↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
139/317

第11巻 歯車街の未完成式 第8章 できたことにしない祝福

翌朝、仮説を置く棚の前には、小さな光が集まっていた。


光そのものが来たわけではない。


歯車街の人たちが、祝福を受けた小発明を持ってきたのだ。


半歩先へ進む配達台車の車輪には、薄い金色の線がひとすじ走っている。


伝声管の金属花は、声が通るたび、花びらの端だけが淡く光る。


早く開きたがる小窓の羽根板には、湯気が通ったあと、点のような光が三つ残っていた。


どれも、きれいだった。


きれいだから、すぐに言いたくなる。


できた。


うまくいった。


祝福が来たのだから、もう完成だ。


旅人は、その言葉が自分の手の中で熱くなるのを感じた。


白い仮置き札を出す。


何も書かないまま、棚の前の低い台へ置いた。


「今日は、祝福を見ます」


ピペット教授は言った。


「ただし、祝福を完成印にしません」


ネジリは、もうノートを開いていた。


でも、最初の行を書かない。


鉛筆の先を紙に近づけたまま、止めている。


「祝福は、できた印ではない」


ネジリは、声に出して言った。


「書いてよいですか」


「書いてよいです」


教授は答えた。


「ただし、題名にはしません」


ネジリは、ページの中央ではなく、左下に小さく書いた。


`祝福は、できた印ではない`


その横へ、昨日の棚から持ってきた札を置く。


`うれしいから急ぐ`


ククルーが、伝声管の花をのぞき込んだ。


「きれいだね」


「きれいだね」


教授はうなずく。


「だから、危ない」


「きれいなことが危ないのですか」


伝声管の職人が、少し不安そうに聞いた。


「いいえ」


教授はすぐ首を振った。


「きれいなものを、証明にしたくなる手が危ないのです。きれいさは、悪くありません」


旅人は、その言い方を覚えた。


祝福を悪くしない。


喜びを責めない。


でも、祝福の光を、完成の印にしない。


その三つを同じ手で持つのは、少し難しい。


棚の前に、今日のための小さな台が置かれた。


冷まし台ほど広くない。


でも、正解棚ほど高くもない。


台の上には、透明な薄板が三枚並んでいる。


一枚めには、`光ったところ`。


二枚めには、`光らなかったところ`。


三枚めには、`光ったと言いたくなるところ`。


「三枚めがあるのですね」


旅人が言うと、教授は笑った。


「今日は、三枚めが大事です」


最初に持ち込まれたのは、配達台車だった。


粉屋の人が、台車を棚の前まで押してくる。


台車は、昨日ほど先へ進まない。


でも、粉の袋を載せると、車輪の金色の線がすう、と光った。


粉屋の人は嬉しそうに笑った。


「ほら、祝福が通った。今朝は半歩がちゃんと座るんだ」


言ってから、自分で口を押さえた。


「ちゃんと、と言いたくなった」


教授は、何も責めない。


ただ、一枚めの薄板へ小さな紙を置いた。


`車輪の外側が光った`


二枚めへ、もう一枚。


`車輪の内側は光っていない`


三枚めへ、粉屋の人が自分で書いた。


`ちゃんと座ったと言いたくなる`


台車は、低くぽん、と鳴った。


それは完成の音ではない。


でも、少し嬉しい音だった。


ククルーが台車の前に座り、車輪の金色の線を見た。


「半歩が、全部いい子になったわけではなさそうだね」


粉屋の人は笑った。


「よい子にしたくなるんだよ。光るとね」


「光ると、褒めたくなります」


「そう」


粉屋の人は、台車の持ち手に触れた。


「褒めるのは悪くない。でも、褒めると、次に光らなかった時、がっかりしすぎる」


その言葉を聞いて、旅人は、祝福の反対側を見た気がした。


光った日。


光らなかった日。


どちらも、小発明の問いの一部だ。


次に、伝声管の職人が金属花を持ってきた。


管へ声を通すと、花びらの端が淡く光る。


「おはようございます」


職人が言う。


向こうから、少し遅れて声が返る。


「おはようございます」


花びらの端が光る。


ネジリが思わず言った。


「返事が待てています」


言ったあと、すぐに棚を見る。


昨日の札。


`置くことも急ぐ`


その下に、新しく紙を足す。


`待てていると言いたくなる`


教授はうなずいた。


「言いたくなる手を見えましたね」


「はい」


ネジリは、伝声管の光を三枚の薄板へ分けた。


`花びらの端が光った`


`管の奥は見ていない`


`待てていると言いたくなる`


伝声管の職人は、三枚めを見て、少し苦笑した。


「待てていると言われると、次から待てなかった時に、恥ずかしくなりそうだ」


「それじゃ、恥ずかしくなる手も置こう」


ククルーが言った。


教授が棚の下段へ、細い布を敷く。


そこには、`できなかった時の顔を先に置く` と書かれた札があった。


職人は、自分の顔を描いたわけではない。


ただ、小さな丸を一つ描いた。


その丸を布の上へ置く。


「これでいいですか」


「よいです」


教授は答えた。


「顔を細かく描きすぎると、また自分だけの責任に見えます」


調理場の人は、小窓の羽根板を持ってきた。


湯気が通ったあと、点のような光が三つ残る。


点は、湯気を見る前、湯気が来た時、湯気が通ったあとを示す紙帯の位置に近かった。


「三つ、光りました」


調理場の人は、少し誇らしげに言う。


「三つとも光ったから、今度こそ」


そこで止まる。


「今度こそ、何ですか」


教授はやわらかく聞いた。


調理場の人は、笑って肩をすくめた。


「今度こそ、小窓が分かってくれた、と言いたくなりました」


「分かってくれた」


ククルーが繰り返す。


「あたたかい言葉だね」


「はい」


教授は言った。


「あたたかい言葉は、冷ます時に消えやすい。消さずに置きましょう」


三枚の薄板へ、紙が置かれる。


`三つの点が光った`


`板の裏は光っていない`


`分かってくれたと言いたくなる`


調理場の人は、その三枚めの紙を長く見た。


「分かってくれた、と言うと、次に分かってくれなかった時、少し腹が立つかもしれない」


「腹が立つ手も、置けます」


教授は棚の横に新しい札を足した。


`祝福が来たのに、と言いたくなる`


その札を見て、周りの人たちが少し静かになった。


祝福が来たのに。


光ったのに。


きれいだったのに。


そういう言葉は、喜びのすぐ隣にある。


旅人は、待つ針の包みを持ち直した。


祝福は、うれしい。


うれしいから、できたことにしたくなる。


できたことにしたあとで、できなかった日が来ると、祝福まで責めたくなる。


それは、祝福を完成印にする手なのだろう。


ピペット教授は、棚の前に小さな灯りを置いた。


灯りの火は、金色ではない。


少し青い。


「これは何ですか」


ネジリが聞く。


「祝福の色と、発明の結果を分けるための灯りです」


教授は言った。


「金色の光だけを見ると、祝福が成功の色に見えます。青い灯りを横に置くと、光ったところと影になったところが分かれます」


青い灯りがともると、配達台車の金色の線は細く見えた。


伝声管の花びらの光は、端だけに残った。


小窓の三つの点は、板の表面だけにあると分かった。


きれいさは消えない。


でも、きれいさが全部をおおわない。


「祝福は、発明を褒めに来たのではないのですか」


子どもの声がした。


昨日、風車を持ってきた子どもだった。


手には、風をつかまえる練習中の風車がある。


羽根の一枚だけ、金色に光っていた。


「褒めに来ることもあるかもしれません」


教授は言った。


「でも、褒めるためだけに来たと決めると、祝福が狭くなります」


「狭くなる?」


「はい。祝福は、問いが通った場所を照らすことがあります。まだ通っていない場所を、暗いまま残すこともあります。暗いところは、失敗ではありません」


子どもは、風車の光っていない羽根を見た。


「ここは、まだ風が通っていない?」


「そうかもしれません」


「悪い羽根じゃない?」


ククルーが、そっと首を振った。


「悪い羽根じゃないよ。まだ風の話を聞いていない羽根だね」


子どもは、ほっとした顔をした。


そして、風車を三枚の薄板の前へ置く。


`一枚だけ光った`


`三枚はまだ光っていない`


`全部光らせたい`


ネジリは、その三枚めを見て、うなずいた。


「全部光らせたい手」


「うん」


子どもは言った。


「全部光ったら、完成って言いたい」


「言いたい手は、ここへ置けます」


旅人は、白い仮置き札の横へ、小さな空きを作った。


子どもはそこへ、自分で書いた紙を置いた。


`完成って言いたい`


その文字は、大きくて、少し斜めだった。


でも、正直な字だった。


棚の前にいる大人たちが、その字を見て、少し笑った。


笑ったのは、子どもを笑ったのではない。


自分にも同じ字があると分かったからだ。


教授は、棚の上段に新しい札を置いた。


`完成と言いたい日は、完成を見る日ではない`


ネジリが目を丸くする。


「難しいです」


「難しい札です」


教授は認めた。


「今日、全部分からなくてかまいません。難しい札は、難しいまま置きます」


旅人は、その札の下に、昨日の砂時計を置いた。


金色の砂時計。


まだひっくり返されていない。


「今日は使いますか」


ネジリが聞く。


「少しだけ」


教授は砂時計を横に倒した。


砂は落ちない。


立てないのだ。


「使うのでは」


「今日は、試す前の時間を立てません。横に置きます」


横になった砂時計は、時間を測らない。


でも、そこにあることで、試したい手が見える。


祝福が光ると、すぐ試したくなる。


もう一度光るか。


全部光るか。


光らなかったところも光るか。


それを試したい手を、今日は横に置く。


「祝福を消費しないためですか」


旅人が聞くと、教授は少し考えた。


「消費、という言葉は今日は大きいですね」


旅人はうなずいた。


「使いすぎないため」


「それでも少し大きい」


ククルーが、砂時計の横へ前足を置いた。


「もう一度光らせたい手を休ませるため、ではどうです」


教授は笑った。


「よいです」


旅人は、その言葉を紙に書いた。


`もう一度光らせたい手を休ませる`


棚の中段へ置く。


祝福は、呼び出して使うものではない。


光ったから、同じ光をもう一度求めるものでもない。


光った場所を、今見える範囲で受け取る。


光らなかった場所も、暗いまま置く。


それが、今日の作法なのだろう。


昼近く、ギアロートの蒸気が遠くで白く丸まった。


棚の上の金色の線や点が、一瞬だけ強く光った。


みんなの目がそちらへ行く。


完成。


回復。


分かった。


そう言いたくなる空気が、棚の前にふくらむ。


教授は、何も言わず、青い灯りを少し横へずらした。


影が変わる。


金色の光は、強くなった場所だけでなく、まだ届いていない場所も見せた。


配達台車の車輪の内側。


伝声管の奥。


小窓の裏。


風車の三枚の羽根。


光らなかったところが、失敗のように見えない位置へ戻ってくる。


「祝福が来た日は、暗いところも見えやすくなるのですね」


旅人が言うと、教授はうなずいた。


「そうです。祝福は、全部を金色にするだけではありません」


「暗いところを責めないためにも、来る」


「よい仮説です」


教授は言った。


「棚へ置きましょう」


旅人は紙に書く。


`祝福は、暗いところも見せる`


その紙を、中央ではなく、青い灯りの横へ置いた。


ネジリは、それを見て、しばらく黙っていた。


「私は、祝福が来たら、できたって言えると思っていました」


声は小さい。


でも、消えない。


「できたって言えたら、安心できると思っていました」


教授は、すぐ励まさなかった。


ククルーも、すぐ言葉を足さない。


旅人は、待つ針の包みを台の端に置いた。


ネジリの手が、少しそこへ近づく。


触れない。


でも、近くにあるだけで、手が少し休む。


「安心したい手も、祝福のそばにあります」


旅人が言うと、ネジリはうなずいた。


「はい」


ネジリは、自分で紙を書いた。


`安心したいから、できたと言いたい`


その紙を、`うれしいから急ぐ` の隣へ置く。


「ここでいいですか」


「はい」


教授は答えた。


「安心は、急ぎと隣にいてもよいです」


午後、棚の前の小発明たちは、それぞれ持ち主のもとへ戻った。


配達台車は、車輪の金色の線を光らせたり消したりしながら、粉屋の入口で半歩を座らせる。


伝声管は、花びらの端を光らせても、返事を言い終わる前に出さない。


小窓は、三つの点が光っても、湯気を見る前に開きすぎない。


風車は、一枚だけ光った羽根を誇らしげに回し、光らない三枚も一緒に風を待つ。


どれも、完成ではない。


でも、祝福がなかったことにもならない。


祝福は、そこに来た。


来たから、問いが少し見えた。


見えたから、できたことにしたくなる手も見えた。


夕方、教授は棚の前に小さな札を一枚残した。


`祝福は、完成印ではない`


朝、ネジリが左下に書いた言葉と同じだ。


でも、今度は少し大きい。


題名ではない。


ただ、明日も見える大きさだ。


「明日は、風路へ行きます」


教授は言った。


「祝福をもう一度光らせるのではなく、風の中で、動かす/止める以外の試し方を見ます」


「検証の風路」


ネジリが言う。


「はい」


教授はうなずいた。


「高い場所です。言葉も少し浮きやすくなります」


ククルーが旅人を見上げる。


「それじゃ、重しを忘れずに」


旅人は、白い仮置き札、透明な観察札、待つ針の包みを確かめた。


そして、棚に残った紙を見た。


`完成って言いたい`


`もう一度光らせたい手を休ませる`


`祝福は、暗いところも見せる`


`安心したいから、できたと言いたい`


それらの紙は、夜の光の中で静かだった。


静かだから、終わったのではない。


静かなまま、明日の風を待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。