第16話 断罪
神代による剣真の指導が始まってから1週間が経ったある日、訓練場の入口から、軽い足音が響いた。
「お、やってるね」
気の抜けたような声。
振り返ると、そこに立っていたのは東堂だった。
いつもと同じラフな雰囲気。
どこか余裕のある空気を纏っている。
「課長、お疲れ様です」
瑠璃が軽く手を挙げる。
「ん、お疲れ」
東堂は気楽に返すと、そのまま剣真に目を向けた。
「だいぶ動けるようになってきたみたいだね」
軽く笑う。
剣真は少し戸惑いながらも頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「いやいや、まだまだでしょ、新人甘やかすのよくないですよ。課長」
神代はきっぱり言う。
東堂は苦笑いし、そのまま壁に軽く寄りかかると、本題に入った。
「で、剣真の成長ぶりを見るにはちょうどいい任務があるだけど」
空気が少しだけ変わる。
「都内の天顕教の歴史的重要文書が保管されている歴史施設で異形が出た」
さっきまでの軽さはそのままなのに、言葉の重みが違う。
「今回、予想される異形の危険レベルは低いんだけど、珍しいことに2体同時に発生している、それにあそこは天顕教にとってとても大切な記録史料がたくさん収められている、間違いなく敵の目的は史料だろう。もしかすると、異形に2体は囮で、背理教の異能力者が史料を奪いに来るかもしれない。だから今回は瑠璃を隊長として、副隊長に神代もついてもらう。瑠璃のサポートをしてほしい」
視線が神代へ。
「いつも通り頼むよ。神代神父」
「了解、あとこいつも連れてきますね」
神代が剣真の顔を見ながら言う。
東堂は頷いてから、剣真を見る。
「剣真も行く?」
軽い聞き方。
でも——断れる空気じゃない。
「……行きます」
東堂は少しだけ笑った。
「いいね」
一歩だけ近づく。
「無理はしないでくれ。瑠璃も神代もいるしなにも心配はいらない。まだ君は第二課見習いってとこだから、先輩方の戦闘を見学しそこから学ぶことも仕事の内だよ。」
今までの軽い雰囲気とは違い真剣な面持ちで剣真に言う。
でもその一言に、ちゃんとした信頼が乗ってる。
そのまま踵を返す。
去り際に、ひらっと手を振る。
「じゃ、頼んだよ。」
現場に急行すると、
石造りの廊下に、鈍い音が響く。
崩れた壁。
散乱した史料。
その中央に——“それ”は立っていた。
第一の異形、どことなく熊のような特徴を備えている。
異形が、動いた。
床を蹴る音すら遅れて響くほどの速度。
その瞬間——
神代が、わずかに口元を歪めた。
「……リリース」
小さく、呟く。
次の瞬間だった。
空気が、変わる。
神代の周囲から、圧が溢れ出す。
目に見えるわけではない。
だが、確かに“何か”が膨れ上がる。
剣真の背筋に、ぞくりとした感覚が走った。
(……なんだ、これ)
呼吸が、一瞬止まる。
目の前にいるのは人間のはずなのに——
そう思えない。
神代は、何も身につけていなかった。
第二課の戦闘服すら、着ていない。
それなのに。
次の瞬間、姿が消えた。
「——っ」
剣真の視界から、完全に消える。
気づいたときには。
神代はすでに、異形の懐にいた。
異形が反応する間もない。
踏み込みは、最小。
だが、その一歩に無駄はない。
腰が入る。
拳が引かれる。
そして——
「——天顕式武術一式」
間。
「断罪」
低い声と同時に、拳が叩き込まれた。
鈍い衝撃音。
空気が弾ける。
次の瞬間、異形の身体が歪む。
内側から砕けるように——
崩壊した。
跡形もなく、消滅する。
静寂。
わずか一瞬の出来事だった。
神代はゆっくりと拳を下ろす。
何事もなかったかのように。
その背中は、あまりにも静かだった。
だが——
剣真の目には、それが
“異常な強さ”として焼き付いていた。
(やっぱりこの人めちゃくちゃに強い...)




