誕生!二つの魔法の呪文
ある日の午後。店のバックヤードで、桃香が何やらブツブツと唱えながら、真剣な表情でメモ帳に何かを書き込んでいた。その鬼気迫る様子に、コオタは呆れつつも声をかける。
「おい、また何かくだらんことをしてるのか」
「くだらなくなんてありません! ついに完成したんです! 私が編み出した、『セリーヌ完全攻略マニュアル』が!」
桃香は自信満々にノートを掲げた。ちょうどその時、カラン、とドアベルが鳴り、田崎さんが顔を覗かせる。
「おや、桃香さん。何やら世紀の大発明をされたようなお顔ですね」
「田崎さん! ちょうどよかった! お二人に見てもらいたいんです!」
こうして、桃香によるセリーヌ攻略法の発表会が始まった。
【第一章:柄の見分け方 〜アイドルに例えましょう〜】
「まず、基本の柄の見分け方です!」と桃香は一枚のイラストを指差す。
「古いマカダム柄は、柄がはっきりした『2Dアイドル』! 平面的でクリアな、昔ながらの王道アイドルです! 対して、リニューアルされたトリオンフ柄は、立体感と奥行きがある『3Dアイドル』! ちょっとぼやけて見えるのが、ミステリアスな魅力なんです!」
「はっきりマカダム、ぼんやりトリオンフ。なるほど、分かりやすい」
と田崎さんが頷く。
「ちなみに、Cマカダムは、そのアイドルグループの『研究生』みたいな存在! Cのロゴと一緒に馬車がいるか、マカダムがいるかでタイプが分かれる、将来有望な子たちです!」
【第二章:ラゲージのサイズ攻略 〜最初の呪文〜】
「次に、多くの査定員を悩ませるラゲージバッグのサイズです! ここは、一つ目の魔法の呪文で覚えます!」
桃香は、人差し指をくいっと立てた。
「その名も、『ラゲージは生身ファントム、10、14、18、25』!」
「…なんだそれは」とコオタが眉をひそめる。
「ナノ・マイクロ・ミニ・ファントムの頭文字と、それぞれの奥行きサイズを組み合わせた最強の呪文です! 奥行きさえ測れば、もう絶対にサイズを間違えません!」
田崎さんは
「素晴らしい! 音のリズムも良くて、実に覚えやすいですね」
と感心している。
【第三章:バーティカルの迷宮攻略 〜究極の呪文、爆誕!〜】
「そして! 本日のメインイベントです!」
桃香の声に力がこもる。
「あの複雑怪奇なバーティカルを完全攻略する、二つ目の究極呪文を、今ここで発表します!」
ゴクリ、と田崎さんが息をのむ。コオタも、少しだけ身を乗り出している。
「その名も……『バーティカルのミスミラはマイクロチャーム』です!」
「……は?」
「……ほう?」
二人の反応は対照的だった。
「どういう意味だ?」
というコオタの問いに、桃香は得意げに解説を始める。
「『ミスミラ』は、サイズのミニ、スモール、ミディアム、ラージの頭文字です! これで4つの基本サイズは完璧! そして、『カバ』という名前が付くのは、ミスミラの真ん中、スモールとミディアムだけ! ロゴがないレザータイプも、スモールカバの仲間と覚えます! 最後の『マイクロチャーム』は、マイクロサイズはバッグじゃなくてバッグチャームだよ、という意味です! どうです、完璧じゃないですか!?」
そのあまりに独創的かつ合理的な覚え方に、田崎さんは手を叩いて絶賛した。
「なるほど…! 『ミスミラ』とは! それは素晴らしい発明ですよ、桃香さん! 記憶のフックになる、見事な呪文です!」
コオタも
「…くだらん。くだらんが…」
と前置きしつつ、
「覚えやすいのは、認めてやる」
と、少し悔しそうに評価した。
自分の暗記術が認められ、桃香は大満足だった。
「これで、もうセリーヌの査定は怖くありません!」
「ほう。では明日から、セリーヌの査定はお前に全部任せる。このマニュアルが本物か、試させてもらうぞ」
店長の言葉は、最高の褒め言葉であり、最大のプレッシャーだった。
「はい!」桃香は力強く頷く。
「この呪文があれば、きっとダイエットの停滞期だって乗り越えられそうな気がします!」
「それとこれとは、全く別の呪文が必要だろうな」
店長の冷静なツッコミが、誇らしげな桃香の熱気を、少しだけ冷ましてくれたのだった。




