桃香の夢の欲しいものリスト・エルメス編
梅雨明け間近の蒸し暑い日差しが、店のガラスケースを照らしている。
夏のボーナスシーズンを前に、アルバイトの桃香が、何やら決意を秘めた顔で宣言した。
「店長! 私、決めました! 今年の夏のボーナスで、何か自分へ最高のご褒美を買うために、『桃香の夢の欲しいものリスト・エルメス編』を作成します!」
そう言って、彼女は大きなノートをカウンターに広げた。
「…どうせ、そのボーナスじゃ逆立ちしたって買えもしないものを…」
コオタ店長が呆れて呟くと、ちょうど来店した田崎さんが、
「おや、夢を描くのは素晴らしいことですよ。ぜひ、そのリストを見せてください」
と微笑んだ。
【欲しいものリスト①:手首に輝く、クリックH】
「まず、リストの筆頭は、なんといってもこのブレスレット! クリックHです!」
桃香は、雑誌の切り抜きをノートに貼り付けた。
「夏のシンプルなTシャツスタイルの手元に、このクリックHがカチッと音を立てて留まっている…。想像しただけで最高です! Hのクラスプが、本当に素敵なんですよね。このクリックHが似合う女性になるのが、私の目標なんです!」
「そのクリックHはな」
と店長が口を挟む。
「エナメルの部分が欠けやすい。中古で買うなら、そのHクラスプの状態をよく見ないと、安物買いの銭失いになるぞ。憧れのクリックHが、傷だらけだったら悲しいだろ」
【欲しいものリスト②:足元とお財布の、最強コンビ】
「次は、夏の足元です! Hの形がアイコニックで可愛いサンダル、オラン! 偽物も多いって聞きますけど、やっぱり本物のオランは、革の質と履き心地が全然違うんですよね! このオランを履いて、石畳の道を歩きたいです!」
「その通りです」
と田崎さんが頷く。
「そして、そのオランを履いて、小さめのバッグから取り出すのが、このバスティア。たった一枚の革を、まるで折り紙のように仕立てたコインケースです。このシンプルなコインケース、バスティアを持つのが、本当の大人の嗜みというものでしょうね」
「わかります! オランとバスティア、この二つは絶対にセットで欲しいです!」
【欲しいものもリスト③:究極のバッグと、お家時間】
「そして、バッグはもちろんこれしかありません! ジプシエールです!」
桃香の熱が、さらに上がる。
「あのバーキンの気品あるシルエットはそのままに、ショルダーストラップがあってカジュアルに持てるのが、本当に素晴らしいんです! このジプシエールを肩にかけて、颯爽と街を歩きたい!」
「そのジプシエールは、ショルダーストラップが命だ」
と店長が念を押す。
「ストラップがないジプシエールなんて、ただの台形のハンドバッグだ。価値は半減だからな。絶対に確認しろ」
「はい! 最後に、究極のご褒美! お家で使う、エルメスのブランケット! メリノウールとカシミアでできた、ふわっふわのブランケットにくるまって、休みの日に一日中映画を観るのが、私の最高の贅沢です!」
リストを完成させた桃香は、うっとりとそれを眺めた。
「クリックH、オラン、バスティア、ジプシエール、そしてエルメスのブランケット…。完璧なリストができました!」
「で」と店長が、無慈悲な一言を放つ。
「その完璧なリストの、合計金額は計算してみたのか?」
言われて、桃香はスマホの電卓を弾き始めた。そして、みるみるうちに顔が真っ青になっていく。
「……て、店長…」
「なんだ」
「私の夏のボーナス…全部合わせても、このバスティアが一つ、買えるかどうか…です…」
コオタ店長が
「そうだろうな」
と鼻で笑う。
桃香は数秒間、ショックで固まっていたが、ハッと顔を上げた。
「わかりました! まずは、このバスティアを買います! そして、そのバスティアの中に、来年の『夢の欲しいものリスト』のためのお金を、毎日コツコツ貯めていくんです! 名付けて、『バスティア・ドリーム貯金』です!」
その、あまりに健気で前向きな宣言に、田崎さんが
「それは素晴らしい計画ですね!」
と、心からの拍手を送った。
コオタ店長は、呆れたようにそっぽを向きながらも、
「…まあ、目標があるのは、いいことだ」
と、誰にも聞こえないくらい小さな声で、呟いたのだった。




