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セレリアの太い糸と、ペカンのストライプ

「時の蔵」のカウンターで、アルバイトの桃香がうっとりとした表情で一つのバッグを眺めていた。


「フェンディといえば、やっぱりこのズッカ柄が可愛いですよね! Fが上下に向かい合ってるこのデザイン、一目でフェンディだってわかります!」


その言葉に、伝票をチェックしていたコオタ店長が顔を上げた。


「F、Fって言うがな、桃香。そのFの大きさにも違いがあるのを分かってるのか?」


そう言って、店長はバックヤードから小さなポーチを取り出してきた。

確かに、同じFが向かい合った柄だが、桃香が見ていたバッグの柄より、明らかに小さい。


「本当だ! こっちは小さいF柄! 可愛い!」

「大きい方がズッカで、こっちの小さい方がズッキーノだ」


桃香が二つの柄を見比べていると、カラン、とドアベルが鳴り、田崎さんが入ってきた。


「おや、朝からフェンディ談義ですか。ズッキーノはイタリア語で『小さなカボチャ』という意味があるんですよ。そう思うと、より愛らしく見えませんか?」


「カボチャ! なるほどー!」


桃香は納得したように頷くと、ふと疑問を口にした。

「じゃあ、フェンディって、このFの柄しかないんですか?」

「そんなわけないだろ」


店長は店の奥の棚から、こげ茶とベージュのストライプ柄のボストンバッグを引っ張り出してきた。

「こういうのもある」

「わ、ストライプ柄! これもフェンディなんですね!」


「ペカン柄ですね」

と田崎さんが補足する。


「1983年に登場した、歴史あるラインです。あえてロゴを使わずに、色と線の組み合わせだけでブランドを表現する、非常に洗練されたデザインですよ」


「柄だけじゃない」

とコオタが続ける。

「こういう『縫い方』で違いを出すラインもある」


彼が指差したのは、太いステッチが特徴的なレザーバッグだった。


「それはセレリアですね」

と田崎さんが言う。


「古代ローマの馬具職人が用いた伝統的な製法から着想を得ていて、この太い糸で手縫いしたようなステッチが、フェンディの卓越したクラフトマンシップを象徴しています」


「手縫いみたい…! すごく手が込んでるんですね!」


桃香が感心していると、彼女の視線が、キーホルダーコーナーに飾られた、あるチャームに釘付けになった。


「わっ! このモンスターみたいな顔、すっごく可愛いです!」

それは、ギョロリとした目が特徴的な、遊び心あふれるデザインだった。


「バッグバグズですね。フェンディに新しい風を吹き込んだ、世界中で人気のラインです。その人気は、バッグや小物だけにとどまらず、時計のデザインにもなっているほどですよ」


「時計まで! 本当にモンスターが色々なところに隠れてるんですね!」


桃香は興奮気味に店内を見回すと、最後に一つの金具に気づいた。


「あれ? 店長、あのバッグについてるFの金具、少し傾いてませんか?」

「よく気づいたな。それがエフイズフェンディだ。最近の新しいロゴだな」


「伝統的なズッカとはまた違う、モダンでグラフィカルなFの表現ですね。ブランドが、歴史を尊重しつつも、常に進化しているという証です」

田崎さんの言葉に、桃香は深く頷いた。


「フェンディって、Fのロゴの大小だけじゃなくて、ストライプ柄や、職人さんの縫い方、可愛いモンスターに、傾いたFまで! いろんな顔があって、すごく面白いです!」


「どんな顔だろうが、査定の基本は同じだ。状態を見ろ。そして、本質を見抜け。基本を忘れるな」

店長の厳しい言葉に、桃香は「はい!」と元気よく返事をした。


「多様な表現の中に、一貫した品質と、大人の遊び心がある。それこそが、長年人々を魅了し続けるフェンディの真の魅力でしょうね」


田崎さんの言葉を聞きながら、桃香は

「私も、色々な知識を身につけて、鑑定士として色々な顔を持てるようになりたいな」

と、心の中で静かに誓うのだった。

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