第24話 ランスロット・グラディウスから見たベアトリスと文化祭
「氷姫と祭りの午後」
文化祭の喧騒は、まるでひとつの戦場のようだ。
魔法塔の高窓から見下ろすと、校庭では屋台が並び、外部からの客がぞろぞろと押し寄せている。各教室も例外なく、何らかの企画で飾られ、喧しくも活気ある笑い声があちこちから響いていた。
そんな中、俺はというと、誰もいない中庭で少し早めの昼を取っていた。
人混みは苦手だ。
剣を握る手がぶれないのと同じように、俺は余計な感情や騒がしさを好まない。冷静であることが、俺の武器だと思っているから。
「……あら、ここにいたのね。グラディウス卿」
その声に、俺は顔を上げた。
風が金色の巻き髪を揺らしている。メイド服の上からでも、その気品と存在感は隠せない。
ベアトリス=ローデリア。
学院随一の才媛にして、かつて“氷姫”とあだ名された少女。
「ローデリア嬢。お前がこんな騒がしい催しに出るとはな。意外だ」
俺の言葉に、彼女はふふ、と小さく笑った。
「私だって、人並みにお祭りくらい楽しみたいもの」
なるほど、と納得はしたが、それでも何かが引っかかる。
あの孤高の少女が、誰かと肩を並べて厨房に立ち、笑っている。それがどうにも――不思議だった。
「お前が厨房で皿洗いをしていたと聞いたときは、耳を疑ったぞ」
「ふふ、私だってできるのよ。料理は無理でも、片付けくらいはね」
言いながら彼女は、俺の隣に腰を下ろした。
昼下がりの中庭。祭りの音が遠くに響く中、ふたりの間には不思議と静けさがあった。
「どうした、喧騒に疲れたか?」
「ううん。……ただ、少しだけ休憩したかっただけ。メイド服って、意外と重いのよ」
彼女の言葉に、思わず小さく吹き出しそうになる。
氷のようだった彼女が、こんなにも柔らかく話すようになった。
変わったのだ。いや、元からそうだったのかもしれない。鎧を脱いだだけで。
「……ローデリア嬢」
「なあに?」
「俺はお前のそういう姿、嫌いじゃないぞ」
言ったあとで、少し後悔した。
だがベアトリスは目を見開き――すぐに頬を緩めた。
「……ありがとう。そう言われると、ちょっと救われるわね」
***
午後の催しが始まり、ベアトリスはまた喫茶に戻っていった。
俺も彼女を見送ったあと、学院内をひとり歩く。
武芸大会の模擬戦、薬草班の展示、魔法科の簡易占い。
どれも派手で、どれも生徒たちの工夫が詰まっていて――なぜだか、胸の奥がすうっと温かくなる。
こういう日常も、悪くない。
そして、彼女がその中心にいるのなら、なおさら。
***
夕暮れ前、もう一度だけ喫茶に顔を出す。
中は最後の客でにぎわい、キャンベラが紅茶をこぼして騒ぎ、ルーク=キリトが右往左往していた。
ルーク。
……あいつもまた、変わった男だ。
剣を握れば一流。だが今は、どこまでも真っ直ぐで、臆病な少年。
そして、彼女に惹かれているのは明らかだった。
「ランスロット! 暇なら皿でも洗ってってよ!」
アルフレッドに言われて、俺は渋々厨房に入った。
「俺は皿洗いには向かないぞ」
「いいから手伝って! いまベアトリスが客と写真撮っててさ、ルークがテンパってんの!」
……そういうことか。
そのうち、厨房の扉が開いた。
「助かったわ、ランスロット」
振り向くと、息を切らせたベアトリスが立っていた。
「さっきのお客、子どもたちばかりでね。ひとりが“氷姫様ってほんとにいたんだ!”って叫んで、大騒ぎになったのよ」
「……それは災難だったな」
思わず、口元が緩む。
彼女は軽く息を吐いて笑った。
「でも、楽しかったわ。あの子たちが喜んでくれるなら、少しくらい……氷姫でも、いいかなって」
「……ああ。悪くない呼び名だ。少なくとも、剣を振るうよりは似合っている」
「それ、褒めてるの?」
「……どうだろうな」
ふたりで笑った。
もう、彼女は“ひとり”じゃない。
今はここに、仲間がいて、笑いがある。
そして、傍らに、あの少年がいる。
ルーク=キリト。彼の真っ直ぐな想いが、きっと彼女を変えていく。
それは、俺では届かなかったものだ。
「ローデリア嬢」
「なに?」
「……また迷ったときは、言え。氷姫でも、皿洗いでも、俺はお前を否定しない」
「……うん」
彼女は小さく、けれど確かに微笑んだ。
それが今日、俺が見た中でいちばん美しい瞬間だった。
***
祭りの終わりは、静けさとともにやってくる。
片付けを終えた教室で、ルークとベアトリスが話している姿が、窓の外から見えた。
何を話しているのかは分からない。
ただ、彼女の笑顔が、まっすぐルークに向けられていることだけは、はっきりと分かった。
――もう、俺の出番はないか。
そう思いながら、俺はそっと塔の階段を下りていった。
剣士は剣士らしく。己の役割を、ただ静かに見守るのもまた、ひとつの生き方だ。
文化祭の終わり、風が金木犀の香りを運んでいた。




