ブルマン80とマスター ウルトラスリム ムーンとエルメスのベルト達 〜今日の買取奮闘記〜
営業終了の札をかけ、僕、店長のコオタはカウンターの奥で今日の最大の敵と睨み合っていた。
それは、圧倒的な存在感を放つ巨大なトランク、ルイ・ヴィトンのブルマン80だ。
「はぁ……。でかい……。このヴィトン ブルマン80、一体何が入るんだか……。僕なら3人くらい入れそうだ……」
僕がその威圧感に気圧されていると、バックヤードから戻ってきたアルバイトの桃香ちゃんが、目を輝かせた。
「店長、今日の買取品は素敵なものばかりですね!このヴィトン ブルマン80なんて、旅のロマンが詰まってますよ!」
彼女は巨大なトランクの隣に置かれた、二本のベルトを手に取った。
「見てください!こちらのエルメス コンスタンスベルト!大きなHのバックルが象徴的ですよね!まさにこれぞコンスタンスベルト!っていうオーラがあります!」
「ふーん、Hのベルトか…」
「こっちも素敵ですよ!エルメス シェーヌダンクルベルトです!錨の鎖がモチーフの、このシェーヌダンクルのデザインは、わかる人にはわかる上品さがありますよね!コンスタンスベルトとは対照的です!」
僕にはどちらも「高級なベルト」にしか見えない。
僕が曖昧に頷いていると、カランコロン、とドアベルが鳴った。
「こんばんは。おや、素晴らしい品々が揃っているね」
閉店後の常連客、田崎さんの登場だ。彼はカウンターの品々を一瞥した。
「堂々たるヴィトン ブルマン80。かつて豪華列車で旅をした、古き良き時代の風格がある。そして、二本のエルメスベルトか。自己を主張するコンスタンスベルトと、歴史を静かに語るシェーヌダンクルベルト。持ち主はきっと、使い分けを楽しんでいたんだろうね」
田崎さんは最後に、小さなショーケースに置かれた腕時計に目を留め、ほう、と息を漏らした。
「そして、これは……ジャガー・ルクルトのマスター ウルトラスリム ムーン。なんと美しい時計だ」
「じゃがー…るくると…ますたー…うるとらすりむ…むーん…?」
僕はその長すぎる名前に、完全に思考を停止させた。
田崎さんは、そんな僕の様子を楽しそうに見ながら、ゆっくりと解説してくれた。
「ジャガー・ルクルトは、数々の高級時計ブランドに機械を供給してきた『時計職人のための時計職人』と呼ばれる名門だ。このマスター ウルトラスリム ムーンというモデルは、その名の通り、極限まで薄さを追求した『ウルトラスリム』なケースに、月の満ち欠けを示す『ムーンフェイズ』を搭載している。このジャガー・ルクルト マスター ウルトラスリム ムーンは、技術と芸術の結晶だよ」
田崎さんの言葉に、桃香ちゃんは「月の満ち欠け…ロマンチックです…!」とうっとりしている。
エルメスのコンスタンスベルトとシェーヌダンクルベルト。
ヴィトンのブルマン80。
そしてジャガー・ルクルトのマスター ウルトラスリム ムーン。
今日も覚えることがいっぱいだ。
一通り解説が終わり、桃香ちゃんが僕にいたずらっぽく質問した。
「じゃあ店長!もし、この巨大なヴィトン ブルマン80を持って豪華列車で旅に出るなら、ベルトはどっちを選びますか?主張の強いエルメス コンスタンスベルト?それとも、通好みのエルメス シェーヌダンクルベルト?」
僕の答えに、二人の視線が集中する。僕は少し真面目な顔で考え、そして答えた。
「どっちもいらない」
「えっ?」
と二人が驚く。僕は胸を張って続けた。
「こんなに美しいジャガー・ルクルト マスター ウルトラスリム ムーンを腕に着けていたら、僕のズボンは、月の引力でずり落ちないはずだからな!」
その瞬間、桃香ちゃんが盛大にズッコケた。
「それは時計の機能じゃありません!万有引力です!」
隣で田崎さんが
「ははは、コオタ君は新しいファッション理論を確立したようだね」
と、肩を揺らして笑っている。
夏の終わりの「時の蔵」は、今日も平和な笑い声に包まれていた。




