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ミラーコメント

作者: 水音凪
掲載日:2025/11/13

大学三年の佐伯拓真は、深夜0時ちょうどにライブ配信を始めた。

アプリは「LiVeeライブ」——最近大学の友人たちの間で流行っている配信アプリだ。

授業もバイトもない金曜の夜。軽いノリで始めた深夜トーク枠のつもりだった。


「お、もう入ってくれてる人いるね。こんばんはー」


コメント欄に〈初見です〉〈声落ち着く〉と流れ、

拓真は気分よく、コンビニで買った缶チューハイを開けた。


三十分ほど経ったころ、コメントが一つ流れた。


〈部屋、後ろきれいですね〉


振り返ると、いつも通り散らかった部屋。

洗濯物、教科書、ベッド。どこが“きれい”なのか分からない。

気のせいだと思い、そのまま話を続けた。


〈それ、昨日も着てたね〉


妙なコメントが続いた。

昨日の配信はしていない。

誰かが別の配信者と勘違いしてるのかと思い、笑って流した。


〈このあと、ノックされますよ〉


拓真は眉をひそめた。

コメント欄はすぐに流れ、話題が切り替わった。

その数秒後、

――コン、コン。

本当にノック音がした。


心臓が跳ねた。

深夜一時過ぎ、宅配便も友人もありえない。

そっとドアを開けると、誰もいない。

怖さを誤魔化すようにスマホに戻ると、コメントが一気に流れていた。


〈戻ってきた〉

〈ちゃんと映ってるよ〉

〈今度は、鏡の方見て〉


部屋の隅、姿見の鏡。

配信画面にも小さく映っている。

拓真は鏡を画面越しに覗き込みながら、

半笑いで「なんだよ、ホラー仕掛けか?」と呟いた。


そのとき、コメントが止まった。

そして一行だけ、ゆっくりとコメントが流れた。


〈鏡の中の君、まだ動いてないよ〉


そのコメントを読んだ瞬間、背筋がひやりとした。

拓真は笑ってごまかそうとしたが、声がうまく出なかった。

配信画面のコメントは止まったまま。

まるで視聴者全員が同じ方向を見て息を潜めているようだった。


「……鏡、の中の俺?」


拓真はスマホを手に取り、カメラを切り替えて鏡を映した。

そこには、いつもの自分。

無表情でスマホを構えた青年が、画面の中にいる。

何もおかしくない。


そう思ったのは一瞬だった。


画面越しの自分のまばたきが、半拍遅れた。

反射のズレなどありえない。

光のタイミングでも、ネットのラグでもなかった。


「……え、今の、見えた?」

震える声で言うと、コメント欄が一斉に再開した。


〈見えた〉

〈やっと動いたね〉

〈今、鏡の方が本物だから〉


「何それ……?」


拓真は、笑えなかった。

鏡の中の“自分”は、スマホを持つ角度も、表情も、完璧に同じ。

ただ――その“自分”の口だけが、何かを呟いていた。

音はない。けれど唇の動きが、はっきり読めた。


「タクマ、うしろ」


反射的に振り返る。

そこには、何もいない。

暗い部屋。

パソコンの光と、スマホの白い画面だけが彼を照らしている。


「やめろよ、マジで……」


拓真は配信を切ろうとした。

だが、アプリが反応しない。

“終了”をタップしても、ボタンが沈まない。

代わりにコメント欄に、また一行。


〈切るのはお前じゃない〉


スマホを床に落とした瞬間、

鏡の中の“拓真”が、笑った。


それは、こっちの拓真が笑っていないのに、笑っていた。


スマホを拾い上げ、再起動しようとする。

だが画面は真っ黒のまま、電源が入らない。

鏡を見ると、向こうの“自分”がスマホをいじっている。

まるで逆。

鏡の中が、こちらを映しているようでいて、主導権を持っていた。


そして、配信アプリの通知音が鳴った。

《LiVeeコメント通知:佐伯拓真さんがライブを開始しました》


「……は?」


拓真は息を飲む。

自分は、今配信をしていない。

けれどスマホに、もう一つの“自分の配信”が表示されている。

サムネイルには、鏡の中の部屋。

鏡の中の“彼”が、こちらを見ている。


配信タイトルには、こう書かれていた。


『ミラーコメント ― 本物のほうです』



画面の中の“自分”が、ゆっくり口を開く。

その唇の動きを、拓真ははっきり読めた。


「コメント、して。」


翌朝。

LiVeeのトレンドには、新しい人気配信者の名前が並んでいた。


佐伯拓真@本物です


配信タイトルはこうだった。


『コメントありがとう。鏡の向こうから全部見えてるよ』


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