第15話『お姉様』
この世界の人間で、魔法を使える者はほんの一握りだ。
それを戦いに使えるほど洗練させられる者は、当然より希少になる。
その力を前に、それ以上些細な暴力が振るえるはずもない。
話は終わったとばかりに、ヴィクトリアが立ち上がる。
レオンもノワールの手を取ってその背中を追う。その時。
「お姉様……!」
そう声を上げたのは、双子の妹。セレスティ。
この家で唯一ノワールを虐げはしない。かといって助けるわけでもない。限りなく『存在しないもの』として扱ってきた、光の神子だ。
セレスティはノワールの片手を握る。
「この家からお姉様がいなくなってしまうなんて、寂しいです」
儚く揺れる睫毛。人形のような容姿に、ノワールの視線でさえ釘付けになってしまう。
何の違和感もなく、ごく自然に、まるで仲の良い姉妹のようにセレスティは身を寄せてくる。
互いのドレスが重なった場所で、ノワールの手にきつく刻まれた爪痕は、誰にも気付かれることはない。
「さようなら、お姉様」
そう別れを告げる、双子の妹の瞳は今までになく昏い色を宿していた。
「さて、片付いたな」
馬車の中でヴィクトリアは上機嫌だった。
反してレオンは苛立っていた。
「あの男がノワールを襲った時、なぜ何もしなかったのです?」
「お前がいたからだ」
「俺が間に合っていなかったら、ノワールは怪我をしていたんですよ」
「あれすら止めきれない間抜けに、私の弟が務まるはずもない」
「ああ言えばこう言う……!」
雑に髪を掻くレオンに、ヴィクトリアはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ふふ、『どう扱っても』文句は言わないとさ」
「………………」
「お言葉に甘えて、好きなように扱わせていただこう」
ぶり返した怒りを飲み込むようにレオンは黙り込む。
長い脚を組み替えたヴィクトリアは改めてノワールへと向き直る。
「さて。これで今日からお前は、正式にヴァレンシュタイン家の人間だ。式を挙げる日まではローゼンベリアの姓のまま、婚約者兼客人という立場にはなるが……」
「……!」
ノワールは今頃実感したように息を詰めた。
もう、あの家に戻ることはない。もう、陽の差さない部屋で夜を待つことはしなくていい。
自分を殴る拳に怯えることもない。
自分の名を呼んでくれる人たちと、一緒に暮らしていけるのだと。
何か言いたげに何度か開かれた唇は、やがて薄い笑みの形を描く。
「ありがとう……ございます」
呟くように溢れた言葉を自分で噛み締めるように、ノワールはそっと瞼を伏せた。
満足そうに瞳を細めたヴィクトリアはふと気付いたように声を上げる。
「ああ、そうだ。ノワール。レオンの婚約者、ひいては妻となるのなら、私は義理の姉ということになる」
「……はい」
その言葉には何が続くのだろうと、ノワールの言葉の端に緊張が走る。
「では、私のことは『お姉様』と呼ぶべきだ。違うか?」
「………………」
「姉上。ノワールが困っていますよ」
「なぜだ。お前は『レオンさん』で、私だけ『ヴィクトリア様』なのはおかしいだろう」
そんな会話を繰り返しながら、馬車はヴァレンシュタイン家の屋敷へと向かっていった。
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