第10話 啖呵
授業が始まった。
数学の授業だ。
どうやら俺が休んでいた間、新しい単元に入ったらしい。そのせいで、先生の言っている内容が、ほとんど分からない。まるで外国語を話しているように、
内容をあまり理解する事ができない。いったい先生は何を言っているんだ。
それに俺は、そもそも数学の中でも図形が特に苦手だ。何も頭に入って来ない。
「見る?」背中をトントンと叩かれる。そこには一葉のノートだ。きちんと色ペンを用いながら上手くメモを取っている、かのように思った。そして多分これは前の学校でのノートだろう。うちの学校よりも偏差値の高い学校だ。
内容は少し難しそうだったが、読んでで分かりやすい。一葉は頭がいいから、ノートも分かりやすい形で書けるのだろう。
読んでいたら、よくわかる。そんな感じがした。
「ありがとう」
そう言って俺はノートを返した。
「もういいの?」
「大丈夫。中々分かった」
それに、俺がノートを占有していたら、一葉が新しい内容をノートに書けないだろう。
それに、また分からない内容が出てきたら、その時はまたノートを見せてもらえばいいだろう。
そんな感じで、授業を受けていく。
――昼休み。俺は、
「一葉、ご飯を食べる前に少しいいか?」
一葉に、ご飯を一緒に食べようと言われたが、その前に俺にはやらなければならない事がある。
「一葉は先に行っててくれ」
そう言って、俺は理子の席に向かう。
「なあ、理子」
怖いけど、でも言わなければならない事だ。
ストレスに打ち勝たなければならない。
「……少しいいか」
「なんで、あんたと話したい事なんてないんだけど」
「お前は良くても俺は困るんだ」
一葉がおずおずとした感じで見る。
屋上にはいかずに、俺たちの会話を傍から見ているようだ。
ビビっている。そんな感じがしている。
だけど大丈夫だ、一葉。
俺は弱い自分から脱却するためにここに来たんだ。
「理子、あの噂を」
「あははははは」
その瞬間だった。
理子が高笑いをした。
「何を言ってるの。この浮気男」
「俺は浮気男なんかじゃ」
「なら、あの女は何よ。実はあの女と付き合ってるんじゃないの? あたしを馬鹿にしてるんじゃないの?」
「違う!」
「そうだ、あの女と付き合うために、そうしたんじゃないの。浮気してあたしから離れたんじゃないの?」
明らかに恍惚無形な話に聞こえる。
だけど、そう思っているのは俺だけで、皆はもう理子の話を信用している。
この馬鹿げた話を。
俺の味方は少ないのだ。
それこそ、一葉くらいしか俺の味方はいないのではないだろうか。
「馬鹿にしないでよ」
叫ぶ声が聴こえた。
俺はそちらの方向を向く。そこには一葉がいた。少しみっともないと感じた。
俺は結局一葉に頼ってしまっている。情けなさで胸が苦しくなってしまう。
「一葉……」
俺はそう、呟く。
「来なくてもいいのに」
「私は、恭介君が変な事を言われてる。それを見るのが嫌なの」
そう、一葉は叫ぶ。
「あなた達は」
一葉は、観客席に語り掛けた。
この事件をただただ、エンタメ気分で見ている人たちにだ。
「これでいいの?」
その言葉には、確かに力が込められていた。
怒りの感情が現れていると、感じた。
「この人の甘言に乗せられてていいの?」
「何を言ってんのよ」
「恭介君が正しいっていう可能性を一瞬でも考えたりしたの?」
一葉は怯む様相を見せない。本気みたいだ。
「私は、あなた達みたいに馬鹿じゃないから、自分の頭で考えられるの。理子さんの言っていることはおかしいって!!」
一葉は言い切った。その表情はまるで勇者の物だった。
が、しかし。
「転校生なら空気読めよ」
「何も知らないくせに」
「理子さんを傷つけんな」
「カスが」
暴言を吐かれていく。
「っ」
俺は下唇を噛んだ。
一葉を巻き込みたくはなかったどうしてこうなったのだろうか。
一葉は踵を返し、俺の手を取った。
「ご飯食べに行こうよ」
その言葉に俺は頷いた。周囲の注目が俺たちに集まる。理由は単純。
……一葉が啖呵を切ったという事もあるだろうが、一葉が俺の手を取ったという事だろう。
周囲から見たら、こんなのもうカップルにしか見えないだろう。
屋上で二人きり。そこでご飯を食べていく。だけど、なんとなく味がそこまでしない。
それに、あんなことが起きてしまった。
それを感じると、どうしてもつらい部分がある。
「何が正解なんだろうな」
「誰にも分からないよ。それは」
一葉は箸を器用に使い、ご飯を食べていく。
「でも、私は後悔してないよ。恭介君。それにさっきはかっこよかったし」
「お世辞は辞めてくれよ」
みっともない。結局、
「俺は……何もできなかった。……一葉がいなかったら……な」
「なら、さ。……感謝して今日も私にゲームで気持ちよくさせてよ」
「それはごめんだ」
「なんでよ」
「ゲームでわざと負けるのは心情に反するからな」
「そっかそうだよね」
そして、
「今日は楽しいね」と、一葉は笑って言ったのだった。
その後、教室に戻ると、場の雰囲気が明らか悪かった。
俺たちに好意的な視線は、ほとんどないだろう。むしろ、嫌悪的な視線が多いと感じた。
しんどいな、と思う。味方は一葉以外にいない。周りのほとんど全員が観客か、もしくは理子の味方だろう。
だけど、一葉がいるから、なんとなく気分は悪くはない。
それどころか、周りを気にしなくていい。気を使わなくていい、なんて考えたら気楽だ。




