第14話 ルーク視点、マロングラッセを楽しむ
『秋の午後、栗モンブランと君の笑顔』
放課後の学院食堂には、いつもより少しだけ多くの生徒が残っていた。
黄金色の秋の光が、大窓から差し込んでいる。木のテーブルも、椅子も、何もかもが穏やかに照らされていて……俺は、その景色の中に、ひときわ眩しく映る存在を見つけた。
――ベアトリス=ローデリア。
金糸のような髪が光にきらめき、深い青のリボンが揺れている。紅茶のカップを品よく持ち上げる仕草まで、まるで絵画の一部みたいだった。
俺は、その輪に少し遅れて足を踏み入れる。
「……遅れてごめん」
息を整えながら席に着くと、テーブルの向かいにはキャンベラ=フェルノが、隣にはランスロット=グラディウス。そしてベアトリス。みんな、温かい笑顔で迎えてくれる。
「剣術場から?」と、キャンベラが首をかしげた。
「うん。父さんから送られた特訓メニューがあって、ちょっと時間かかった」
その言葉に、ランスロットが苦笑する。
「カール=キリトの特訓メニューって、超ハードで有名だよね。……それで遅れたなら仕方ないか」
俺は小さく頷いて、それから目の前の皿に目を移した。
――それは、美しかった。
栗のクリームが渦を描くように絞られ、銀のフォークほどのマロングラッセが鎮座している。見た目だけで、季節の香りが伝わってくるようだった。
「君も来てくれてよかった」
ベアトリスが微笑みながら言ったとき、俺は一瞬、ケーキではなく、彼女に目を奪われていた。
あの柔らかな笑顔に。
あの光の中に溶け込むような姿に。
(……この距離感、まだ慣れないな)
この世界に来て、まだ間もない。
それなのに、こんな風に食卓を囲んで笑える日が来るなんて――
「じゃあ、せっかくそろったし……」
ランスロットがナイフを軽く掲げる。
「いただきます!」
四人のフォークが一斉に動いた。
俺もまた、栗モンブランにそっとフォークを入れた。
柔らかく崩れる栗クリーム、その下にはしっとりとしたスポンジとマロンペースト。
一口。
……言葉が出なかった。
甘さの奥に、かすかに感じる苦味。
舌に残る栗のまろやかな余韻。
秋という季節が、たった一口に凝縮されたような――そんな味だった。
「……うまい」
ぽつりと零れたひと言。
その瞬間、キャンベラがくすっと笑う。
「ルークくんって、普段あんまり感情出さないけど……こういうときは、ちゃんと顔に出るんだね」
「そ、そう?」
言われて初めて、頬が少し熱くなっているのに気づく。
ベアトリスがふふっと微笑んで言った。
「ふふ、かわいいわよ。真剣に食べる姿、好感が持てるわ」
――かわいい。
その言葉が、胸の奥で何度も反響した。
何も言い返せず、そっと紅茶に口をつけた。
温かく、芳しい香りが喉を潤してくれる。
ランスロットが肩をすくめるように言った。
「アルフレッドが来てたら、絶対大騒ぎだっただろうな」
「今日は騎士団の練習なんでしょ? ちょっと静かで、いいかも」
キャンベラのさらりとした返しに、全員が小さく笑った。
その場に、ほんのりとした甘さと紅茶の香り、そして穏やかな時間が流れていく。
ガラス窓の外では風が吹き、色づいた葉がさらさらと舞っていた。
ふと、ベアトリスが俺を見て言った。
「ルーク。あなた、この学院……楽しめてる?」
その問いかけは、意外なほど真っ直ぐだった。
目が合うと、彼女の瞳が真剣そのものだと分かる。
少しだけ、考える。
最初は不安ばかりだった。
名門キリト家の子だとか、剣聖の息子だとか、重たい肩書ばかりが先行して――
でも今は、違う。
「うん。最初は戸惑ったけど……でも、こうして君たちと一緒にいると、少しずつ、自分の居場所ができてる気がする」
その言葉に、ベアトリスが柔らかく微笑んだ。
「それなら、よかった」
その瞬間、何も言わなくても伝わる空気が、そこにあった。
静かな沈黙。けれど温かい。
そんな時間が、もっと続けばいいと思った――
――ばーん!
扉が勢いよく開いた音に、全員が振り返る。
「おーい! 今からでも栗ケーキ間に合うか!?」
赤髪の少年、アルフレッドが汗だくのまま駆け込んできた。
ベアトリスが、すっと立ち上がって言った。
「……残念ながら、ラスト一皿は、さっきルークが食べましたわ」
「な、なんだとーっ!?」
アルフレッドの絶叫に、食堂の空気が一気に緩んだ。
みんなが笑っている。俺も、自然と笑っていた。
ここにいることが、こんなにも心地いいなんて。
栗のケーキと、あたたかい紅茶と、優しい笑顔。
この午後は、きっと忘れられない。
――少しずつ、俺にも「日常」ができつつある。
そう思えた、秋の夕暮れだった。




