第15話 ベアトリス、アルフレッドのケーキ熱を見た!
翌朝の第一声は、学院の中庭に響き渡る絶叫だった。
「俺は……なぜ、栗ケーキに間に合わなかったんだあああああっ!!」
赤髪の少年、アルフレッド=バルグレインは、落ち葉舞う中庭で地面に膝をつき、両手を天に掲げていた。その姿は、まるで栗を讃える古代戦士のようで、通りがかった下級生たちが一斉に目をそらす。
「またやってる……」
「昨日の限定ケーキのことでしょ」
「執念がすごすぎる……」
そんな囁きを気にする様子もなく、アルフレッドは立ち上がり、ぎゅっと拳を握った。
「これは……騎士の誓いだ! 絶対に、今日こそ食べてやるぞ、栗モンブラン!」
学院食堂に掲げられた黒板には、季節限定「王都栗のモンブラン」本日も数量限定、とあった。だが、数量はわずか十皿。昨日の教訓を胸に、アルフレッドはあらゆる作戦を練り始める。
「まずは、授業が終わる前に抜け出す……いや、だめだ、それでは騎士の名折れ。堂々と勝ち取らねば!」
昼休み、アルフレッドはキャンベラに接触した。
「なあ、キャンベラ。君は確か、食堂の調理班と親しいんだよな?」
「えっ? まあ……妹が病気だったとき、お世話になったから……何? 今度は厨房に突撃でもするつもり?」
「まさか! 騎士がそんな姑息な手を使うわけないだろう。だが……一つだけ教えてくれ。ケーキ、何時に並べられる?」
キャンベラはしばらく沈黙したのち、くすりと笑った。
「ふふ。十四時ちょうど。だけど、もう並んでる生徒がいると思うよ。昨日の出来栄えが良すぎて、評判が広がってる」
「なにっ……!?」
アルフレッドは叫ぶと同時に、食堂へと全力疾走した。午後の授業のチャイムが鳴る直前のことだった。
◇
そして十四時――。
アルフレッドは、すでに食堂の前に陣取っていた。制服の赤いマントが風になびき、まるで決闘前の騎士のような凛々しさ。
「……戦だ」
冷静に見守っていたランスロットが、ベアトリスに耳打ちする。
「彼、今朝からずっとケーキのことで頭いっぱいなんだよ。ほかの授業全部忘れてると思う」
「ふふ……でも、そこまで夢中になれるものがあるって、幸せなことよ」
と、ベアトリスはにこやかに答えたが、その瞬間、背後からアルフレッドの魂の叫びが響いた。
「よしっ! 俺の前にはあと三人……三人だけだッ!」
そして、ついにその瞬間が来た。
「本日の限定栗モンブラン、ただいまより提供開始いたします!」
給仕の声と同時に、生徒たちの目が鋭く光った。
――だが。
「……ない!?」
アルフレッドが、皿の上を見て目を見開いた。
栗モンブランが……十皿すべて、すでに給仕係によって予約済みと告げられたのだ。
「まさか……貴族寮の連中が、事前に根回しを……!?」
がくりと肩を落としたその瞬間、ふわりと、香ばしい栗の香りが漂ってきた。
「……あ」
振り向くと、そこにいたのは――ルークだった。銀髪の剣士は、静かに栗モンブランを受け取っていた。
「おまえ……!」
アルフレッドの声に、ルークは少しだけ戸惑った様子で振り向いた。
「……あ、ごめん。君が食べたいって知らなかった」
「いや……別に、いいんだ……ルークが食べるなら、それはそれで……」
肩を震わせて言うアルフレッドを見て、キャンベラが小さく呟いた。
「これ、下手に譲ったら、逆にプライドを傷つけるパターンだね」
ルークも空気を読んで、何も言わず、静かに自分の席へと戻った。
――だが、そのとき。
「おかわり……出ます!」
給仕の魔法士が、厨房の奥から声を上げた。
「予想を超える人気だったため、追加で五皿、特別にご提供いたします!」
「な、なんだってーーッ!!」
アルフレッドの体が電光石火のごとく動いた。滑るように列に並び、片膝立ちの姿勢から宙返り――はしなかったが、その勢いはもはや試合のタックルに等しい。
「栗モンブラン、ください……っ!!」
「は、はい、どうぞ……!」
とうとう、その手にケーキが渡された。
「やった……俺は……勝ったんだ……!」
頬を紅潮させながら席に戻ると、みんながぽかんと見ていた。
「アルフレッド、それ、ただのケーキだよね……?」
ランスロットが呆れ混じりに言うと、アルフレッドは高らかに宣言した。
「違う! これは俺の戦いの証だ!」
そして、ひと口。
甘く、優しく、少し切ない栗の味が口に広がった。
「……うまい。こんなに、優しい味がするなんてな……」
ランスロットが笑い、キャンベラがため息をつき、ベアトリスが紅茶を注ぎ直す。
「よかったわね、アルフレッド。あなた、ほんとに素直で愛されるわ」
「……え?」
そのひと言に、アルフレッドの顔が真っ赤になった。
「お、おいベアトリス!? それ、どういう意味――」
「さあ? どういう意味かしら?」
その笑みに、栗よりも甘い時間が、もう少しだけ続いた。




