ホースビットとブランドンとマカリスターと〜今日の買取奮闘記〜
8月最後の日曜日の夕方5時過ぎ。
そろそろ閉店の時間が近づいてきた「時の蔵」では、過ぎゆく夏を惜しむかのような蝉の声が、店の外から微かに聞こえていた。
今日の買取は、なぜかビジネスアイテムが中心だった。
僕、店長のコオタは、カウンターに並べられた革靴たちを前に、静かに遠い目をしていた。
「革靴って、なんでこんなにどれも同じに見えるんだろう……」
「店長、全然違いますよ!」
僕の呟きを聞きつけたアルバイトの桃香ちゃんが、呆れたように声を上げた。
「例えばこちら!これはグッチのホースビット ビジネスシューズです!馬具のハミを模した、このホースビットという金具がグッチの象徴なんですよ!このホースビットが付くだけで、一気にイタリアの伊達男って感じがしますよね!」
「だておとこ…」
僕には縁遠い言葉だ。桃香ちゃんは続けて、小さなリングを手に取った。
「お客様、こちらのグッチ 750 アイコンリングも置いていかれましたよ」
「ななひゃくごじゅう?すごい番号だな。限定750個とかそういうやつか?」
「違います、店長!」
僕の素人丸出しの質問に、桃香ちゃんは即座にツッコミを入れる。
「この750というのは、金の純度が75%の18金、K18っていう意味の刻印です!そして、このGGロゴが等間隔に彫られたデザインこそが、グッチのアイコンリングの証なんです!750は大事なポイントですよ!」
僕が金の刻印について一つ賢くなったところで、カウンターのもう一角に置かれた、別の革靴に目を移した。
「じゃあ、こっちのアレンエドモンズっていうのは何なんだ?さっきのグッチとは違うのか?」
「アレンエドモンズはアメリカの歴代大統領も愛用したと言われる、高級革靴ブランドです!」
桃香ちゃんは二足のアレンエドモンズを並べてみせた。
「こっちのシンプルなプレーントゥがアレンエドモンズ ブランドンで、こちらの翼みたいなギザギザの飾りが付いているのが、アレンエドモンズ マカリスターです!」
「ぶらんどん…まかりすたー…」
僕が必死に名前を反芻していると、カランコロン、とドアベルが鳴った。
「おや、アレンエドモンズが二足も。ブランドンとマカリスターか。良い靴は、持ち主の格を実直に上げてくれるからね」
閉店間際にふらりと現れたのは、常連客の田崎さんだった。
「田崎さん!」
「イタリアの洒落っ気を感じるグッチのホースビットと、アメリカの質実剛健さを感じるアレンエドモンズ。同じビジネスシューズでも、国柄が透けて見えるようで面白いね。今日の買取品からは、デキるビジネスマンの姿が目に浮かぶようだ」
田崎さんはそう言うと、最後に残ったトートバッグを指さした。
「こちらのイヴ・サンローラン RLL トートバッグも、A4サイズがしっかり入って、ビジネスシーンで活躍する優れものだ。グッチの750 アイコンリングを指にはめ、アレンエドモンズのブランドンかマカリスターを履きこなし、このイヴ・サンローランのRLL トートバッグを携える。完璧なコーディネートだね」
田崎さんの完璧な解説に、僕はもうぐったりだった。
「はぁ……ビジネスマンも大変だなぁ……覚えることがいっぱいで……」
すると、桃香ちゃんがいたずらっぽく笑って僕に聞いた。
「じゃあ店長が、理想のビジネスマンになるなら、どの靴を履きますか?おしゃれなグッチのホースビット?それとも、実直なアレンエドモンズ?」
僕の答えに、桃香ちゃんと田崎さんの視線が集中する。僕は少し考えて、自信満々に答えた。
「うーん……僕は、アレンエドモンズの…『ブランドン』でも『マカリスター』でもなく…」
「…なく?」
「…『アレン・デ・ゴザンス』かな!なるべく店でのんびりしてたいの!」
僕の渾身のダジャレに、一瞬の沈黙が流れた後、桃香ちゃんが盛大にツッコんだ。
「それブランド名ですらありません!ただの願望じゃないですか!」
隣で田崎さんが、肩を揺らして静かに笑っている。
夏の終わりの「時の蔵」は、今日も平和そのものだった。




