ヴォー!革の声を聴け!〜カントリー、カザック、シッキム、ヘリテージ〜
閉店後の片付けも終わり、静けさが戻った「時の蔵」。
アルバイトの桃香が、棚に並べられた様々なエルメスの革見本を眺めながら、しみじみと呟いた。
「シェーブルとか、ネゴンダとか…エルメスの革って、本当に色々あって奥が深いですね。まだまだ知らない子たちが、たくさんいそうです」
「ふん、お前が知ってる革なんて、まだほんの入り口だぞ」
コオタ店長が、いつものように軽口を叩く。
「では今夜は、少しマニアックで、個性豊かなレザーたちを、何かに例えながらご紹介しましょうか」
片付けを手伝ってくれていた田崎さんが、優雅な特別講座を始めてくれた。
【たとえ話①:実直で頑固な、田舎のお父さん】
「まずはこちら、ヴォー・カントリーという革です」
と田崎さんが、少し大きめの型押しがされた革見本を指差した。
「このヴォー・カントリーは、例えるなら『実直で頑固な、田舎のお父さん』です。エプソンと同じ型押し革ですが、より大きめの型押しで、この通り、しっかりとした硬さを持っています。まさに、質実剛健な『田舎のお父さん』。この硬さが、ヴォー・カントリーの魅力であり、信頼の証なのです」
「なるほど! 硬くてしっかり者の、ヴォー・カントリーお父さん! 覚えました!」
【たとえ話②:都会的で器用な、ハーフの転校生】
「次はこちらの、ヴォー・カザック」
田崎さんが指差したのは、滑らかで発色の良い革だった。
「この比較的新しい革、ヴォー・カザックは、『都会的で器用な、ハーフの転校生』といったところでしょうか。人気のトゴのような革目を持ちながら、表面はスイフトのようになめらかで、発色も良い。まさに、トゴとスイフト、二つの名家の良いところを併せ持ったサラブレッド。このヴォー・カザックは、すぐにクラスの人気者になること間違いなしです」
「トゴとスイフトの中間! ハーフの転校生、ヴォー・カザックくんですね!」
【たとえ話③:二つの顔を持つ、ミステリアスな女性】
「では、こちらのヴォー・シッキムはどうでしょう」
田崎さんが見せてくれたのは、驚くほど柔らかく、軽い革だった。
「この革は、『軽やかでミステリアスな、二つの顔を持つ女性』です。非常に柔らかく軽量で、そして何より、この裏表の色が異なるダブルフェイス仕様が特徴なのです。表の顔と裏の顔、どちらも抗いがたい魅力を持っているのが、このヴォー・シッキムの魔力ですね」
「その柔らかさと軽さゆえに、型崩れしやすい」
と店長が付け加える。
「ヴォー・シッキムは、扱いにも気を遣う、まさに『魔性の女』だ」
【たとえ話④:デリケートで、育てるお嬢様】
「最後はこちら、ヴォー・ヘリテージです」
田崎さんは、うっとりするほど滑らかな革を桃香に手渡した。
「この革は、『育ちの良い、少しデリケートなお嬢様』です。あのバレニアに似て、使い込むほどに美しい飴色に変化していく経年変化を楽しみつつも、バレニアよりさらにデリケートで滑らかな質感を持つ。この雌仔牛の革、ヴォー・ヘリテージを、傷つけずに美しく育てられるかは、持ち主の深い愛情次第、というわけですね」
「バレニアに似た経年変化、でももっとデリケート! ヴォー・ヘリテージお嬢様!」
桃香はすっかり感心した様子で、復唱した。
「ヴォー・カントリーお父さんに、ヴォー・カザックくん、ヴォー・シッキムさん、そしてヴォー・ヘリテージお嬢様…完璧に覚えました!」
「ふん、くだらん。だが、まあ、覚えやすいならそれでいい」
店長は、少しだけ認めたように言った。
その時、桃香がキラキラした目で店長を見つめた。
「じゃあ、店長はどの革タイプですか?」
唐突な質問に、店長は少し考えた後、ぶっきらぼうに答えた。
「…俺は、ヴォー・エプソンだ。傷に強くて、型崩れもしにくい。実用的で、一番扱いやすいだろ」
その答えに、桃香はぶんぶんと首を横に振った。
「えー! 店長、そんなに扱いやすくないですよ! むしろ、傷つきやすいバレニアみたいに、本当は繊細でデリケートじゃないですか! 私、知ってます!」
渾身のフォロー(?)のつもりが、店長の逆鱗に触れたらしい。
「……誰がデリケートだッ!!」
店長の真っ赤になった顔と、桃香のきょとんとした顔、そしてお腹を抱えて笑う田崎さん。
閉店後の「時の蔵」は、今日も賑やかな声に包まれていた。




