買取店の日常は、エヴリンとボリードとガーデンパーティでできている(稀にバーキン)
「店長〜、ちょっとこれ、見てください!」
バックヤードの整理をしていた桃香が、一つのバッグを手にひょっこり顔を出した。
中央に「H」のパンチングが施された、エルメスのエヴリンだ。
「このエヴリン、お客様がストラップを無くしちゃったみたいで……。これだとモデルの判断ができないんですよね?」
「ああ、ストラップの調整機能が『3』を見分ける一番のポイントだからな。それが無いとなると、少し面倒だ」
コオタはPCから目を離さずに答える。彼のそういう態度にも、桃香はもう慣れたものだ。
「背面にポケットがあるから『2』……で、合ってますか?」
「正解だ。背面にポケットがなくて、代わりに内側にポケットがあるのが『1』。ストラップの調整ができて、背面にポケットがあるのが『3』。つまり、1の内ポケットが2で外に移動して、3でストラップが進化版になった、と考えりゃいい」
「なるほど!1のポケットが外に移動……そう考えるとスッキリします!」
桃香が納得したその時、カランコロン、とドアベルが鳴った。
「こんにちは。何やら熱心な勉強会が開かれているようですな」
いつもの紳士、田崎さんだ。
「田崎さん!今、エヴリンの見分け方を店長に教わってたんです!」
「ほう、それは素晴らしい。カジュアルラインもエルメスの真髄。例えば、ボリードなども見分けるポイントがいくつかありますね」
田崎さんはそう言うと、人差し指をすっと立てた。
「ボリードですか?あの、世界初のファスナー付きバッグの!」
「その通り。まず、ハンドルの付け根を見てください。そこに丸い革のパーツがあれば通常のボリード。なければ『ボリード1923』という、少しモダンなモデルです」
「ハンドルの付け根!なるほど!」
「さらにその『ボリード1923』には旧型と新型がありましてね。バッグの表面に横一文字のステッチがあれば旧型。なければ新型。実に細かい違いですが、コレクターにとっては大きな違いです」
流れるような解説に、桃香は目を輝かせる。
コオタが
「あと、45とかのデカいサイズには、そもそもストラップが付いてないことが多いからな」
と、ぶっきらぼうに補足した。
田崎さんはにこやかに続ける。
「そして、カジュアルバッグの査定で、店長が最も神経を使うのは……おそらくガーデンパーティではないですかな?」
その言葉に、コオタは初めてPCから顔を上げた。
「……よくご存知で。あれは素材で天国と地獄ですからね」
「え、そうなんですか!?」
コオタは、まるで自分の領域に話が来た、とでも言うように口を開いた。
「ガーデンパーティは、大きく分けてキャンバス地とオールレザーがある。例えばTPMサイズなら、新品でキャンバスが約45万、レザーが約66万。20万以上違う」
「そんなに!」
「だがな、桃香ちゃん。問題は中古市場だ。キャンバスは中古になると25万から45万くらいに値下がりする。だが、レザーは50万から70万。ほとんど価値が落ちないんだよ」
コオタの言葉に、桃香は息を呑んだ。
「つまり、ガーデンパーティはレザーで持ち込まれたら、うちにとってはかなりの”狙い目”ってことだ。キャンバスは値崩れリスクがあるが、レザーは安定資産。この違いは絶対に間違えられない」
店長らしい鋭い視点での解説に、桃香は大きく頷いた。
「なるほど……!だから田崎さんは、店長が神経を使うって……。勉強になります!」
コオタは「フン、商売だからな」とだけ言って査定に戻る。
その横顔は、少しだけ誇らしげに見えた。
買取専門店『時の蔵』。
今日もまた、バッグたちが持つそれぞれの物語と価値を、彼らは正確に読み解いていくのだった。
されていた。




