。残るのは、答えではなく、置いた手です」


霧読み台は、また低い布に戻った。


制度でも、道具の完成でもない。


戻って聞くたびに、少しずつ置き直される場所として、森の中に残った。


ミャオリンは、浅い連絡袋の外側に添えた糸くずを、もう一度だけ見た。


糸くずは軽い。


軽いのに、袋の外側へ置くと、袋全体の持ち方が少し変わる。


手が、そこを避ける。


避けるから、あることを忘れにくい。


「これ、入れないほうが目立つにゃ」


ミャオリンが言った。


リリウムは、霧読み台の湿りを移した木片を見た。


「目立たせるために外へ置くと、今度は目印になります」


「にゃ。目印にすると、みんなそこを見るにゃ」


「そこだけを見ると、戻る向きが細くなります」


二人の言葉は、反対しているようで、同じ場所を見ていた。


持っていくものは、入れれば荷物になる。


外へ添えれば、目印になる。


何も持たなければ、戻る向きが薄くなる。


旅人は、浅い連絡袋の外側を見た。


袋の口は開いている。


だが、入れていいものは、思ったより少ない。


入れないまま添えておけるものも、思ったより少ない。


「全部、外側に添えるわけにもいかないんですね」


ククルーは、鈴置き台の横から小さくうなずいた。


「外側も、いっぱいになるからね」


「外側も」


「うん。中に入れないだけで、軽くなるとは限らないよ」


ククルーは、浅い連絡袋の縫い目を前足で押さえなかった。


押さえると、そこが正しい置き場所に見えてしまうからだ。


かわりに、袋の少し手前へ、何もない葉柄を一本置いた。


さっき霧読み台へ置いた葉柄よりも、さらに細い。


葉も、湿りも、青い点もない。


ただ、持つ手の前で一度止まるための細さだった。


「これは?」


旅人が聞くと、ククルーは首を傾けた。


「持つ前のしるし、かな」


「持つためではなく?」


「持つために置くと、すぐ持ちやすくなる。今は、持ちやすくする前に、手を一度止めたいんだ」


ミャオリンは、糸くずを葉柄の横へ近づけた。


すぐに、少し離した。


近すぎると、糸くずと葉柄が一組に見える。


離しすぎると、別の場面の残りものに見える。


ミャオリンは、何度か置き直し、最後に、指一本分だけずらした場所で止めた。


「これくらいにゃ。説明しにくいけど、これくらいにゃ」


「説明しにくい場所を、そのまま残すのですね」


リリウムが言った。


ミャオリンは、少しだけ耳を伏せた。


「にゃ。説明できる位置にすると、ネオンシャではすぐ使える場所になるにゃ」


「森では、すぐ使える場所になると、すぐ踏まれることがあります」


リリウムは、湿った木片を糸くずから離した。


木片の湿りは、袋の外側へ直接触れない。


触れると、袋全体が湿ったものとして扱われる。


離しすぎると、森に置いていくものとして忘れられる。


その間で、木片は少しだけ斜めに置かれた。


旅人は、その配置を見ているうちに、胸の中の言葉がまた動くのを感じた。


戻る向き。


持つ前のしるし。


外側がいっぱいになる。


どれも、名前にできそうだった。


だが、名前にした瞬間、三つは同じ棚へ入ってしまう。


「名前をつける前に、置き方で分けるんですね」


ククルーは、少しだけ目を細めた。


「うん。言葉より先に、手元が分けてくれることもあるよ」


「言葉より先に」


「でも、言葉を使わないということではないんだ。あとで言葉にするために、今は急がない」


その言い方は、前に聞いた朝の声に少し似ていた。


机の上のカードを一枚だけ選ぶような、急がない声。


今日も小さな発見を拾っていくための声。


旅人は、ククルーが答えを持っているからそう言うのではないと分かった。


ククルー自身も、知りたい。


知りたいのに、今すぐ知ったことにしないために、低い道具を一つずつ置いている。


浅い連絡袋の外側には、糸くず、細い葉柄、湿った木片が並んだ。


どれも、袋の中には入っていない。


どれも、森へ完全に置いていくわけでもない。


どれも、次の会議で見せるための証拠ではない。


持ち上げる前に、手を一度止めるためのものだった。


リリウムは、三つの位置を見て、何も書かなかった。


ミャオリンは、未送信灯を少し暗くした。


ククルーは、鈴置き台を見たまま、鈴を鳴らさなかった。


旅人は、ようやく浅い連絡袋へ手を伸ばした。


手は、糸くずの前で止まる。


葉柄の前で、もう一度止まる。


湿った木片の前で、少しだけ低くなる。


その三つの止まり方を覚えてから、旅人は袋を持ち上げた。


袋は、さっきより重くない。


けれど、持ち方はさっきより慎重だった。


慎重さは、答えではない。


だが、次の場所へ空白を運ぶための、最初の足元にはなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。