リベットの記憶、プレジデントの威厳 〜そのロレックス、3連ですか?5連ですか?〜
木曜日の昼下がり。
店内の古時計が、穏やかに時を刻んでいる。
一人の年配の紳士が、大切そうに桐の箱を差し出した。
中から現れたのは、美しい飴色に焼けた文字盤を持つ、古いロレックスだった。
コオタ店長は、その時計を手に取ると、文字盤ではなく、まずブレスレットを一瞥して、静かに呟いた。
「…これは、リベットブレスですね。50年以上前のものとは思えないくらい、良い状態だ。大切に使われてきたのが、よくわかります」
そのプロらしい一言に、私はただただ感心するばかり。
紳士は満足げに微笑み、店を後にした。
「店長、すごい! ブレスレットを見ただけで、そんなに古いってわかるんですか?」
私が興奮気味に尋ねると、店長は「当たり前だ」と、バックヤードから別のブレスレットを取り出してきた。
「よく見てみろ。こっちがさっきのリベットブレス。コマのサイドに、鋲が出ているのが特徴だ。1950年代から70年頃まで使われていた、ヴィンテージの証だ。そして、こっちが巻きブレス。薄いステンレスの板を、巻いて筒状にして作ってある。こっちは60年代から70年代頃。この作りの違いが、その時計が生きてきた時代を物語ってるんだ」
「本当だ! 全然作りが違う…!」
「ヴィンテージロレックス談義ですか。実に奥が深いですね」
いつの間にか、田崎さんがカウンターの向こうで微笑んでいた。
「田崎さん! じゃあ、今のロレックスは、どんなブレスなんですか?」
「現行品の定番といえば、やはりこの二つでしょうね」
田崎さんは、ショーケースを指差した。
「スポーティーなモデルに多い、このがっしりした3連がオイスターブレス。そして、デイトジャストなど、よりドレッシーなモデルに使われる、この5連のきらびやかなブレスがジュビリーブレスです」
「同じオイスターでもな」
と店長が口を挟む。
「2000年代半ばまでのハードブレスは、中が空洞で少し軽いが、今のソリッドブレスは、中ゴマまで無垢材が詰まっていて、重厚感が全く違う。これも査定の重要なポイントだ」
「じゃあ、店長! あの、一番キラキラしてる金無垢の時計のブレスは?」
私がショーケースの最高級モデルを指差すと、店長の目が少しだけ輝いた。
「…そいつは、デイデイトにしか使われない、特別なプレジデントブレスだ。素材もプラチナか金無垢しかない。見てみろ、バックルの王冠ロゴが、立体的に飛び出しているだろう?」
「本当だ! すごい高級感…!」
「その『ロゴが飛び出ている』ブレスは、もう一つありますよ」
と田崎さんが続ける。
「こちらの、より宝飾性が高いパールマスターブレスです。こちらもロゴが立体的ですが、プレジデントブレスが3連なのに対し、こちらは丸みを帯びた5連。覚えやすいでしょう? 3連ならプレジデント、5連ならパールマスター、と」
「なるほど! 分かりやすいです!」
ブレスレットだけで、こんなにも種類と歴史があるなんて…。私はすっかり感心してしまった。
「時計って、本当に奥が深いんですね! バッグとはまた違う、ロマンがあります!」
「そうだろ」と、店長が珍しく、少しだけ素直な顔で言った。
「だから面白い。…と、たまには思う」
「時計のブレスレットは、持ち主の腕に最も近い場所で、共に時を刻むパートナーですからね。そこに、持ち主だけの物語が宿るのですよ」
田崎さんの言葉が、私の心に静かに響いた。
「私の腕にも、いつか素敵なブレスレットが…!」
私は自分の腕を眺めながら、夢見るように呟いた。
「あ、でもその前に、この腕をもう少しキュッと引き締めないと、素敵な時計も似合わないかも!」
その瞬間、店長の目がジロリと光る。
「…桃香。お前、以前『ダイエットの話はしない』と、俺と約束したはずだが?」
「あ!」
しまった、と思ったが、もう遅い。
「ち、違います、店長! これはダイエットじゃなくて、時計をより美しく見せるための、腕の『コンディション調整』です!」
私の苦しすぎる言い訳に、コオタ店長は深いため息をつき、田崎さんは声を殺して、楽しそうに笑っているのだった。




