第29話 ベアトリス、後夜祭を振り返る
『焚き火の翌朝』
朝の食堂は、いつもより少しだけ静かだった。
文化祭と後夜祭の熱気がまだ残っているのか、それとも昨日の余韻を大事にしているのか、皆どこかのんびりとした表情をしていた。
アルフレッドは、焼きたてのパンと野菜のスープをトレイに乗せて、いつもの席へと向かう。
「おーい、アルフ!」
手を振って呼んだのはランスロットだ。銀の髪に寝癖がついたまま、パンを頬張っている。
「おはよう、ランス」
「昨日の夜、キャンベラと一緒だったって? なかなか粋なことするじゃねえの」
「べ、別に粋とかじゃ……」
その隣では、ルークが静かに笑っていた。黒い制服の襟をきちんと整えながら、スープを口に運んでいる。
「でも、後夜祭の焚き火、よかったですね。ああいうの、日本の“文化祭”って感じがして、少し懐かしいです」
「文化祭って、あっちの国でも似たようなものがあるんだ?」
「ええ。模擬店とか演劇とか、準備が大変だけど、終わるとあっという間で……ちょっとだけ寂しい」
「それな……」とランスロットがうなずく。
「でもよ、今年はなんか、例年以上に楽しかった気がするな。ルークの転入もあったし、ベア子の魔法劇も成功したし」
「“ベア子”って呼ぶの、やめなさいって言ってるでしょ」
パンを手に、ベアトリスが席にやってきた。栗色の髪をポニーテールにまとめて、昨日の華やかなドレス姿とはまた違った、学院生らしい凛とした雰囲気をまとっている。
「でもほんと、みんなのおかげよ。舞台も屋台も、それぞれが全力でやってくれたから、成功したの」
「特にアルフは頑張ってたよな」とルークが言う。
「舞台の裏、何回も走り回ってたし、休憩も取らずに、みんなの進行確認してて……大丈夫でしたか?」
「う、うん……なんとか」
「地味にキャンベラのパネル組み立てとかも手伝ってただろ。あれ、重かったろ?」
ランスロットがニヤリと笑う。
アルフレッドは、スープの中のにんじんをじっと見つめながら、少しだけ顔を赤らめた。
「……まあ、頼まれたし」
「ふうん、“頼まれた”ねぇ?」
にやにやするランスロットの隣で、ルークは真面目な顔でフォローする。
「でも、ああいう地道な作業って、大事なんですよね。見えないところで誰かが頑張ってるから、みんな笑顔になれる。僕、ちょっと感動しました」
「ルーク……おまえ、ほんといいやつだな」
感動したランスロットが、スープの器を持ち上げて勝手に乾杯しようとした。
そこへ、遅れてキャンベラがやってきた。赤い髪を三つ編みにまとめ、いつものように颯爽とした足取りで。
「おはよう。……なんの話してるの?」
「アルフがどれだけ陰で尽くしてたかって話題で盛り上がってたんだ」
「ふーん、そう」
キャンベラは無言で席につくと、スープを一口飲んで、アルフレッドに小声で言った。
「……あれ、ちゃんと覚えてる?」
「え?」
「昨夜のこと。あたし、けっこう本気で言ったんだけど」
「あ……うん。俺も、本気で言ったよ」
そのやりとりを、ベアトリスがちらっと見て、パンをかじる。
「まあ、ふたりともお似合いなんじゃない?」
「ってことは、もう“付き合ってます”ってことで?」
「らしいぜ」
「おめでとうございます」
四方から矢のように飛んでくる祝福(と冷やかし)に、アルフレッドは恥ずかしそうに目を伏せた。
「……ありがとう。でも、まだ“これから”だから」
静かに、でも確かな声だった。
皆がその言葉に、ちょっとだけ表情をやわらげる。
朝の食堂に、光が差し込んできた。
窓から見える中庭には、昨日の後夜祭で使われた木のパネルやベンチが、片付けを待っていた。
けれどその風景は、どこか希望に満ちている。
「来年も、またやりたいな」
アルフレッドが、ふとつぶやく。
「もちろん。今度はもっとすごい舞台、作りましょう」
「俺は喫茶店やりてぇな。騎士団カフェとか、ぜったいモテるぞ」
「僕は……焼き芋屋台にもう一回挑戦したいです。今度はもっと火加減を……」
「じゃあ、みんなでやろう。また来年も」
未来の約束みたいなその言葉に、皆が頷いた。
焚き火のぬくもりが、まだ胸に残っている――
それは、ただの一晩限りの行事じゃない。彼らが共に歩んだ時間の、確かな証だった。




