桃香、サフィアーノの接客ロールプレイングに挑む
「店長! 私、もっとお客様に商品の良さを的確に伝えられるようになりたいんです! どうか、私に接客のご指導を!」
ある日の午後、桃香がカウンター越しに、まるで弟子入りのようにコオタに頭を下げた。
最近、自分の知識がただのうんちくに終わっているのではないか、と悩んでいたのだ。
コオタは面倒くさそうに頭を掻きながら、
「…なら、やってみろ」
と呟いた。
その時、カラン、と絶妙なタイミングでドアベルが鳴る。
「おや、何やら熱心な雰囲気ですね」
現れた田崎さんを、コオタは見逃さなかった。
「ちょうどいい。田崎さん、お客さん役をやってくれませんか。こいつの接客ロールプレイングに付き合ってやってください」
といっても、お客さんなんだが。
「ほう、それは面白そうですね。お任せください」
こうして、桃香の特別研修が急遽スタートした。
ルールは簡単。お客さん役は田崎さん、販売員役は桃香、そしてジャッジ兼指導教官はコオタだ。
「い、いらっしゃいませ!」
緊張気味の桃香に、田崎さん(客役)が穏やかに尋ねる。
「すみません、最近雨が多いでしょう? なので、天気を気にせずガシガシ使える、丈夫なバッグを探しているのですが…何か良いものはありますか?」
「(来た!雨の日!)それでしたら、プラダのナイロンバッグが最適です! 例えばこちらのショルダーバッグ、『テスート』という特殊なナイロン素材でして、元々はパラシュートに使われていたほど丈夫なんですよ!」
桃香は覚えたての知識を披露する。
しかし、間髪入れずにコオタから「ストップ!」の声がかかった。
「説明が古い。それだけじゃ弱いぞ。今のプラダを語るなら、こっちも提案しろ」
コオタが指差したのは、ロゴの違う別のナイロンポーチだった。
「こちらの『リナイロン』のように、海から集めたプラスチックなどを再利用した、環境に配慮した素材のモデルもございます、と付け加えろ。ブランドの背景にある“思想”も、今の時代の客は重視するんだ」
「は、はい! 思想ですね!」
「なるほど、参考になります」
と田崎さん(客役)が続ける。
「では、毎日使うお財布も探していまして。バッグの中で鍵なんかと一緒になっても、傷がつきにくいものがいいのですが」
「(傷に強い!)かしこまりました! それでしたら、こちらの『サフィアーノ』レザーのお財布はいかがでしょう! プラダの創業者が特許を取得した特別な型押しレザーで、とにかく傷や汚れに強いのが魅力です!」
今度はどうだ、と桃香がコオタを見ると、彼は少しだけ頷いた。
「よし、その調子だ。サフィアーノの耐久性をしっかりアピールできている。だが、プロならメリットだけでなくデメリットも伝えろ。『非常に硬い素材ですので、ふっくらと柔らかな革の経年変化を楽しみたい、というお客様には、また別のものをおすすめします』といった一言があると、ぐっと信頼が増す」
「深い…!」
「ありがとう。では最後に、友人へのちょっとしたプレゼントを探しています。何か可愛らしい小物はありますか?」
「(プレゼント!)それでしたら、こちらの『フィオッコ』のポーチはいかがでしょう! 大きなリボンが主役のデザインで、とってもキュートですよ!」
「なるほど、可愛らしいですね。でも、友人はどちらかというとスポーティーなものが好きでして…」
田崎さんの絶妙な切り返しに、桃香は一瞬怯んだが、すぐに別の商品を手に取った。
「あ、それでしたら、こちらの『リネアロッサ』のキーケースも! イタリア語で『赤い線』を意味するこのロゴがアクセントになっていて、活動的な方にぴったりです!」
「ほう、うまく切り返したな」
とコオタが感心したように言う。
「相手の好みに合わせて複数の選択肢を提示するのは基本だ。ついでに、『こちらのブラッシュドレザーのカードケースは、独特の光沢がスタイリッシュな印象を与えますし、もっとカジュアルなものがお好きでしたら、こちらのコットンキャンバスのミニトートもございます』というように、選択肢の幅をさらに広げてみろ」
「は、はい!」
ロールプレイングが終わり、桃香は心地よい疲労感に包まれていた。
「すごく勉強になりました…! ありがとうございます!」
田崎さんはにっこり笑って言った。
「素晴らしい販売員さんでしたよ。危うく全部買ってしまいそうになりました」
最高の褒め言葉に、桃香は天にも昇る気持ちだ。
「まあ、及第点だな。だが、本番はこれからだ。今日の学びを忘れるなよ」
コオタは厳しいながらも、その表情は少しだけ柔らかい。
「はいっ!」
桃香は元気よく返事をすると、きゅっと拳を握った。
「よーし、この調子でダイエットも目標達成までやり遂げるぞー!」
「それとこれとは関係ないだろ」
店長の的確すぎるツッコミが、夕暮れの「時の蔵」に響き渡った。




