第33話 ルーク=キリトから見た剣術大会への意気込み
晩秋の風、剣とぶどうと約束と ―ルーク=キリト視点―
晩秋の風が、学院の銀樺並木を静かに揺らしていた。
風が吹くたびに、赤く色づいた葉がひとひら、ふわりと舞う。足元に積もった落ち葉を踏みしめながら、俺は学院の石畳を歩いていた。
ゲルマンド王国、王都。その中心にそびえる黄金の魔塔――その頂にある、王都学院。
転校してきて、まだ二ヶ月足らずだ。
だが、ここで過ごす時間は不思議と心地よく、そして、どこか懐かしさすら覚える。
――その理由は、おそらく彼女だ。
ベアトリス=ローデリア。
金糸のような髪、透き通る青い瞳、気品と誇りを纏った佇まい。けれど決して高慢ではなく、いつも誰かのために手を差し伸べる。その姿はまさに、「王都の金の薔薇」と呼ばれるにふさわしい。
……そして、俺がずっと憧れてきた人。
「剣術魔術大会、出るつもりなの?」
朝の講義が終わり、食堂へ向かう途中。彼女と、ランスロットと話していたとき、気づけば口にしていた言葉だった。
「まだ考え中。あたし、こう見えても火属性魔法が得意だから、剣術組との連携が難しそうで……」
肩をすくめて微笑む彼女は、まるで秋の陽だまりのようだった。
「ベアトリスが本気を出したら、決勝まで一瞬で行きそうだけどな」
ランスロットの軽口に、彼女がくすっと笑う。
……その笑顔を、俺はきっと、何度でも見たくなるのだろう。
そして自然と話は、出場メンバーの編成に移っていった。
「じゃあ、あたしが中衛、ルークが前衛、ランスロットが後衛って構成なら……バランスはいいかもね」
「……俺でいいなら、組もう」
俺の返事に、彼女はぱっと顔を明るくした。
心の奥で、ふわりと何かが灯る。
この学院に来てから初めて、「誰かと戦う」意味を感じた気がした。
* * *
午後。図書室での自習を終えた後、また三人で顔を合わせた。
「……ところで、来週の休日、みんな空いてる?」
ベアトリスが突然そんなことを口にした。
「ちょっとね、ぶどう狩りに行きたくて」
その言葉に、少し意外に思った。
彼女のような人が、ぶどう狩り……?
だが続く彼女の言葉に、胸が少し締め付けられた。
「前世の記憶でね、秋になると母がよく果物を剥いてくれたんだ。だから秋になると、どうしても食べたくなるの」
そう言って笑った顔は、どこか寂しげで、そして温かかった。
「……でも、一人で行ってもなあと思って。みんなで行けたら、楽しいじゃない?」
その時、思った。
ああ、この人のこういうところが、俺は――
「行こう。俺も……ぶどう、嫌いじゃない」
少しだけ照れくさくて、だけどそれが本心だった。
そこに現れたのは、アルフレッドとキャンベラ。
文化祭以降、ふたりは自然と隣にいることが増えた。誰も何も言わないけれど、たぶん、そういうことなのだろう。
休日の予定を尋ねるベアトリスに、アルフレッドは申し訳なさそうに言った。
「うわー、まじか……その日、キャンベラとデートなんだよね。前から約束してて」
「……そう。なら、仕方ないね」
ベアトリスは笑っていた。でも、その笑顔の奥にほんの一瞬、影が差したように感じたのは、きっと俺の気のせいではない。
キャンベラが静かに尋ねる。
「ぶどう、甘いの?」
「もちろん。現地の気候と魔法の水で育ててるんだって」
その言葉に、キャンベラは少しだけ目を細めて微笑んだ。
「ふうん。……なら、ふたりで買って帰って、寮で食べる」
アルフレッドが照れくさそうに頷く。キャンベラも、以前よりずっと柔らかくなった。……ベアトリスの存在が、彼女の心を溶かしたのかもしれない。
「……じゃあ、ぶどう狩りは、ルークとランスロットと、あたしの三人ってことで決定」
ベアトリスが言う。
その言葉が、なんとなく心を温めていった。
秋風が、銀樺の葉をさらう。
この季節は、終わりの始まりを告げる風だ。
けれど、その中に確かにある、ひとときの約束。
剣と魔法と、ぶどうと共に――
俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。




