エルメスと主要な素材
夏の日差しが降り注ぐ午後、「時の蔵」の扉がカラカラと音を立てて開いた。店内には、ブランド品特有の華やかな空気が漂っている。しかし、店長のコオタは、今日も一点物の高額品には、どこか及び腰だ。
「はぁ……また、すごいのが来ちゃったな」
コオタがため息をつくと、アルバイトの桃香が目を輝かせる。
「店長!またエルメスですか!?今度は何でしょう!?」
桃香は、生粋のブランド好き。特にエルメスのバッグには目がなく、買取があると誰よりも興奮する。コオタは苦笑しながら、カウンターに置かれたバーキンを指さす。
「どうやら、ヴォー・エプソンのバーキンらしいんだけど……」
桃香はバーキンに駆け寄り、瞳を輝かせながらバッグを撫でる。
「うわぁ!やっぱりエプソンは良いですね!店長、ヴォー・エプソンは型押しカーフで、硬めでハリがあって、軽量なんです!それに、傷や汚れに強いから、傷つきにくいし、型崩れもしにくいんですよ!」
立て板に水のごとく説明する桃香に、コオタは感心する。
「へぇ、桃香は本当に詳しいなぁ。ヴォー・エプソンは傷に強いのか。だから日常使いに良いって言われるんだな」
そこへ、店の奥から常連客の田崎さんがひょっこり顔を出す。いつも何かしらのブランド品を持ち込んでは、コオタと桃香の会話に加わる、やけに詳しい謎の人物だ。
「おや、エプソンですか。良いですねぇ。ところで、桃香さん、ヴォー・エプソンと似て非なるものも多いんですよ。例えば、トゴとトリヨン・クレマンスの違いはご存知ですか?」
桃香は少し得意げに答える。
「もちろんです、田崎さん!トゴはナチュラルカーフで、柔らかめでシボ感がありますけど、シボの粒が細かく均一なのが特徴です!傷はつきにくいですけど、油断は禁物ですね!重さも中程度で、型崩れもしにくいです!」
「その通り!そして、トリヨン・クレマンスは、同じくナチュラルカーフですが、柔らかくしっとりしていて、大きめのシボが特徴ですね。やや傷つきやすいですが、そのくったり感がカジュアル向きで、ピコタンやリンディによく使われます」
コオタは二人の専門的な会話に、頭がクラクラしてきた。
「し、シボって何だっけ……?」
桃香がすかさず補足する。
「店長!シボっていうのは、革の表面にある独特のシワ模様のことですよ!」
「なるほど、あのボコボコした感じか!じゃあ、スイフトとかボックスカーフみたいに、ツルツルした革はシボがないってことか」
田崎さんがニヤリと笑う。
「その通りです、店長。スイフトはスムースカーフで、なめらかで発色が良いのが特徴。とても柔らかいですが、その分傷がつきやすいというデメリットもあります。軽いですし、型崩れもしにくいですが、きめ細かく滑らかな質感が魅力ですね」
「へぇ、スイフトは発色が良いのか!じゃあ、あの鮮やかな色のケリーとかはスイフトが多いのかな」
桃香が頷く。
「そうなんです!そして、ボックスカーフは、これもスムースカーフですが、ツヤがあって滑らか、高級感がすごいんです!でも、その分傷や水に弱いので、ヴィンテージケリーなんかによく使われますけど、丁寧な取り扱いが必要なんです」
コオタは感心しきりだ。
「うわー、革って奥が深いなぁ。まさか、同じエルメスのバッグでも、素材によってこんなに特徴が違うとは」
桃香はキラキラした目でコオタに訴えかける。
「そうなんです!だから、素材を知っていれば、査定の時にその素材の良さや、お手入れの状態なんかも見て、より正確な査定ができるんです!」
コオタは、目の前のバーキンと桃香、そして田崎さんを交互に見る。
「なるほどねぇ……。つまり、このヴォー・エプソンのバーキンは、硬くてハリがあって、傷に強くて軽いから、普段使いにもってこいってことだな!よし、それなら自信を持って高価買取しちゃおうかな!」
コオタが高額買取という言葉を口にするたび、どこか渋い顔をするコオタだが、今日ばかりは少しだけ乗り気に見えた。
田崎さんが満足げに頷く。
「ええ、それがよろしいかと。ところで店長、このバーキン、底鋲の保護シールがまだついたままですね……。これはもしや、一度も使われていない、いわゆる未使用品なのでは?」
コオタと桃香は顔を見合わせ、大声で叫んだ。
「「えぇぇぇぇーーーっ!!??」」
今日も「時の蔵」には、高額品と、それにまつわる少しコミカルで、しかし勉強になる会話が飛び交うのだった。




