第31話 キャンベラとアルフレッドの恋
『手をつなぐ、その少し前』
冬の気配が忍び寄ってきたある午後、学院の中庭はすっかり冷たい風に包まれていた。
なのに私は、手袋もせずに、ベンチに座っている。
待ち合わせ、というほどのものじゃない。昼休みに「図書棟の前で」って言ったのは私だ。でも、時間を決めたわけじゃないし、あいつが来る保証もない。
なのに。
なのに、あたしったら、十五分も前から来て、落ち着かなくて、葉っぱいじったり、髪を結び直したりしてる。
「はぁ……私、なにやってんだか」
情けない声が自然とこぼれる。
これが、恋ってやつなんだろうか。
付き合うって決めたあの日から、一週間。
急に何かが変わったわけじゃない。でも、違うのは――“意識する”ようになったってこと。
たとえば、昨日の実技試験。アルフレッドと偶然ペアになって、杖を構えたとき。
(かっこいい……)
って、思ってしまった自分に動揺して、集中できなくて。あとでルークに「顔が赤かった」なんて冷やかされた。
思い出して、また顔が熱くなる。
そうやって、私の中の「アルフレッド」が、じわじわと変わっていくのがわかる。
前は“地味で真面目で優しいやつ”だった。
今は、“ちょっと不器用で、でも目が離せない、私の彼氏”。
「……あれ、待った?」
声に顔を上げると、アルフレッドが、いつもの落ち着いた足取りでこっちへ来ていた。
ふと見ると、右手に小さな紙袋。
「これ……パン屋で、君が好きって言ってたやつ。まだ温かいと思う」
受け取ると、ほんのり甘い香り。
「……アップルシナモン?」
「うん」
「覚えてたの?」
「うん、なんか君、これ食べてるとき嬉しそうだったから」
ふいに、心の奥が温かくなる。
誰かが、自分の“好き”を覚えててくれるって、こんなに嬉しいんだ。
「ありがと」
そう言うと、アルフレッドは少し照れたようにうなずいた。
ベンチに並んで座り、私はゆっくり紙袋を開く。
沈黙。でも、嫌じゃない。
何を話すか、迷わないわけじゃないけど、それでも居心地がいい。
それって、きっとすごいこと。
アップルシナモンの甘さを口に広げながら、私はふと、横顔を盗み見る。
やっぱり、かっこよくはない。
でも、やっぱり好き。
「……ねえ、アルフレッド」
「ん?」
「こうやって、一緒にいるの、慣れないよね。あたし、ちょっと緊張してる」
「ぼくも。たぶん、すごく」
「……ふふ、やっぱり?」
ふたりで笑う。
肩が、少しだけ触れた。
でも、どちらも離れなかった。
「……手、つないでみる?」
ふいに私がそう言うと、アルフレッドは目を丸くして、しばらく黙った。
答えが返ってこなくて、やば、やりすぎたか、って思ったとき。
「うん。……でも、ちょっと冷たいかも」
そう言って、彼はそっと自分の手を差し出してきた。
私は、そっとその手をとる。
冷たかった。
でも、あたたかかった。
手のひらがふるえてる。たぶん、私も。
それでも、ちゃんと“つながった”のがわかった。
この距離は、もう、恋人の距離なんだって。
「……ぎこちないね、私たち」
「でも、悪くない」
「うん。悪くない」
雪がちらつきはじめた空の下、世界はどこか静かで、美しかった。
この先、すぐにうまくいくことばかりじゃないかもしれない。
ケンカだって、すれ違いだって、きっとある。
だけど、私は思う。
この人となら、ちゃんと向き合っていける。
少しずつでいい。
ちゃんと、「好き」を積み重ねていける気がする。




