理想のミニ財布さがしだけと思いきや…
買取専門店「時の蔵」のドアがカラン、と音を立てた。入ってきたのは、おしゃれな若いカップルだ。
「いらっしゃいませ」
店長のコオタが眠そうな目をこすりながら言うと、アルバイトの桃香がにこやかに接客に出る。
「あの、相談なんですけど…」
女性の方が、少し大きめの財布を手に言った。
「最近ミニバッグにしたくて。このお財布、もう入らなくて…。もっと小さいのに買い替えたいんですけど、何がいいのか分からなくて」
「それならお任せください!」
桃香は待ってましたとばかりに、知識を披露し始める。
「今、一番人気なのは三つ折りの『ポルトフォイユ・ヴィクトリーヌ』です! コンパクトなのに、お札もカードも小銭もしっかり入るんですよ」
「へぇー!」
「もし、もっともっと小さい方がよければ『ポルトフォイユ・ゾエ』という、手のひらサイズの極小モデルもあります。あとは、小銭入れメインですが、『ポルトモネ・ロザリ』もミニ財布として人気ですよ!」
その様子を見ていた彼氏の方が、自分のポケットを叩きながら言った。
「俺も財布、薄いのが欲しいんだよな…」
その声に、今まで黙っていたコオタが口を開いた。
「メンズの二つ折りなら、いくつか選択肢があるぞ」
コオタはカウンターの奥から、見本の写真を取り出した。
「これが定番の『ポルトフォイユ・マルコ』。シンプルで使いやすい。でも、カードが増えると少し膨らむ」
「そうなんですよ!」
彼氏が身を乗り出す。
その時、店の奥からひょっこりと顔を出したのは、いつもの常連客、田崎さんだった。
どうやら閉店間際に、店長と時計談義をしていたらしい。
「おやお困りのご様子。それなら、『ポルトフォイユ・ミュルティプル』はいかがですかな。カードスロットが多いのに、マルコよりスマートですよ」
「え、そうなんですか!」
「そして、究極の薄さを求めるなら、これです」
と、コオタが別の写真を見せる。
「『ポルトフォイユ・スレンダー』。名前の通り、紙幣とカードに特化してて、ポケットに入れてるのを忘れるくらいスマートだ。まあ、小銭は諦めてもらうことになるがな」
カップルは顔を見合わせ、感心したように頷いている。
「すごい…こんなに種類があるんですね。勉強になりました!」
女性がお礼を言いながら、自分が持ってきた財布をカウンターに置いた。
「ちなみに、これは買い取ってもらえますか…?」
その財布を見た瞬間、さっきまで眠そうだったコオタの目が、プロの鑑定士の目に変わった。
独特のパンチングが施されたレザーに、特徴的な金具。
「お客さん、これ…『ポルトフォイユ・アメリア』だな」
「えっ、ご存じなんですか? もう売ってない古いモデルなんですけど…」
「知ってるさ。廃盤になったけど、収納力とこのデザインで根強い人気がある。こういうのは、ただ古いってだけじゃないんだ」
コオタは、桃香に向かって静かに言った。
「いいか、桃香ちゃん。新しいモデルの知識も大事だが、こういう廃盤になった名品の価値を見極めるのも俺たちの仕事だ。一つ一つの品物に、作られた時代の物語がある。それを見抜いて、次の価値につなげる。忘れんなよ」
その真剣な横顔に、桃香も、若いカップルも、そして田崎さんも、静かに頷いていた。
「時の蔵」の夜は、また一つ、モノに宿る物語を教えながら、ゆっくりと更けていくのだった。




