表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/45

桃香のボッテガ鑑定 〜触って、感じて、見極めて〜

「はぁ〜…、美しい…」


昼下がりの「時の蔵」で、アルバイトの桃香が、うっとりとため息をついていた。

彼女の目の前には、先日買い取ったばかりのボッテガ・ヴェネタのハンドバッグ。

滑らかなレザーが、寸分の狂いもなく丁寧に編み込まれている。


「ボッテガといえば、やっぱりこの美しいイントレチャートですよね! まさに職人技の結晶です!」


「まあ、これが基本だな」

コオタ店長が、帳簿から目を離さずに相槌を打つ。その時、カラン、とドアベルが鳴った。


「見事なイントレチャートですね。ボッテガ・ヴェネタの魂そのものです」

いつものように、穏やかな笑顔で田崎さんが現れた。


「田崎さん! ですよね! この編み込み、本当に素敵で…!」

桃香が興奮気味に話すと、田崎さんはさらに知識を広げてくれる。


「ええ。イントレチャートには、アイヤージュという、アイヤーズレザー(水蛇の革)を使った、よりラグジュアリーなものもあります。最近では、編み込みの幅を大きくした、ふっくらとモダンなマキシイントレチャートも人気ですね。こちらは、実際に編んでいるものだけでなく、プリントやエンボス加工で表現したものも含まれるので、少し注意が必要ですが」


「そうだな」

田崎さんの言葉に、コオタが鋭く反応した。

「桃香。ボッテガの査定で一番気をつけなきゃいけないのは、『編み込みに見えるが、実は編んでないやつら』の存在だ」

「えっ、編んでないものがあるんですか?」


店長はそう言うと、バックヤードから、いくつかのバッグをカウンターに並べた。

どれも一見、編み込み模様に見える。


「まず、こいつだ。触ってみろ」

店長が指差したのは、レザーのトートバッグだった。

桃香がおそるおそる触れてみる。


「あれっ!? 編んでない…! なんだか、型押しみたいになってます!」

「そうだ。これはイントレッチオミラージュ。編み込みではなく、レザーに柄を『刻印』したラインだ。見た目に騙されるな」


「じゃあ、こっちはどうです?」

と田崎さんが、光沢のあるナイロンバッグを桃香に手渡した。


「わっ! こっちはツルツル! 凹凸が全くなくて、平らです!」

「それはイントレッチオリュージョン。ナイロン素材に編み込み柄を『プリント』で表現した、その名の通り“幻影イリュージョン”のラインですね」


「そして、最後がこいつだ」と店長が、ビジネスバッグを指す。

桃香が触れると、その表面はザラザラとしていた。


「細かい粒々…? これも編んでないです!」

「マルコポーロというラインだ。PVC素材に細かい粒状の型押し加工を施してある。これも、編んじゃいない」


本物の編み込みと、刻印、プリント、型押し。

4つの異なる製品を前に、桃香は呆然としていた。


「いいか、桃香。見た目の雰囲気だけで『イントレチャートですね』なんてお客様に言ってみろ。知っている方だったら、笑いものだ。そして何より、査定額が全く違う。本物の手作業による編み込みか、機械による刻印か、プリントか、型押しか。その違いを指先でしっかり見極めるのが、プロの仕事だ」


店長の厳しい言葉に、田崎さんが優しく付け加える。

「“When your own initials are enough.”(自分のイニシャルだけで十分だ)という、ロゴをひけらかさないブランド哲学は有名ですが、だからこそ、こうした素材や技術の違いこそが、ボッテガ・ヴェネタそのものなのですね」


「奥が深い…! 見た目に完全に騙されるところでした…!」

桃香はそう言って、改めてそれぞれのバッグの感触を、指先に記憶させるように確かめていた。


「私も、見た目の体重だけじゃなくて、中身の筋肉をしっかり編み込んで、本物のダイエットを成功させます!」


彼女の唐突な決意表明に、コオタが心底面倒くさそうに、一言だけ呟いた。


「…意味がわからん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ