サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプス~今日の買取奮闘記~
ここは、買取専門店『時の蔵』。
店長であるコオタは、高額なブランド品よりも、むしろ趣味の古い切手やブリキのおもちゃを愛する変わり者。対照的に、アルバイトの桃香は生粋のブランド品マニアだ。
店のカウンターで、コオタは渋い顔で段ボールを検品していた。中身は古いルイ・ヴィトン。
「うーん……ルイ・ヴィトンね。なんでこんなに値段がつくんだろう。単なるビニールコーティングのキャンバスじゃないか」
「コオタ店長!」
桃香が頬を膨らませた。
「それは違いますよ!あの耐久性とデザイン、そして何より『歴史』が詰まってるんです!しかも、これ、全部懐かしい廃盤モデルじゃないですか!」
桃香は段ボールを覗き込み、目を輝かせた。
「見てください!この四角いバッグは『サンクルー』!フランスの地名から取られたポシェット型で、普段使いしやすいサイズ感が魅力だったんですよね!」
「へえ、サンクルーか」
コオタは無関心ながらもメモを取る。
「ポシェット型、と。あと、この丸っこいのはなんだ?」
「あ、それはエリプスですね!楕円形という名の通り、ころんとしたフォルムがかわいいと人気でした!残念ながらもう作られていませんが」
その時、店のドアが開き、常連客の田崎さんが入ってきた。
田崎さんはいつも洒落た格好をしており、ブランドの歴史や相場にやけに詳しい謎多き人物だ。
「やあ、コオタくん、桃香ちゃん。またヴィトンの話かい?」
田崎さんはカウンターに肘をついた。
「田崎さん!ちょうど今、ヴィトンの廃盤モデルを査定しているところです」
桃香は田崎さんに、残りのバッグを見せた。
「これは何かわかりますか?この舟形っぽいショルダー!」
田崎さんは眼鏡をクイッと上げ、目を細めた。
「これは『トゥルーヴィル』だね。フランスのビーチリゾートの名前で、元々は化粧品を入れるバニティバッグとしてデザインされたんだ。だから、内ポケットもたくさんあって、旅行にも便利だった」
「トゥルーヴィル……化粧ポーチ!なるほど、多機能なわけだ」
コオタは感心したようにメモに書き足す。
「そして最後の一つ。この四角くて、フラップが大きくて、ちょっとビジネスバッグっぽいのは?」
桃香が差し出したバッグを見て、田崎さんは懐かしそうに微笑んだ。
「これは『ドルーオ』だ。これも地名からきているね。どちらかというとシンプルなデザインで、ショルダーバッグとして使いやすかった」
桃香はパチパチと目を瞬かせた。
「すごい!サンクルー、エリプス、トゥルーヴィル、ドルーオ!全部が廃盤モデルで、それぞれにストーリーがあるんですね!」
「そういうことだ、桃香ちゃん」
田崎さんは頷く。
「買取店ではね、これらの廃盤モデルは、単に古いだけじゃなくて『もう手に入らない』という価値があるから高値がつくんだ。特に状態が良いオールドヴィトンは、コレクターにとってはたまらない代物だよ」
コオタは査定機を操作しながら、ぼそっと言った。
「なるほど。サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプス……フランスの地名から取られたバッグたち。歴史と希少性。勉強になりました、田崎さん」
「コオタ店長にしては素直だ!」
桃香が嬉しそうに言う。
「でも、俺には結局、高額なルイ・ヴィトンより、子供の頃集めていた一枚百円の切手シートの方が価値がある気がするんだよな」
「ええーっ!」桃香はひっくり返りそうになった。
「まあまあ」
田崎さんが穏やかに笑い、コオタにささやいた。
「ちなみにコオタくん、今君が査定しているトゥルーヴィルとドルーオの内側のポケット……ちょっとベタついてないか?」
「え?ああ、確かに少し……」
「それはね、オールドヴィトンによくある現象で、内側の素材(合皮)が経年劣化で加水分解を起こしているんだ。査定時にはそのベタつきの有無と、モノグラムキャンバスのひび割れや乾燥を見て、最終的な価格が決まるんだよ」
コオタはベタついたポケットを見て、思わず顔をしかめた。
「げっ、ベタベタだ……」
桃香は逆に目を輝かせた。
「ベタつき!それこそが時の流れの証!これがあるからこそ、また買取需要があるんです!直して使う人もいますし!」
コオタは疲れたようにため息をついた。
「結局、俺の目の前にあるのは、サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプスという名の、ベタついた廃盤ヴィトンか……」
「でも、コオタ店長!」
桃香が最後に満面の笑みで言った。
「このベタつきも、きっと愛のある誰かに引き取られて、また輝きを取り戻します!それに、今日の要点は四つのバッグの名前!サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプス!もう覚えましたよね?」
コオタは諦めたように査定書にサインした。
「ああ、覚えたよ。サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプス。……あ、そういえば、田崎さん、今日は何かお売りになるんですか?」
「いや、今日は君たちの会話が面白かったから、サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプスの知識を仕入れにきただけだよ」
そう言い残し、田崎さんは颯爽と店を出て行った。
残されたコオタと桃香は顔を見合わせる。
「……結局、あの方、何者なんだろう?」
「きっと、サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプスの真の魔術師ですよ!」
そして、桃香はベタついたトゥルーヴィルの匂いを嗅ぎ、「いい香り!」と叫び、コオタは再び高額品嫌いの顔に戻ったのだった。
サンクルー、ドルーオ、トゥルーヴィル、エリプスの買取は、今日も無事に完了した。




