コオタ店長と桃香の買取珍道中 エルメスレザー編
「はぁ……今日も高額品ですか……」
買取専門店「時の蔵」の店長、コオタは、目の前に広げられたエルメスのバーキンを前に、深いため息をついた。高額品を見るたびに、その重みに押しつぶされそうな気分になるのがコオタの悩みだ。
「店長、またそんなこと言って! 素敵じゃないですか、このバーキン!」
目を輝かせているのは、ブランド品をこよなく愛するアルバイトの桃香だ。
彼女にとって、高額品はただのモノではなく、夢や物語が詰まった宝物なのだ。
「いや、素敵は素敵なんですけどね……その、やっぱり値段が値段なんで、こう、プレッシャーというか……」
コオタが言葉を濁していると、カウンターの向こうから、常連客の田崎さんがにこやかに話しかけてきた。
「コオタ店長、相変わらずですね。でも、そのバーキン、素材は何ですか? エプソン? トゴ? それともトリヨン・クレマンス?」
田崎さんはいつも、まるでその道のプロであるかのように詳しい。
買取の相談に来るというよりは、知識を披露しに来ているのでは、とコオタは密かに思っている。
桃香が目を丸くする。
「田崎さん、すごい! パッと見でわかるんですか?」
「いやいや、パッと見でわかるほどじゃないですよ。でも、このしなやかな手触り、そしてマットで深みのある色合い。これは恐らく、トリヨン・クレマンスでしょうね。シボの感じもトリヨン特有のものですし。」
田崎さんはバーキンにそっと触れ、解説を始めた。
「トリヨン・クレマンスは、雄牛の革で、非常に柔らかいのが特徴です。その分、傷はつきやすいですけどね。あと、水ジミには要注意です。それに比べてヴァー・エプソンは型押しカーフスキンで、パリッとした手触り。傷にも強いですよ。トゴは仔牛の革で、シボが細かくて柔らかい。摩擦には注意が必要ですが、比較的傷は目立ちにくいですね。」
桃香は感心しきりだ。
「へぇ~! 革の種類でこんなに違うんですね! お手入れのしやすさとか、傷のつきやすさとかも!」
コオタも
「なるほど、トリヨン・クレマンスねぇ……」
と呟きながら、目の前のバーキンを改めて見つめる。
高額品への苦手意識は相変わらずだが、田崎さんの解説はいつも勉強になる。
「そうです。それぞれの革に個性があるからこそ、エルメスのバッグは魅力的なんですよ。それに、買取の際も、革の状態や種類によって査定額が変わってきますから、私たち買い取る側も、そうした知識は必須なんです。」
田崎さんはにこやかに続けた。
「例えば、このバーキン。トリヨン・クレマンスは人気が高い革の一つですが、水ジミや傷があれば、やはり査定に響きます。その点、ヴァー・エプソンなんかは普段使いもしやすいので、状態が良ければ高価買取が期待できることも多いですね。」
コオタはメモを取り始めた。高額品嫌いではあるが、店長としての責任感は持ち合わせている。
「なるほど、革の種類ごとの特性を把握しておくことが重要なんですね……! ヴァー・エプソンは傷に強くて◎、トゴはシボで傷が目立ちにくいから〇、そしてトリヨン・クレマンスは柔らかいけど水ジミに注意で△、と……!」
「ええ。それと、バッグの種類も重要ですよ。バーキンやケリー、コンスタンスはヴァー・エプソンやトゴが多いですが、ピコタンやリンディ、エヴリンなどはトリヨン・クレマンスもよく使われますから。」
桃香が前のめりになって質問する。
「じゃあ、このトリヨン・クレマンスのバーキンは、お手入れに気をつけて大切に使われていたんだなっていうのが、これを見るだけでわかるってことですか!」
田崎さんは満面の笑みで頷いた。
「まさにその通りです、桃香さん! そして、買取専門店が評価するのは、そのモノの価値だけではありません。大切に使われてきた時間や、持ち主の想いも、査定の一部なんですよ。」
コオタは、なるほど、と小さく頷いた。
高額品は苦手だが、その裏にある物語や想いには、少しだけ心を動かされる。
「さて、コオタ店長、このバーキンはしっかり査定してあげてくださいね。」
田崎さんはそう言うと、満足げにカウンターを後にしようとした。
「あ、田崎さん、いつもありがとうございます!」
コオタと桃香が頭を下げると、田崎さんは振り向きざまに、にやりと笑った。
「どういたしまして。あ、そういえば、うちの奥さんがね、最近また新しいバッグが欲しいって言い始めて……今度はトゴのケリーが良いわって言ってるんですよ。」
コオタと桃香は顔を見合わせ、盛大なため息をついた。
田崎さんの
「また新しいバッグが欲しい」は、つまり
「また買取に持ち込むかもしれない」というサインなのだ。
「店長、次の高額品は、もしかしたらトゴのケリーかもしれませんよ! 傷は比較的目立ちにくいタイプですね!」
桃香が楽しそうに言う。
「……勘弁してください……」
コオタは力なく呟き、次の高額品の予感に、そっと目を閉じたのだった。




