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プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!レベル99になってシナリオをぶち壊す!  作者: 山田 バルス
ベアトリス、ゲルマンド王都学院 2学期

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第10話 ベアトリス、アップルパイを焼く

『紅く実る、約束の果樹園』

―学院食堂のアップルパイ―

 月曜日の放課後、学院の食堂にはいつもと違う香りが漂っていた。


 ――甘く、少し香ばしい、焼きたてのリンゴとバターの匂い。


「おーい、こっちのバター、足りるかー?」


 ランスロットがエプロン姿で声を張りながら、大皿にのせた林檎のスライスを手に、調理台の奥へ向かう。


 「ちょっと待って、それまだ砂糖絡めてないわよ」


 ベアトリスが木べらを片手に指摘する。彼女もまた、金の髪をリボンでひとつにまとめ、真剣な表情でボウルの中身を混ぜていた。


「これがあの“王都の金の薔薇”の本気……」


 ルークは思わずつぶやく。


 「なに?」


 「いや……なんでもない」


 ベアトリスが振り向いたその一瞬で、ルークは目をそらし、リンゴの皮むきに集中するふりをした。


 キャンベラはその様子を横目に見ながら、手元でパイ生地を均等に伸ばしている。


 「なんか、文化祭みたいだね。こういうの」


 「ほんと。材料持ち寄って、みんなで台所を借りてって。ちょっとしたイベントね」


 ベアトリスはくすりと笑って、木べらを置いた。


 「でも、せっかく果樹園で収穫したんだもの。ちゃんと“かたち”にしたくて。季節の記憶って、味に残るから」


 「詩人かよ」


 ルークがぼそりと呟く。


 「……聞こえてるわよ」


 「すみません」


 そうしてしばらく、四人の作業は続いた。


 リンゴは皮を剥かれ、薄くスライスされ、砂糖とレモン汁、そしてシナモンで軽く炒められていく。バターの香りが弾け、香ばしい匂いが食堂中に広がっていく。


 「ルーク、シナモン多すぎない?」


 「え、これくらいじゃないのか?」


 「味見してないでしょ。やり直し」


 「はい……」


 「ランスロット、焦げないように見てて!」


 「了解、女王陛下!」


 「誰がよ!」


 キャンベラは笑いながら、型に生地を丁寧に敷き込んでいく。


 ――こうして並ぶと、本当に不思議だ。


 気高くて孤高で、誰もが見上げる存在だったベアトリスが、今ではこんなふうに誰かと笑い合っている。


 「……前は、こんなの、想像もできなかったな」


 キャンベラはふと、手を止めて呟いた。


 「え?」


 「ううん、こっちの話。さ、焼きに入ろうか。タイマー、お願い」


 ベアトリスが頷き、ルークが魔法で調整した火炉にパイ皿を滑り込ませる。


 「これで30分。あとは、うまく焼けるよう祈るだけ」


 「祈る相手は?」


 「リンゴの神様?」


 「シナモンの精霊?」


 「もう、あんたたち……」


 呆れたように笑いながら、ベアトリスはスツールに腰を下ろした。


 食堂の窓の外では、夕陽が学院の尖塔を金色に染めていた。秋は深まり、日暮れは早い。窓辺には果樹園で摘んできた赤い実が、籠の中で静かに光っている。


 「焼き上がったら、誰に食べてもらう?」


 ふいに、キャンベラが問う。


 「え?」


 「たとえば……大切な人が一人だけいたら。その人に食べてもらうって思って作ったら、もっと美味しくなると思うよ」


 「……そういうの、苦手」


 ルークが先に答える。顔を背けて。


 「ふうん、そういうとこが不器用って言われるんだよ?」


 「別に言われてない」


 「言われたいの?」


 「いや、別に……」


 会話がかみ合っているようで、かみ合っていない。


 けれど、そのやりとりが、今の四人には心地よかった。


 「私は、みんなに食べてほしいな」


 ベアトリスがふと、真っ直ぐに言った。


 「この学院で出会った人、果樹園で笑った人。みんなが、季節の味をひとつ、覚えていてくれたらって思うの」


 「それって……」


 「うん。ひとつの記憶って、いつか誰かを救うから」


 ルークは、ぱちりと瞬きをした。


 彼女が微笑むたび、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 それは憧れの熱か、恋の火か――本人にも、まだよくわからなかった。


 「焼けたみたい」


 キャンベラが、ふわりと香る匂いに気づき、立ち上がった。


 ルークが魔法で炉の扉を開き、金色のパイを取り出す。


 パリッと焼けた表面。とろける果実。湯気の奥に、秋の記憶が詰まっていた。


 「……いただきます」


 四人で囲む、ひとつのテーブル。


 ナイフで切り分けられたアップルパイの断面から、甘酸っぱい香りが立ちのぼる。


 「ん、これ、うまっ!」


 ランスロットが思わず声を上げる。


 「これ、ベアの味だ」


 「え、どういう意味?」


 「なんとなく、上品で、あったかくて、ちょっと手間がかかってて」


 「手間って言わないで」


 みんなが笑った。


 キャンベラも一口食べて、ふわりと目を細めた。


 「ねえ、また来年も……果樹園、行こうか」


 その言葉に、誰もが頷いた。


 ルークは、そっとベアトリスの隣を見た。


 彼女は、少し赤く染まった頬で、秋の果実を味わっていた。


 ――たったひとくちで、季節が胸に刻まれる。


 そんな魔法のような、放課後の一皿だった。

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