第28話 アルフレッドとキャンベラの帰り道
『焚き火の帰り道』
夜の空気はひんやりとして、火のそばにいた熱の余韻が足早に逃げていく。
学院から寮へと続く石畳の道を、アルフレッドとキャンベラは並んで歩いていた。後夜祭が終わったあとの静けさが、少しだけ寂しさを帯びている。
誰かが「楽しかったね」と言うには、まだその名残が胸にあたたかく残っていて、言葉にするのが惜しい気がした。
「……もうすぐ冬が来るんだね」
アルフレッドがポツリとつぶやく。
「そうね。あっという間だったわ。夏が終わって、秋も過ぎて……文化祭も、終わっちゃった」
「準備、大変だったけど、楽しかったな。皆で笑ったり、怒ったり、時々ちょっとだけ泣いたりしてさ」
「あなた、裏方でずいぶん動いてくれてたじゃない。全体の進行とか、よくあれだけ覚えられるわね」
「う、うん……頑張ったから」
照れくさそうに頬をかくアルフレッド。
キャンベラはふっと笑って、隣を歩く彼の横顔をちらりと見た。
「ねえ、アルフレッド」
「ん?」
「……あなたって、気づいてる?」
「え? なにが?」
「今日一日、いろんな人があなたのこと、笑顔で見てたわよ。ほら、受付の女の子とか、演劇の準備してた一年生の子たちも」
「え、うそ……? 俺、なんか変なことしてた?」
「違うわよ。あなたが、皆のことをちゃんと見て、声をかけて、動いてたからよ」
「……あー、うん。なんか、困ってそうだったから……つい」
「そういうとこ、好きよ。あなたの」
不意に放たれたその一言に、アルフレッドの足が止まった。
夜の冷たい空気の中で、その言葉だけが妙にくっきりと胸に残る。
「え……?」
「好きって言ったの。別に深い意味はないわ。……今のところは」
キャンベラはすこしだけ早足になって、前を歩きはじめた。
赤い髪が夜風に揺れて、月明かりに反射してきらきら光る。
「……ズルいよ、それ」
「え?」
アルフレッドが追いついて、彼女の隣に立つ。
「“今のところは”って、それ……その先を考えちゃうじゃん」
冗談めかして言うと、キャンベラはふっと口元をゆるめた。
「じゃあ、考えてくれてもいいわ。……どう思ってるか、ちゃんと」
「えっと、それは……」
口ごもるアルフレッド。
けれど、言葉にしなくても、鼓動が答えていた。胸の奥で、とん、とん、とんと騒がしくなる音が、彼の想いをすべて表していた。
「……俺、すごく楽しかった。今日だけじゃなくて、この数ヶ月間、ずっと。キャンベラと話してると、なんか、自然体でいられるっていうか……落ち着くし、嬉しくなる」
「……そう」
キャンベラの歩幅が、自然とアルフレッドにそろう。
「じゃあ、来年も文化祭、いっしょに準備しましょうか」
「うん、もちろん!」
即答すると、キャンベラはくすりと笑った。
「そのときは、今よりもっと“深い意味”で、好きって言ってもいい?」
「……うん、俺も……言うよ。そっちが先でも、後でも」
二人の間に、風が吹いた。
秋の香りと、遠くで消えた焚き火の煙のにおい。
学院の塔が見えてきたころ、アルフレッドはふと思い出したように言った。
「そういえば、キャンベラってさ。料理もできるし、弟たちの面倒も見てるし、火も扱えるし……なんか、すごくしっかりしてるよね」
「んー、まあ……そう見えるだけかも」
「そう?」
「たまに思うのよ。私、どこかで無理してるのかなって」
それは、彼女があまり見せない影の部分だった。
強くて、自信に満ちた彼女も、きっと誰にも見せない不安を抱えている。
「……じゃあさ」
アルフレッドが、意を決したように言った。
「これからは、無理してるとき、俺に頼って」
「……え?」
「俺、力とか、魔法とか、ぜんぶが得意なわけじゃないけど、君の味方にはなれる。君の隣で、話を聞くことならできる」
キャンベラは、一瞬だけ立ち止まって、じっとアルフレッドの目を見る。
そのまっすぐな視線に、彼女はゆっくりうなずいた。
「……うん。ありがとう」
それから、ぽつりと。
「好きよ、アルフレッド。今のところじゃなくて、もうちゃんと」
それは、たしかな言葉だった。
いつかじゃない、「いま」の気持ち。
アルフレッドは顔を真っ赤にしながら、それでもぎこちなく笑った。
「じゃあ……俺も。好き。ずっと、ちゃんと」
そのまま二人は並んで、寮の門をくぐった。
夜はもう深いけれど、胸の奥には、まだ焚き火のぬくもりが残っている。
そう、これからは――
ふたりで灯していくのだ、この小さなあたたかさを。




