第19話 ベアトリス、衣装合わせをする
秋の風が学院の中庭を駆け抜け、落ち葉がさらさらと石畳を転がっていく。
学園祭の準備が本格的に始まった王都学院では、今日、B組の生徒たちが教室に集まり、《メイド&執事喫茶》の衣装合わせを行うことになっていた。
――B組の教室は、いつになくにぎやかだった。
「はい、次! 裾を踏まないように気をつけてね! あと三人、鏡の前チェックして!」
「だ、誰かこのリボンの結び方教えてくれ……!」
「わっ、キャンベラ、すごく似合ってる!」
机と椅子が片付けられ、仮設の鏡や仕切りが並んだ教室では、女子も男子も慣れない衣装にそわそわしながら動き回っていた。
ベアトリス=ローデリアは、鏡の前で一息ついた。
白と黒のメイド服――レースの襟、パフスリーブ、ふわりと広がるスカート。そして、腰に巻いたリボン。
「……なかなか、悪くないわね」
そう言って微笑んだ彼女は、鏡越しに自分を見つめる。そして、誰よりも似合っていた。
周囲からも「さすがベアトリス様……」「完成度が違う……」と声が上がる。けれど当の本人は、「まあ、当然でしょう?」といった顔で髪を整えるだけだった。
一方、その様子を教室の隅からこっそり見ていたのは、ルーク=キリトだった。
(……すごいな、本当に似合ってる。というか、まるで本物のメイドさんみたいだ)
ルークはというと、黒の燕尾服風の制服に身を包み、ネクタイを結び直しながら、やや緊張した面持ちで立っていた。
普段より少し背筋を伸ばして見えるのは、たぶん衣装のせいだ。
「おい、ルーク! そこ、袖しわ寄ってるぞ! ちゃんとアイロンしとけよ!」
声をかけてきたのは、赤髪を後ろに束ねたアルフレッド。彼は騎士服を模した「執事風バトラー制服」に身を包み、やたらと堂々とした雰囲気を醸していた。
「ま、こういう服も悪くねぇな。というか、普通に決まってるだろ、俺」
「……自分で言いますか」
「言うに決まってんだろ。あとでベアトリスにどうだったか聞くつもりだしな!」
ルークはため息をつきながらも、ほんの少し笑った。
「……あっ」
ふいに声が上がったのは、ランスロットだった。彼は青い髪を魔法で軽く整え、スマートな執事服をさらりと着こなしている。手には銀のトレイとティーカップ。
「今の流れでトレーを乗せて登場する練習、してみない?」
「いいですね、それ!」
ベアトリスが軽やかに応じ、キャンベラも静かにうなずいた。
「演出って大事よね。お客様を『お嬢様』『ご主人様』って呼ぶときの声のトーンも考えなくちゃ」
キャンベラ=フェルノは、ふわりと桃色の髪を整えながら、鏡の前でお辞儀の角度を何度も確認していた。
「ベアトリス。ねえ、少し角度が浅いかな? もうちょっと深く?」
「このくらいでいいと思うけれど……こう、背中を丸めないようにして」
「なるほど。あなた、本当にプロね」
「いえいえ、ただのゲーム知識よ」
そんな会話を聞きながら、ルークは小さく息をのんだ。
(……すごいな、みんな。それに比べて、自分は)
思わず肩に力が入っていた。執事なんて生まれてこのかた演じたことがない。剣を握ることはできても、紅茶を注ぐなんて……。
「ルーク。動きがぎこちないわよ?」
ふいに、ベアトリスが目の前に来ていた。
「えっ、あ、そうですか?」
「ええ。ちょっと練習してみましょうか。……『ようこそお帰りなさいませ、ご主人様』って言ってみて?」
「そ、それはちょっと……」
「恥ずかしがるのも分かるけど、練習は練習よ。ほら、言ってみて?」
「……よ、ようこそ。お、お帰りなさいませ、ごしゅ……ご主人様」
噛んだ。
ベアトリスは一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑った。
「うん、ぎこちないけど……逆にそれがルークらしくていいかもしれないわね」
「……そんなフォロー、余計に恥ずかしいです」
そのやりとりを、アルフレッドが遠くから見ていて、口をとがらせていた。
「ちょっとおーい、ベアトリスー! 俺にも接客の練習つきあってくれよー!」
「はいはい、あとでね、アル」
やれやれといった様子のベアトリスに、ランスロットも近づいてくる。
「では、僕とルークでお客様役をして、キャンベラとベアトリスが接客してみるというのは?」
「いい案ね。じゃあ私たち、席につきましょうか」
ふた組に分かれて、即席の模擬練習が始まる。
緊張しながらも、どこか楽しげな空気が教室を包んでいく。
この日、全員が初めて衣装に袖を通し、自分が“役”になる体験をした。
普段の制服では味わえない高揚感と、どこか心が躍る不思議な感覚。
衣装合わせは、予想以上に盛り上がりながら、夕暮れまで続いた。




