桃香のボッテガ鑑定 〜触って、感じて、見極めて〜
「はぁ〜…、美しい…」
昼下がりの「時の蔵」で、アルバイトの桃香が、うっとりとため息をついていた。
彼女の目の前には、先日買い取ったばかりのボッテガ・ヴェネタのハンドバッグ。
滑らかなレザーが、寸分の狂いもなく丁寧に編み込まれている。
「ボッテガといえば、やっぱりこの美しいイントレチャートですよね! まさに職人技の結晶です!」
「まあ、これが基本だな」
コオタ店長が、帳簿から目を離さずに相槌を打つ。その時、カラン、とドアベルが鳴った。
「見事なイントレチャートですね。ボッテガ・ヴェネタの魂そのものです」
いつものように、穏やかな笑顔で田崎さんが現れた。
「田崎さん! ですよね! この編み込み、本当に素敵で…!」
桃香が興奮気味に話すと、田崎さんはさらに知識を広げてくれる。
「ええ。イントレチャートには、アイヤージュという、アイヤーズレザー(水蛇の革)を使った、よりラグジュアリーなものもあります。最近では、編み込みの幅を大きくした、ふっくらとモダンなマキシイントレチャートも人気ですね。こちらは、実際に編んでいるものだけでなく、プリントやエンボス加工で表現したものも含まれるので、少し注意が必要ですが」
「そうだな」
田崎さんの言葉に、コオタが鋭く反応した。
「桃香。ボッテガの査定で一番気をつけなきゃいけないのは、『編み込みに見えるが、実は編んでないやつら』の存在だ」
「えっ、編んでないものがあるんですか?」
店長はそう言うと、バックヤードから、いくつかのバッグをカウンターに並べた。
どれも一見、編み込み模様に見える。
「まず、こいつだ。触ってみろ」
店長が指差したのは、レザーのトートバッグだった。
桃香がおそるおそる触れてみる。
「あれっ!? 編んでない…! なんだか、型押しみたいになってます!」
「そうだ。これはイントレッチオミラージュ。編み込みではなく、レザーに柄を『刻印』したラインだ。見た目に騙されるな」
「じゃあ、こっちはどうです?」
と田崎さんが、光沢のあるナイロンバッグを桃香に手渡した。
「わっ! こっちはツルツル! 凹凸が全くなくて、平らです!」
「それはイントレッチオリュージョン。ナイロン素材に編み込み柄を『プリント』で表現した、その名の通り“幻影”のラインですね」
「そして、最後がこいつだ」と店長が、ビジネスバッグを指す。
桃香が触れると、その表面はザラザラとしていた。
「細かい粒々…? これも編んでないです!」
「マルコポーロというラインだ。PVC素材に細かい粒状の型押し加工を施してある。これも、編んじゃいない」
本物の編み込みと、刻印、プリント、型押し。
4つの異なる製品を前に、桃香は呆然としていた。
「いいか、桃香。見た目の雰囲気だけで『イントレチャートですね』なんてお客様に言ってみろ。知っている方だったら、笑いものだ。そして何より、査定額が全く違う。本物の手作業による編み込みか、機械による刻印か、プリントか、型押しか。その違いを指先でしっかり見極めるのが、プロの仕事だ」
店長の厳しい言葉に、田崎さんが優しく付け加える。
「“When your own initials are enough.”(自分のイニシャルだけで十分だ)という、ロゴをひけらかさないブランド哲学は有名ですが、だからこそ、こうした素材や技術の違いこそが、ボッテガ・ヴェネタそのものなのですね」
「奥が深い…! 見た目に完全に騙されるところでした…!」
桃香はそう言って、改めてそれぞれのバッグの感触を、指先に記憶させるように確かめていた。
「私も、見た目の体重だけじゃなくて、中身の筋肉をしっかり編み込んで、本物のダイエットを成功させます!」
彼女の唐突な決意表明に、コオタが心底面倒くさそうに、一言だけ呟いた。
「…意味がわからん」




