第30話 キャンベラから見たアルフレッド=バルグレイン
『あいつの横顔』
朝靄の中、まだ人の少ない学院の中庭を歩いていると、昨夜の焚き火のあたたかさが、まだ胸の奥に残っているような気がした。
ベンチに腰かけて、私は小さくため息をついた。
アルフレッド=バルグレイン。
あいつのことを、最初はほとんど意識してなかった。
真面目で、優秀で、静かで……でも、地味で、どこか影が薄い。そんな印象だった。
初めて話したのは、演劇の配役決めのときだったと思う。
「……ぼくでいいなら、やるよ」
そう言った彼の声は、思ったよりずっと落ち着いていて、柔らかかった。
私はその時、自分がちょっと意地になっていたのを覚えてる。ベアトリスが主役に選ばれたことに、悔しさとか、焦りとか、そういう気持ちがごちゃ混ぜになってて。つい、強く出てしまった。
でも、アルフレッドは怒らなかった。
いつも静かに、でも確実にみんなを支えてた。
大道具が崩れそうになったとき、黙って手を差し伸べて支えてたのも彼だったし、照明の子がミスして泣きそうになったときに、そっと声をかけてたのも彼だった。
けど、誰にも恩を売ろうとしない。
目立とうともしない。
でも――私には見えていた。
あいつの横顔が。
ひたむきで、まっすぐで、あったかくて。
舞台の稽古が進むにつれて、私の中で、何かが少しずつ変わっていった。
あいつが他の子と話してるだけで、なんだかざわつく。
誰かに笑いかけられて、照れているのを見たときは――むかついた。
……何で、こんな気持ちになるんだろうって、何度も思った。
私はずっと、自分の感情に正直な方だった。好き嫌いははっきりしてるし、納得できなきゃ突っかかるし、嫌いなものは嫌いって言う。
でも――「好き」って気持ちだけは、簡単には言えなかった。
言ったら、何かが壊れる気がしたから。
あいつが優しいのは、みんなに対してだから。私だけに特別なわけじゃないって、何度も自分に言い聞かせた。
でも、後夜祭の焚き火の灯りの中で、アルフレッドが私に向けて言った一言が――
「……キャンベラ、すごく綺麗だったよ。今日」
その言葉が、私の中の最後の“つっかえ”を、すっと溶かしてしまった。
ドキン、と心臓が跳ねて、私の喉がひりついた。
そのあとの言葉は、もうほとんど覚えてない。
ただ、言わなきゃって思った。
もう、これ以上、誤魔化せないって。
「……好き、なんだよ、あんたのこと。ずっと前から、気づいてた」
そう告げたとき、あいつは、まるで自分のことなんか信じられないって顔をした。
「ぼく……で、いいの?」
「他に誰がいるってのよ」
私の声は少し震えてたけど、それ以上は嘘じゃなかった。
あいつの目が、ゆっくり見開かれて、やっと私に手を伸ばしたとき――
私はようやく、安心できたんだ。
あのまっすぐな目が、私を見てくれてたって分かって。
それからまだ一晩しか経ってないけど、私は今、前より少し自分のことが好きになれた気がする。
だって、あいつの隣に立つって決めたから。
私はキャンベラ=フェルノ。火を操る魔導士で、負けず嫌いで、正直で……ちょっと不器用。
でも、それでもいいって言ってくれる相手が、あいつなんだ。
……なんだか、変な気分。
このままずっと、自分の中だけで抱えてるのは嫌だな。
せっかくだし、ベアにも話そうかな。女子トークってやつ、最近ちょっと楽しいし。
……とか思ってたら、もうすぐ授業の時間。
でも――ちょっとだけ、あいつに会ってから教室に行こうかな。
そんなことを思って、私はベンチから立ち上がった。
空はもう晴れていて、秋の風が、ふわりと髪をなでていった。




